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韓国の尹大統領訪日、旧徴用工問題の解決の兆しに希望

展望が開けた日韓関係を逆戻りさせてはならぬ

田中均 (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

 韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が訪日し、旧徴用工問題が解決の方向に向かい、日韓関係に新たな展望が開けている。この機会を失ってはならないが、それには問題の本質を見極めることが重要だ。

拡大握手する韓国の尹錫悦大統領(左)と岸田文雄首相=2023年3月16日、首相官邸.

朝鮮半島は日本外交の原点であることを忘れてはならない

 私は50年以上前に外務省に入省して以来、朝鮮半島は日本外交の原点であると思い続けてきた。日本の安全保障を考えても遥か豊臣秀吉の時代から朝鮮半島は日本の安全を担保するうえで枢要な地域であると捉えてきたし、日清・日露の戦場にもなり、それが日韓併合に繋がっていった。その間、朝鮮半島の人々に耐え難い苦痛と損害を与えてきたのも事実である。敗戦後も朝鮮戦争は日本の安全を大きく脅かした。

 今日、東アジアの情勢は戦後の時代から大きく変化し、急速に台頭した中国と米国の対立、北朝鮮の核・ミサイルのもたらす脅威などウクライナ情勢同様、世界の構造変化をもたらす事になるのだろう。日韓がともに民主主義国としてこのような情勢に対処していくうえでこの数年の悪化した極めて冷たい関係で良い訳がなく、尹大統領の政治的決断により日韓関係が修復される展望が開けているのは極めて好ましいことである。

 更に、シャトル外交の再開が合意されたほか、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)への完全復帰や半導体輸出管理の正常化など一連の懸案が全体として解決に向かったのも好ましい。

韓国「86世代」の反日思想と日本ナショナリストの嫌韓思想からの脱却を

 ただ、韓国内での「合意は不十分」であるとか、日本国内での「合意は覆されるのではないか」といった根強い懐疑論が存在する。その背景にあるのは韓国の革新派政治イデオロギーの「反日」思想であり、日本の政治右派ナショナリスト勢力の「嫌韓」思想なのではなかろうか。まさにそれがそもそも日韓関係を抜き差しならぬほど悪くした原因であった。他方、日韓双方の国民感情は移ろいやすく、且つ多面的であり、年代によっても反日・親日、嫌韓・親韓感情が入り乱れており、政治が世論を先導していると言えるのではないか。

 4年後の大統領選挙で、もし現在の保守政党「国民の力」が敗れ、野党「共に民主党」政権になれば旧徴用工合意も覆され、日韓関係は再び悪化の道筋を辿ると危惧する声も根強い。今日、野党民主党勢力の政治的基盤は、依然「86世代」といわれる80年代に当時の軍事独裁政権に抗して民主化闘争を行った60年代生まれの人々であり、軍事政権を支援したとして米国や日本に厳しい意識を持ち、対北朝鮮融和路線をとる。

 特に日本の安倍政権を保守ナショナリスト政権とし、上から目線の対韓アプローチを嫌った。日本に言わせればもともと原因を作ったのは韓国側だということになるが、文政権と安倍政権は政策的にも心情的にも相容れなかった。

拡大日中韓首脳共同記者発表で登壇する安倍晋三首相(右、当時)と韓国の文在寅大統領(当時)=2019年12月24日、中国・成都

 日本にも日韓関係が後退する要因は存在している。今回の旧徴用工合意にしても歴史認識についてはこれまでも日本の歴代政権は夫々(それぞれ)の言葉で歴史認識を明らかにしているのだから、単にそれを踏襲するというような受け身の姿勢ではなく、もう少し工夫の余地があるのではないかという批判はある。それは岸田政権の安倍派を中心とする保守派に対する気遣いだと言われるが、外交課題についてあまり国内政治考慮が前面に出るのは好ましいことではない。


筆者

田中均

田中均(たなか・ひとし) (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

1969年京都大学法学部卒業後、外務省入省。オックスフォード大学修士課程修了。北米局審議官(96-98)、在サンフランシスコ日本国総領事(98-2000)、経済局長(00-01)、アジア大洋州局長(01-02)を経て、2002年より政務担当外務審議官を務め、2005年8月退官。同年9月より(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー、2010年10月に(株)日本総合研究所 国際戦略研究所理事長に就任。2006年4月より2018年3月まで東大公共政策大学院客員教授。著書に『見えない戦争』(中公新書ラクレ、2019年11月10日刊行)、『日本外交の挑戦』(角川新書、2015年)、『プロフェショナルの交渉力』(講談社、2009年)、『外交の力』(日本経済新聞出版社、2009年)など。 (Twitter@TanakaDiplomat)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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