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フランスはなぜ最新型戦車「ルクレール」のウクライナへの供与を渋るのか?

ドイツの「レオパルド」、アメリカの「エイブラムス」に劣らぬ高性能なのに……

山口 昌子 在仏ジャーナリスト

フランスとドイツの取り組みに差異

 その一方でフランス外務省のアンヌ=クレール・ルジェンドル報道官は1月27日、「われわれはロシアと戦争中ではない。われわれの同盟国も同様だ」と述べた。ロシアが米独ら西側によるウクライナへの戦車供与を対ロシア戦とみなして非難したことに反論したかたちだ。

 報道官のこの言葉は同時に、ベアボック独外相に対しての反論でもある。独外相が「われわれはロシアとの戦争を戦っている最中であり、われわれの間で戦っているわけではなない」と述べ、「ロシアと戦争中」との認識を示したからだ。

 戦車供与問題をめぐっては、仏独の取り組み方の差異が目立つ。フランス国内では、これまで「平和主義」を標榜してきたドイツが、戦車という重兵器をウクライナに供与したことに驚くとともに、不安視する声が強い。「アメリカの言いなりになった」(仏記者)とドイツが米国の圧力に屈したとの見方もあり、仏独でリードしてきた欧州連合(EU)の結束に水を差しかねないと危惧されてもいる。

 仏独は欧州連合条約の基盤ともいうべき仏独協力条約(通称エリゼ条約)60周年を記念して、1月22日に首脳会談や合同閣議を開くなど、二国の結束を改めて誓いあったばかりだ。それだけに「ドイツのアメリカ寄り」が許せないとの思いがあるのだろう。

拡大DesignRage/shutterstock.com

フランスが供与を渋るいくつかの理由

 フランスが戦車供与を渋る理由はいくつかある。

車両数が足りない

 まずは「お家の事情」だ。フランスの各種メディアによると、1990年代の戦車数は1500両だったが、湾岸戦争後の軍事装備費削減計画によって2000年代初頭には「ルクレール」は約400両まで激減。くわえて「現在は222両が使用可能」(経済紙『レゼコー』)だという。メンテナンスや故障などで使用可能の数はさらに減るとされ、ウクライナに供与したら、いざ、という時にフランス本国の防備が手薄になってしまう。

 フランスは昨年2月24日のウクライナ戦争勃発直後に、NATOの枠組みで400人をルーマニア(NATО加盟国)に派兵し、現在は500人を配備している。昨年10月には「ルクレール」(数量に関しては未発表だが、1両程度とみられている)も配備した。

 フランスの軍事筋によると、ウクライナ軍がロシア軍と十全に戦うためには、最新型戦車300両以上が必要だ。一部専門家は「1000両」という数字も挙げる。フランスが数両の戦車を供与したところで、「焼石に水」(仏記者)という見方もある。

 戦車の輸送には「大輸送作戦」が必要だ。「ルクレール」の場合、重量が約100トンあるので、フランスからルーマニアに配備した時は1週間以上かかったという。ロシアは戦車輸送中の列車へのミサイル攻撃を発表しているので、目的地の激戦地に無事、到着できるかの危惧もある。

操縦が複雑で長期訓練が必要

 性能が非常に良い「ルクレール」は、操縦が複雑なため、長期の訓練が必要という事情もある。なにしろ、ウクライナ軍がいま使用している戦車はロシア軍の旧型戦車で、装備があまりに違う。

 ただ、「訓練が必要」というのは、「エイブラムス」「レオポルド」も同様のようだ。米国防総省のナンバースリーであるコリン・カールはフランスの通信社・AFPのインタビューの中で、「『エイブラムス』に搭載されているのは最新型戦闘機と同様のエンジン」と指摘、ウクライナに最新型戦車が供与されても「操縦をマスターするのに時間がかかる。少なくとも2カ月は必要だ」と操縦の困難さを強調した。

 「エイブラムス」や「レオポルド」がウクライナの西部リヴィヴに到着するのは2月末か3月初旬。その頃には訓練がちょうど終わるので、ぎりぎり間に合いはするものの、綱渡り的な作業なのは確かだ。

政治、外交の問題

 なにより、フランスが供与に踏み切らない最大の理由は「政治、外交問題」(仏外交筋)だ。国内では、フランスが戦車供与によって、ウクライナ戦争に本格的関与することになりかねないとの危惧がある。加えて、野党の極左政党・非服従のフランスや共産党の議員からは、

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筆者

山口 昌子

山口 昌子(やまぐち しょうこ) 在仏ジャーナリスト

元新聞社パリ支局長。1994年度のボーン上田記念国際記者賞受賞。著書に『大統領府から読むフランス300年史』『パリの福澤諭吉』『ココ・シャネルの真実』『ドゴールのいるフランス』『フランス人の不思議な頭の中』『原発大国フランスからの警告』『フランス流テロとの戦い方』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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