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“今日のウクライナは明日の台湾”か? 「台湾有事」の可能性と日本外交にできること

中国が「一つの中国」という求心力を求める時

田中均 (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

 ロシアのウクライナ軍事侵攻から1年が経過し、「今日のウクライナは明日の台湾である」と警鐘を鳴らす人が多い。

 だからウクライナでロシアに勝たせる訳にはいかない、ということか。あるいは現在は侵略を行ったロシアに焦点が当たっているが、専制体制の中国に対する警戒も必要だ、ということなのか。日本は防衛力を飛躍的に拡大し、備えを強化すべきであるということか。冷戦最盛期に、「西側の安全保障は不可分で一体」としてINF(中距離核戦力)のウラル山脈の東側への移転に反対し、G7(先進主要7カ国)が一丸となってINF全廃条約に結び付けたように、ロシアや中国といった専制体制国家の攻撃的行動をG7が連携して防がなければならない、と言っているのだろうか。

拡大ロシア侵攻1年の会見を終え、会場を出るウクライナのゼレンスキー大統領=2023年2月24日、ウクライナの首都キーウ

 誰に対するメッセージなのか、と言う事により意味合いは違ってくるのだろう。しかし本来意味すべきは「ウクライナにロシアが侵攻したようなことを中国が台湾に対して行うことをさせてはならない」ということなのだろう。

 現実に起こったロシアのウクライナ侵攻と有り得る中国の台湾統一の軍事侵攻を比較し、どうすればそのような事態を防げるのか考えるのは重要なことだ。幾つかの机上演習によれば「台湾有事」で日本が被る人的・物的被害は余りに大きい。「台湾有事」を起こさせないことが日本外交の最大課題の一つだ。

プーチンの歴史認識とNATO諸国の判断

 プーチン大統領がウクライナ侵攻に至った背景には、本来ウクライナは歴史的に大ロシアの一部であり、ソ連邦崩壊は20世紀最大の悲劇だった、というプーチン自身の歴史認識がある。更に「世界の警察官」としての米国の抑止力が低下し、NATO(北大西洋条約機構)は核保有国ロシアとの直接戦闘を望まないだろう、キーウを陥落させ傀儡政権を樹立するのは左程困難なことではない、との計算がロシア側にあったのだろう。しかしゼレンスキー大統領に率いられたウクライナの抵抗は強かった。

拡大ロシアのプーチン大統領=ロイター

 NATOもロシアとの直接戦闘に引き込まれることには大いなる躊躇を示しつつも、武力で現状を変更することで国際秩序を崩壊させることは選択できない。NATO側の武器供与も、ロシア侵攻を食い止める携行型ミサイルや地対空ミサイルを主体とする防空システム等、防衛目的に限られていたものだったが、ロシアにより奪取された土地を取り戻すべくドイツのレオパルト2など戦車の供与に及ぶようになった。

 長距離ミサイルや戦闘機、爆撃機などウクライナの要請も強く、NATO諸国は難しい判断を迫られる。ウクライナが国境を越えてロシア側に攻め入る可能性も拡大するのだろうし、戦線は拡大する。またロシアが「核の使用」をほのめかす事態も生じるのだろう。

 戦場で決着する以外に戦争を終わらせる道はなく、ロシアに勝利させない、という以上、既に8000名を超えたと言われる民間人の人命の犠牲は続く。2024年3月のロシア大統領選挙、同11月の米国大統領選挙など国内政治が戦争の在り様を決めていく事になるのか。このような長期消耗戦が世界経済に与える影響も甚大だ。ロシアは2022年僅か2%のGDPの落ち込みに対してウクライナは30%の落ち込みと推定されており、食料・エネルギー・輸送を中心とした価格高騰が各国のインフレを押し上げる。


筆者

田中均

田中均(たなか・ひとし) (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

1969年京都大学法学部卒業後、外務省入省。オックスフォード大学修士課程修了。北米局審議官(96-98)、在サンフランシスコ日本国総領事(98-2000)、経済局長(00-01)、アジア大洋州局長(01-02)を経て、2002年より政務担当外務審議官を務め、2005年8月退官。同年9月より(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー、2010年10月に(株)日本総合研究所 国際戦略研究所理事長に就任。2006年4月より2018年3月まで東大公共政策大学院客員教授。著書に『見えない戦争』(中公新書ラクレ、2019年11月10日刊行)、『日本外交の挑戦』(角川新書、2015年)、『プロフェショナルの交渉力』(講談社、2009年)、『外交の力』(日本経済新聞出版社、2009年)など。 (Twitter@TanakaDiplomat)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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