福島原発事故から12年の今年を原発をめぐる政策論争攻防の年に
2023年01月16日
政府は「GX(脱炭素社会)の実現に向けた基本方針」を2月に閣議決定し、いくつかの法律を改正して原子力政策を大幅に変える。その内容は、「原発の寿命の60年超え」「再稼働の加速」「原発を新規に建設」など、国のテコ入れによる原子力のいっそうの推進。原子力重視路線への強引な回帰である。
だが、これはいまの日本の多数意見とはいえない。福島原発事故から12年が経つ今年を、「いま回帰政策を選ぶときか」について議論する年にしたい。
官邸に設置された「GX(グリーントランスフォーメーション)実行会議」は、脱炭素社会実現をめざす政策、方針を議論する審議会だ。昨年7、8月の会議で原発を積極利用する方向性を示した。
それを受け、9月から資源エネルギー庁・総合資源エネルギー調査会の原子力小委員会が開かれ、原子力政策を議論した。それらの結果を持ち寄った12月のGX実行会議で、原発や再生可能エネルギーなどを含む全体方針「GX基本方針」が決まった。
この基本方針で最も注目されているのが、原子力における積極策だ。ただ、そもそも原子力小委のメンバー21人のうち、批判派は2人しか選ばれていなかった。そして議論は4カ月ほどと短かった。
GX基本方針は、十分な議論とは程遠い状況で決まったのである。
そのGX基本方針には、原発について以下のようなことが書かれている。
◇GX基本方針にある原子力政策(関係資料から筆者要約)
- 原子力を最大限利用する。原発再稼働を進め、電源構成で「2030年度に原子力比率20~22%」(第6次エネルギー基本計画の目標)を達成する。
- 原発の建て替え・新設も行う。新たな安全メカニズムをもつ次世代革新炉の開発・建設に取り組む。
- 研究開発や人材育成、サプライチェーン維持・強化への支援拡充。
- 「原則40年、最長60年」とされる原発の運転期間の延長を認める。
- 六ケ所再処理工場の竣工など核燃料サイクルを推進する。
- 放射性廃棄物など最終処分の具体化を進める。国主導で国民理解の促進。
これは驚くべき一覧だ。まさに日本の原子力政策を停滞させている大きな問題について、推進派が「こうなって欲しい」と思ってきた「願望のリスト」であり、その停滞をすべて達成、解決しようというのである。
確かに、国が予算と法律で原子力を支えれば、かなりのことができそうだ。とはいえ、やることの大きさとその強気に驚く。
政府は原子力に関する新しい政策方針を、GX基本方針など四つの文書にまとめ、今年1月下旬を締め切りに、パブリックコメントにかけている。2月にはGX基本方針を閣議決定し、その後に必要な法律改正案を通常国会に提出する方針。それが通れば、上記の1~6の大目標を実現できる制度、態勢ができあがるという筋書きだ。
ただ「願望リスト」の実現は、それほど簡単ではない。世界的に原発は斜陽であり、これまでうまく行かなかったものには、そうなるだけの事情があるからだ。
例えば、福島原発事故のあと、原発では安全対策工事費がかさんだ一方で、再稼働はあまり進まず、2021年の原発の発電比率は6%と低迷している。「2030年に20~22%」の目標は遠い。
原発の新増設となると反発が大きく、原子力関係者もとても言い出せない雰囲気だ。エネルギー基本計画でも新増設に言及することはできなかった。それでもGX方針では堂々と打ち出した。政府の強気はどこからくるのだろうか。
「次世代革新炉」は、今ある炉か今後できる炉かはっきりしない。最近フランスが国内外で建設している新型軽水炉「EPR」は、日本の炉よりは進化しているが、「革新炉」というほどの安全性の大幅アップはない。それでも建設費は一基1兆円を超える。最近よく話題にのぼる小型モジュール炉(SMR)もコスト高など課題が多い。そして、日本の電力会社は今のところ、次世代革新炉もSMRも建設する構想がない。
