中国屋が取材体験をもとに振り返る江沢民時代の「柔らかさ」の本質
2022年12月16日
1949年建国の中華人民共和国で、毛沢東、鄧小平に続く第三世代の指導者だった江沢民氏が11月30日、96歳で亡くなった。12月6日には北京で追悼大会が開かれ、現指導部トップの習近平国家主席が約50分間の追悼演説し、「傑出した指導者」と江氏を讃えた。
中国国民の反応はというと、「江沢民時代はもっと言論の自由があった」「経済活動も活力があった」「明日は今日より素晴らしいと思えた」などと評価する声がSNSで広がり続ける。
日本では、朝日新聞が社説で「歴史をめぐる江氏自身の強硬な言動は日本人の対中観も悪化させた」と批判しつつも、「中国の強権化や硬直性の弊害が目立つ今こそ、大国としての基盤を築いた政治指導者の柔軟さに注目したい」と評価したうえで、「柔軟性や協調性など、今こそ江沢民時代から学ぶべきだろう」と強権の力を誇る習近平体制に注文をつけた。
日本経済新聞の社説も「対外強硬姿勢と『民間IT大手つぶし』ばかり目立つ習近平政権には、江氏と胡錦濤前国家主席の時代の柔軟性が必要だ」と指摘した。欧米の少なからぬメディアも江氏の柔軟性を評価する。
もちろん、SNSで拡散する声やメディアの論調は、「強面の習氏に比べて」という前提がつく。第二次世界大戦の敗戦で日本が台湾から撤退した後、台湾で独裁をした中国国民党が台湾人に極めて不評だったのと似て、「江氏は習氏よりはましだ」というわけだ。国民を厳しく統制する共産党一党独裁の本性が、あの時代には今と違っていたわけでは決してない。
ただ、息が詰まりそうな習体制より、江沢民時代の空気が柔らかだったとは思う。その「柔らかさ」とは具体的にはどんなものだったのか。私が記者として実際に見聞きしたことを紹介したい。
習氏は追悼演説で、天安門事件後の世界からの制裁により「我が国の社会主義事業は空前の巨大な困難と圧力」に直面したが、江氏が「積極的に外交闘争を展開し、国家の独立、尊厳、安全、安定を断固として守り発展の基礎をつくった」と述べ、外交の成果を強調した。
確かに江沢民時代の中国は、天安門事件が招いた国際的孤立から抜け出すための外交に力を注いでいた。江氏自らも前面に出て、イメージの改善をはかった。
朝日新聞社が三度単独会見したのをはじめ、江氏は外国メディアの取材を積極的に受けた。重要な会談でも、いわゆる“頭撮り”で、メディアからの質問に嫌がることなく答えた。しゃべりすぎたあまり、記者団に「君たちは知恵と経験が足りない」などと憎まれ口をたたいて顰蹙(ひんしゅく)を買ったことも数えきれない。
私が現場で見た江氏の晴れ舞台の一つは、1997年10月29日のワシントンでのクリントン米大統領との共同記者会見だ。
71歳だった江氏は1時間あまり立ったまま、20歳も若いクリントン氏を相手に、手振り身振りをまじえ、人権問題などで一歩も譲らずに丁々発止の応酬を繰り広げた。クリントン氏が「人権と信仰の自由で、我々の間に基本的な違いがある」と言えば、江氏は英語をまじえ、「民主主義も人権も相対的なものだ」と切り返した。
今だと当局が触れることを忌避する天安門事件についての質問でも、双方の応酬が続いた。クリントン氏は江氏の迫力に気圧されたかのようにせき込み、何度も水を飲みながら苦笑した。
人権問題では溝が埋まらず、クリントン氏は「人権問題において中国は間違っている」と批判した。一方、江氏は、天安門事件について、「国家の安定と改革開放の維持のため必要な措置を取った」と正当化した。
江氏は国賓として米国に招かれていた。「是非とも成功させなければならない訪問が共同会見で台なしになりそうだ」。現場にいた中国の米国大使館員の一人は、背中に汗が流れた。私もどうなるのか、と見入っていた。
それでも、初の共同会見という“一戦”を、両氏は和やかに握手で締めた。記者団からは両氏に向けて拍手が起きた。
クリントン氏は翌98年に国賓として中国を訪れた。中国以外には立ち寄らない9日間の訪問は世界を驚かせ、日本では「ジャパン・パッシング」(日本は素通りされた)という嘆きが聞かれた。
クリントン氏は著書『マイライフ クリントンの回想』(朝日新聞社)で、「江沢民と過ごす時間が増えるにつれて、彼を好もしく思う気持ちが高まった。なぞめいた魅力があり、ユーモアに富み、おそろしく自尊心が高いが、どんなときでも異論に進んで耳を傾けた。彼の意見にいつも賛成だったわけではないが、できる限りのスピードでこの国を変え、正しい方向に導いているという自負が伝わってきた」と述べている。
天安門事件の痛手を克服するという中国の狙いは、江氏の「人間力」でかなり達成できたのではないだろうか。
江氏をはじめ当時の中国指導部は外国訪問を重ね、経済発展のための環境を安定させることに懸命だった。中国外務省は北京駐在の外国メディアが同行取材することも歓迎した。
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