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あまりに危うい日本のDX事情と政治の役割~ネット社会のリスクを考える

経済安全保障上の問題にも~樫野孝人「政治変革はどこから始まる?」【3】  

樫野孝人 かもめ地域創生研究所理事 地域政党連絡協議会顧問

 リクルートから独立後、広島県で「おしい!広島県」、京都府で「もうひとつの京都」という企画に行政アドバイザーとして取り組む一方、かねてより志していた神戸市長に2度挑戦、地域政党神戸志民党を結党し、兵庫県議をつとめ、現在は政治をプロデュースする側に転進した樫野孝人さんが、日本の政治改革について論じる連載「樫野孝人『政治変革はどこから始まる?』」。その第3回は、日本のDX(デジタル・トランスフォーメーション)が抱えるリスクについて、地方や企業、国などの観点から論じます。(論座編集部)
連載・樫野孝人「政治変革はどこから始まる?」は「こちら」からお読みいただけます。

metamorworks/shutterstock.com

地方自治体のDX施策の現状

 前回(「SNS社会が変える!? カネのかかる選挙と議員に必要なスペック」)はネットの普及が政治に与える「プラス」面について書いたが、今回は今後、政治が取り組まなければならない、ネットの進展に伴う「リスク」について述べたい。

 ここ数年、DX(デジタル・トランスフォーメーション)が注目されている。言うまでもなくDXとは、ペーパーレスや業務のデジタル化といった“周回遅れ”の話ではない。事業の構造変革を含んだもので、立ち遅れると淘汰されるのは時間の問題だ。「脱はんこ」なんて悠長なことを言っている場合ではないのだ。

 しかし、地方自治体のDX施策を見る限り、芯を食ったものはまだまだ少ない。

 従来あったシステム推進室が兼務・拡張する形でCIO(チーフ・インフォメーション・オフィサー)を設置し、DXとは程遠い上述したような“デジタル化”を進めているに過ぎない。しかも、行政内部の業務効率を上げるための施策(=守りのDX)と、市民サービス向上のためのDX(=攻めのDX)の区別の意識が薄いのだ。

改革派首長が進める攻めのDX市民版

 そんななか、情報感度が高く、官民連携が進んでいる改革派首長の地方自治体では、攻めのDX市民版が着々と進んでいる。

 よく知られているところでは、対象飲食店でPayPay支払いをすると20%ポイントバックされるような企画がある。使い勝手も良いので、かなりの自治体が取り組んだが、問題はITリテラシーの低い層や高齢者に恩恵が少ない点。本当に手を差し伸べたい社会的弱者に支援策が届かないケースも多かった。

 他にも、いじめ相談にLINEを活用したり、保育所探しのアプリやウーバーのようなタクシー相乗りサービス、スタディサプリのような教育アプリ、SNS上の投稿をサイバーパトロールで発見する取り組みなど、行政課題を解決するアプリが次々と生まれている。

 こうした流れを受け、各家庭にタブレットを配布したり、高齢者に使い方指南をしたり、通信量の費用を負担したりする自治体も登場しつつある。

 「自分はデジタルができなくても、残りの人生を逃げ切れる」という60歳前後の人もいるが、否が応でもDXは進み、デジタルスキルがないと損をする社会に移行していく。逃げずに取り組んだ方が幸福度は増すのは確実だ。

DX研修の様子。被災の調査や査定を担当する九州地方整備局職員や自治体の災害担当者らがデジタル技術の活用法を学んだ=2022年5月31日、福岡県久留米市の九州技術事務所

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デジタル化のなか、心配な日本企業の先行き

 一方で、日本企業のDXはどのくらい進んでいるのだろうか。

 GAFAMやBATがデジタル社会を席巻して、10年以上が経とうとしている。今やトヨタの敵はGAFAM、ユニクロの敵はAmazon。そしてパナソニックは、製造業からソフト産業への転換を宣言している。

