大野博人(おおの・ひろひと) 元新聞記者
朝日新聞でパリ、ロンドンの特派員、論説主幹、編集委員などを務め、コラム「日曜に想う」を担当。2020年春に退社。長野県に移住し家事をもっぱらとする生活。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
ポイントは「反証」を受け入れるかの見極め
人はどうしてマインドコントロールされるのだろうか。
うまくいかない人生を変えたくて、霊験あらたかなはずの壺を買った。法外な額だったが、貯金をはたいた。生活費も献金した。借金までしてつぎ込んだ。けれども不幸な境遇から抜けられない。ますますひどくなっている。どうして?
それは、まだ神に捧げるお金が足りないからだ。そのことで神を疑う人はサタンに取り憑かれているのです――。
あやしげな宗教組織が、信者からカネを巻き上げるときの理屈の構造は、わりと陳腐だ。「期待通りにものごとが実現しないのは、あなたたちの努力や対策が不十分だから」という理屈。
ご託宣がみごとにはずれても、悪びれずに口にする屁理屈である。市場経済至上主義のネオリベたちも似たような主張をしばしば口にする。
市場への規制を緩和しても、期待されたトリクルダウンが起きず、金持ちがどんどん金持ちになるだけで貧しい人に富がゆきわたらないのは、まだ緩和が足りないからだ。それを疑う者は左翼だ――。
また、エリートや特権階級が自分たちに都合のいいように社会を操っているというディープ・ステイト論を主張する陰謀論者たちの理屈はこんな具合。
既存の大手メデイアがディープ・ステイトを否定する記事を掲載するのは、記者たちもその一味だからだ――。
共通しているのは、反証を決して受け入れない、という点である。
2001年9月11日の米国同時多発テロのあと、「あれは、イスラム過激派とされるアルカイーダの仕業ではなく、米国の軍と軍需産業によるでっち上げだ」という陰謀論を主張する本がフランスで出版された。筆者は、その著者に会って取材をした。アルカイーダの指導者、ビンラディン自身が犯行声明を出しているではないか、と反論すると、「彼も米国の手先だからだ」と答えた。のれんに腕押し。
しかし、本はフランスでよく売れ、翻訳もされて多くの国で読者を獲得した。日本でも、筆者がこの本について、大事件につきものの陰謀論の例として記事に書いたら、読者の一部から抗議を受けた。「おまえも米国の手先だろう」……。