民主主義の深化か、権威主義に向かうのか。日本は分水嶺にいる
2023年02月10日
荒井勝喜首相秘書官は2月3日夜、性的少数者に対する差別発言を行い、その後に更迭された。具体的には、性的少数者や同性婚について「見るのも嫌だ」「秘書官室もみんな反対する」「同性婚を認めたら国を捨てる人が出てくる」と、記者団に対して発言したという。これに対し、岸田文雄首相は「多様性を認め合う包摂的な社会を目指す」「政権の方針とは全く相いれない」と述べ、荒井秘書官を更迭した。
この差別発言は、前日2日に行われた岸田首相の国会答弁に関するブリーフィング(背景説明)の中で生じた。岸田首相は、衆議院予算委員会における立憲民主党の西村智奈美代表代行からの質疑に対し、同性婚について「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題」であるため「極めて慎重に検討すべき」と、消極的な姿勢を示した。荒井秘書官は、岸田首相の答弁の意図や背景を記者団に解説しており、その中で「見るのも嫌だ」「秘書官室もみんな反対する」「同性婚を認めたら国を捨てる人が出てくる」と発言したのである。
要するに、荒井秘書官は「岸田首相の国会答弁の真意」を説明する意味で、差別発言を行ったのである。ブリーフィングに居合わせた毎日新聞の記者が、オフレコ(実名での引用を前提としない)取材の慣例を破って報じたため、社会的な問題に発展した。結果的に荒井秘書官は「やや誤解を与える表現」で「公私を混同した発言だった」と釈明したが、記者がオフレコ取材の慣例を破らなければ、荒井発言が「岸田首相の国会答弁の真意」となっていた。
実際、岸田首相の「社会が変わってしまう」との答弁は、答弁原稿メモには存在せず、首相自身の考えであった。松野博一官房長官は、衆院予算委員会における立憲民主党の山岸一生議員の質疑に対して「首相が自ら加えた文言」だったことを認めた。このことからも、荒井発言が「岸田首相の真意」であったと考えるのは牽強付会でない。
また、荒井秘書官が更迭された後であっても、自民党内では根強い反対論が存在している。岸田首相は茂木敏充幹事長に対して同性婚の議論を進めるように指示したが、西田昌司政調会長代理は「差別禁止が分断を生む」と発言し、同性婚への反対を改めて表明した。松野官房長官も、憲法で「同性婚制度を認めることは想定されていない」「同性婚制度の導入を禁止しているのか、あるいは許容しているかについて、(政府として)特定の立場に立っているわけではありません」と記者会見で述べ、同性婚の容認姿勢に転じていない。
したがって、岸田首相と自民党のホンネが性的少数者と同性婚への差別にあり、荒井発言はその真意を解説したものと考えることに、それほど無理はない。少なくとも、差別解消に向けての消極姿勢は否めない。
一連の出来事から、岸田首相と自民党は、憲法13条を軽視しているのではないかと、疑わざるを得ない。憲法13条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と定めている。とりわけ「すべて国民は、個人として尊重される。」との規定が、もっとも重要な点である。
岸田首相の答弁は、性的少数者を個人として尊重することよりも、自らの価値規範を優先させるとの方針を示したことになる。岸田首相や自民党が現実から目を背け、性的少数者を認めずとも、性的少数者は社会に存在している。憲法の規定に基づけば、彼ら・彼女らを「個人として尊重」し、その権利を「立法その他の国政の上で、最大の尊重」をすることが求められる。ところが、同性婚によって「家族観や価値観、社会が変わってしまう」との自分たちの規範を優先させているのである。
こうした「個人の尊重」と「為政者の価値規範」のどちらを優先するのかという論点は、方向としての民主主義と権威主義の分水嶺である。なぜならば、民主主義の基盤となるのは、為政者による「個人の尊重」だからである。為政者が「個人の尊重」と「(自らの)価値規範」のどちらかを選択しなければならない局面において、前者を選択するのが民主主義の方向であり、後者を選択するのが権威主義の方向となる。
それらが衝突する場合もあるが、それは「公共の福祉」という概念によって調整される。例えば、他者を殺したいという「個人の尊重」が、他者を殺してはならないという「為政者の価値規範」と衝突する場合、殺される人の「個人の尊重」が成り立たないため、「公共の福祉」という概念から「為政者の価値規範」が優先される。よって、憲法13条は「公共の福祉に反しない限り」との留保を設けている。
それでは、性的少数者を個人として尊重することは、それを認めない人を個人として尊重しないことになるのだろうか。例えば、
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