 他の業界にとってもGAFAMは対岸の火事ではない。アメリカのネット広告はGoogleとFacebookが7割を占め、全世界の広告の25%を占めている。地図情報に至っては、ほぼ100%をGoogleが独占する。日本では、かつては旅行はじゃらんや楽天トラベル、求人ならリクナビ、マイナビ、不動産はSUUMOやHOMES、飲食店は食べログ、ぐるなびが市場を牽引していたが、その分野ですらGoogleやインスタグラムによる直接検索がシェアを奪っている。

 テレビや映画業界も危ない。日本のテレビ局の番組制作費は700億円から1000億円程度だが、NetflixとAmazonプライムの2社を合わせると1兆円にもなる。昨今のアカデミー賞受賞作品にNetflix作品が何作もノミネートされているのを見ると、その成果は明らかだ。若い層が地上波を見ずに、「テレビの電源を入れる=Netflixを即観る」という視聴習慣を聞くと、Netflix社長が「2030年に地上波は無くなる」というのが大袈裟に思えなくなる。

 アメリカでは、Amazonが参入し、倒産に追い込まれた企業群が山ほどあり、進出するというだけで株価が下がる現象まで起きた。さらにAmazonは売れ筋データを活かし、食品、日用品、家電、ジュエリー、アパレルなどプライベートブランドを拡充し、メーカーとしての存在感も発揮しつつある。2022年8月には2300億円で「ルンバ」のアイロボットを買収しており、その勢いはますます加速するだろう。この他にも、不動産業界、保険業界、自動車、医療、旅行、ホテル、銀行などへの参入が予想され、あらゆる業界への影響は必至である。

 その怪物アマゾンの年間R&D費は約3兆円。国内トップのトヨタが1兆円だから、デジタルの先行きはとても心配だ。

 時価総額、収益力ともに世界のトップを走るGAFAMは、もちろん給与もバカ高い。アマゾンの初任給は35万4000円、マイクロソフトの初任給は51万7000円、優秀なエンジニアならいきなり年収1000万円というケースもある。時価総額、収益力ともに世界のトップを走る企業がこうして日本の優秀な人材までも根こそぎ引き抜いていくと、もはや日本企業は太刀打ちできないのではないだろうか。

 ご存知のように、今アメリカで起きていることは、時間差で東京でも起きる可能性が高い。さらに遅れて地方都市で現実化する。一刻も早く地方企業のDXを進めないと、遠くない未来、GAFAMにあらゆる市場を獲られてしまいかねない。

Koshiro K/shutterstock.com

地方自治体に必要な産業支援政策とは

 今、地方自治体に必要なのは、企業誘致のための工場立地確保や補助金ではなく、企業のDXを推し進める産業支援政策である。そこで鍵を握るのは、デジタル環境、デジタルリテラシーの高い人材、自然エネルギー施策だ。

 これまでは、公共インフラとして高速道路、港、ダム、市バスなどに税金を投入してきたが、令和の公共インフラはWi-Fi、データセンター、クラウドになってくる。こうしたデジタル環境が無償に近い形で提供される地域に、人も企業も呼び寄せられるだろう。既に都内はデータセンターの建設ラッシュで、世界の不動産マネーが集まってきている。

 脱炭素化社会において、最も多くエネルギーを消費し、最も多くの温室効果ガスを排出しているのはICTインフラである。その割合はICT全体のカーボン・フットプリント(ライフサイクル中に排出する温室効果ガスをCO₂換算したもの)の70%を占め、その中でも大きな原因になっているのはデータセンターだ。

 こうした状況を受け、GAFAM各社はいち早く、データセンターの電力を100%再生可能エネルギーで賄うと発表をしたが、日本で今後増設するデータセンターの電力も再生可能エネルギーで賄うことが求められるのは間違いない。

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経済安全保障で極めて重要なクラウド問題

 もうひとつ指摘しておきたいのは、クラウド問題である。

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