メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

無料

放送は誰のものか~公表された総務省文書が示した、官邸によるメディア規制の強い意志

放送全体だろうが個別番組だろうが「政治的公平」を政府が判断することは許されない

山田健太 専修大学ジャーナリズム学科教授(言論法、ジャーナリズム研究)、日本ペンクラブ副会長

放送法の目的は言論統制ではない

 いまさらではあるが、改めて「放送の自由」について確認をしておくことは大切だ。その第1は、放送は特別ではない、ということだ。放送は放送法があり内容規制が当たり前とのイメージが出来上がっている。しかし、放送も憲法21条の下で、新聞ほか同様、等しく自由が保障されているメディアであることに相違はない。

 第2には、放送の規律の目的が言論統制ではない、という点だ。政治性を排し独立性を担保したものであることが大前提であって、法が要請する放送のありようは、多元性(多様性)や独立性を確保するための規律である。そして第3には、国の役割は限定的であるということだ。このことについて、少し詳しく述べてみよう。

 日本の放送制度は、内容面については放送法が、事業面については電波法が規律する仕組みとなっている。ではそれぞれがどういう役割を担っているかを、車にたとえて確認しておきたい。スムーズな車の走行のための道路整備といった、いわばハード面の規律が「電波法」の役割で、具体的には、舗装する(放送でいえば、デジタル化のサポート)や車線を引く(混線しないように、周波数ごとに免許を与える)がこれにあたる。

 一方で「放送法」は、自由走行の保証であって、ソフト面を規律することになる。これが「放送の自由の保障」の意味であって、法の1条で掲げられている通りだ。したがって、運転の仕方に口出しをするとか、強権を発動して車を止める、助手席に乗り込んで勝手にサイドブレーキを引くなどは許されないわけだ。ましてや運転手を逮捕するなどもってのほかだ。

 ということは、政府が警察官気取りで、番組の内容(運転の仕方)に口出しをしてはいけないということだ。もちろん、スピードオーバーの運転は危険だが、安全運転は運転者(放送局)の自律に任せるのが法の要請である。その自律の際の目安が、放送法4条で規定されている、事実報道・公序良俗、多角的論点の呈示と、政治的公平さである(詳しくは、『放送法を読みとく』『放送制度概論』商事法務)。

 そもそも、隣の助手席に警官が乗っていては落ち着かないし、いつ止められるかわからずオロオロ・ドキドキの運転では、楽しいドライブはできるはずがない。これは、豊かな番組制作と真逆の結果をもたらすだろう。それからしても、自由で豊かで面白い番組を実現させるためには、まず政府が関与しないことが一番である。

介入は「自制」→「お試し」→「遠慮なし」へ

 では、なぜ当時、これほどまでに官邸は放送番組内容への関与を強めようとしたのか。その背景事情を考えてみよう。実は1985年ころまで、行政の放送介入は「ほどほど」の時代だった。勿論、いつの時代も文句をつけたい政治家やコントロールしたい所轄官庁は存在するものであるが、「自制」が効いていたということだ。それが1992年以降、「お試し」介入の時代がやってくる。いわゆる「行政指導」という形で、頻繁に個別番組内容に総務省がクレームをつける時代が来たわけである。

 そしてさらに2000年以降は「遠慮なし」に、政府がメディアをコントロールする意図を隠さない状況が来ていたということになる。こうした政府の姿勢を後押ししたのが、市民社会の厳しいメディア批判であることは否定できない。こうした「後ろ盾」をえた政権が、政権批判は許さないという姿勢を明確に打ち出した時代であった。

 具体的は、1980~90年代においても、メディア規制3法の提案や、自民党内におけるモニタリング制度の創設など、メディア規制の動きが始まっていたが、社会にまだメディア=言論の自由を守るという機運が存在していた。しかし2000年代以降は、武力攻撃事態対処法、国民投票法、特定秘密保護法と、表現規制の条文が定められた立法が次々と生まれ、社会もそれを肯定的に受け入れていった。

 さらにこれに加え、安倍政権の誕生による首相のキャラクターとしてのメディアコントロール指向があったこともあるだろう。前述の行政指導も安倍官房副長官時代であったし、NHKに命令放送の実施をはじめて行ったのも、安倍政権における菅総務大臣であった。

国家安全保障担当の首相補佐官に任命され、安倍晋三首相(右)と握手する礒崎陽輔氏=2014年1月7日、首相官邸拡大国家安全保障担当の首相補佐官に任命され、安倍晋三首相(右)と握手する礒崎陽輔氏=2014年1月7日、首相官邸、肩書はいずれも当時

 こうした大きな流れの中での磯崎行動であったということだ。当時の流れを時系列で確認しておこう。こうしてみると、単に磯崎個人の思い入れや単独行動ではなく、政権としての大きな流れがあることがわかる。

・2014.11.18 安倍首相のTBS偏向批判

・11.20 自民党が放送各局に公平性を求める文書送付

・11.21 衆院解散

・11.26 磯崎補佐官から最初の電話

・12.24 安倍3次内閣

・2015.1.9 磯崎補佐官から作業の具体的指示

・5.12 高市発言

・6.25 百田発言(自民党勉強会における沖縄紙は潰せ発言)

・11.9 菅のBPO誤解発言

・11.14 放送法を遵守する会のTBS偏向指摘の全面広告

・2016.2.12 政府統一見解


筆者

山田健太

山田健太(やまだ・けんた) 専修大学ジャーナリズム学科教授(言論法、ジャーナリズム研究)、日本ペンクラブ副会長

1959年生まれ。主な著書に「放送法と権力」「見張塔からずっと」「愚かな風」(いずれも田畑書店)「ジャーナリズムの倫理」(勁草書房)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

山田健太の記事

もっと見る