核燃サイクルは計画全体が破たん状態にあり、中核施設である高速増殖炉もんじゅも廃炉になった。これでは使用済み燃料の「全量再処理」路線を維持できるはずがなく、昨年12月に26回目の完成延期をした六ケ所再処理工場は、もし完成してもフルに運転させられない状態だ。「核燃サイクル推進」といっても、高速増殖炉をめざすのか、軽水炉でのプルサーマルに限定するのか。そこもまだはっきりしていない。
原発の寿命も大きな問題になっている。現在、原発運転期間の管理は規制庁所管の原子炉等規制法で行っているが、今後は、経産省所管の電気事業法に移される。運転期間の管理が安全規制から離されることに対しては、すでに強い反対が起きている。
今になって政府はなぜ強引に動くのか。いくつかの理由があるが、差し迫っているのは2030年が近づいたことだ。
政府はさまざまなエネルギー指標を30年に置いている。「30年に原発の発電で20~22%」と掲げたのは2015年ごろ。そのころは「30年までには余裕がある」と思っていたかも知れないが、21年に6%なので、いよいよ尻に火がついたかたちだ。
もう一つは産業界からの要望だ。日本では長い間原発の新規建設がない。昨年12月のGX会議では日本原子力産業協会(原産協)の新井史朗理事長が、「原子力は安全を大前提に最大限活用する、というぶれない政策として明確に位置付けて欲しい」と訴えた。
原産協が2021年4月に作成した資料でも、原子力メーカーは「原発の新設がなく、事業が縮小、今後の見通しも不透明」「原発の安全対策工事にシフトしているため、再稼働後の事業展開が課題」「原子力発電所の長期停止により売上の減少」など厳しい現状を訴えている。(下図参照)。日本は原発輸出をめざしているが失敗が続いている。
日本には原発メーカーが3社もあり、部品などのサプライチェーンも国内にある。この産業資産を守りたいという声は強い。経産省も日ごろから原子力メーカーの人材と技術の減少、劣化に警鐘を鳴らしている。「新規建設がなければもう限界」というわけだ。
原子力が斜陽化する理由ははっきりしている。大事故のリスクがある▽反対の世論も強い▽世界中で再エネの時代が到来している、からだ。
日本は、こうした流れのなか「原子力回帰」に向かおうとしているが、であればきちんとした議論が不可欠だろう。とりわけ後世への影響が大きい原発の新設は、よくよく考えた方がいい。
いまから革新炉を開発し、何年か後にそれを建設し、40~60年間運転をすると22世紀が近い。今選ぶ原発は数十年、あるいはそれ以上、後まで残る。
日本の原発政策は「何があっても変わらない」といわれる。確かに戦後つくった「原発重視、全量再処理、核燃サイクル実現」の大枠は今も変わっていない。しかし、これはもう時代に合っていない。
原子力政策が変わらない理由の一つは、「検証せず、失敗の責任を取らない文化」にある。この「文化」は、大きな被害を出した東電福島第一原発の事故でも明確だ。
本来、東電という会社・組織に事故の責任がある。しかし、刑法の業務上過失致死罪は「個人にしか問えない」という制約があり、刑事裁判の被告になっているのは3人の元東電幹部だけだ。裁判では津波への備えの不備が問われているが、3人は「(その津波の資料は)読んでいなかった」「私は十分には理解していなかった」といった発言を繰り返した。
また、この福島事故では、二つの公的な事故調査委員会が組織された。国会事故調と政府事故調だ。両方とも急いで結論を出したので、「今後も引き続き調査、検証をやって欲しい」との引継ぎを残した。しかし、それはほとんど行われていない。東電事故の教訓が十分に吸収され、生かされているとは思えない。
こうした姿勢は現在も続いているのではないか。「福島事故原発の炉心からのデブリを30~40年で処理し、廃炉を完了する」「汚染土を30年で福島県外に出す」。この方針を関係者のだれが信じ、誰が責任をもって管理しているのか……。一年一年、「検証なし、無責任」が積み重なっているのが現状だ。
原発政策は、広い分野にまたがり、関係する部署は多く、何十年も一つの政策に合わせて動いてきたので、変えるとなれば社会のあちこちに影響が出る。
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