展望が開けた日韓関係を逆戻りさせてはならぬ
2023年03月29日
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が訪日し、旧徴用工問題が解決の方向に向かい、日韓関係に新たな展望が開けている。この機会を失ってはならないが、それには問題の本質を見極めることが重要だ。
私は50年以上前に外務省に入省して以来、朝鮮半島は日本外交の原点であると思い続けてきた。日本の安全保障を考えても遥か豊臣秀吉の時代から朝鮮半島は日本の安全を担保するうえで枢要な地域であると捉えてきたし、日清・日露の戦場にもなり、それが日韓併合に繋がっていった。その間、朝鮮半島の人々に耐え難い苦痛と損害を与えてきたのも事実である。敗戦後も朝鮮戦争は日本の安全を大きく脅かした。
今日、東アジアの情勢は戦後の時代から大きく変化し、急速に台頭した中国と米国の対立、北朝鮮の核・ミサイルのもたらす脅威などウクライナ情勢同様、世界の構造変化をもたらす事になるのだろう。日韓がともに民主主義国としてこのような情勢に対処していくうえでこの数年の悪化した極めて冷たい関係で良い訳がなく、尹大統領の政治的決断により日韓関係が修復される展望が開けているのは極めて好ましいことである。
更に、シャトル外交の再開が合意されたほか、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)への完全復帰や半導体輸出管理の正常化など一連の懸案が全体として解決に向かったのも好ましい。
ただ、韓国内での「合意は不十分」であるとか、日本国内での「合意は覆されるのではないか」といった根強い懐疑論が存在する。その背景にあるのは韓国の革新派政治イデオロギーの「反日」思想であり、日本の政治右派ナショナリスト勢力の「嫌韓」思想なのではなかろうか。まさにそれがそもそも日韓関係を抜き差しならぬほど悪くした原因であった。他方、日韓双方の国民感情は移ろいやすく、且つ多面的であり、年代によっても反日・親日、嫌韓・親韓感情が入り乱れており、政治が世論を先導していると言えるのではないか。
4年後の大統領選挙で、もし現在の保守政党「国民の力」が敗れ、野党「共に民主党」政権になれば旧徴用工合意も覆され、日韓関係は再び悪化の道筋を辿ると危惧する声も根強い。今日、野党民主党勢力の政治的基盤は、依然「86世代」といわれる80年代に当時の軍事独裁政権に抗して民主化闘争を行った60年代生まれの人々であり、軍事政権を支援したとして米国や日本に厳しい意識を持ち、対北朝鮮融和路線をとる。
特に日本の安倍政権を保守ナショナリスト政権とし、上から目線の対韓アプローチを嫌った。日本に言わせればもともと原因を作ったのは韓国側だということになるが、文政権と安倍政権は政策的にも心情的にも相容れなかった。
日本にも日韓関係が後退する要因は存在している。今回の旧徴用工合意にしても歴史認識についてはこれまでも日本の歴代政権は夫々(それぞれ)の言葉で歴史認識を明らかにしているのだから、単にそれを踏襲するというような受け身の姿勢ではなく、もう少し工夫の余地があるのではないかという批判はある。それは岸田政権の安倍派を中心とする保守派に対する気遣いだと言われるが、外交課題についてあまり国内政治考慮が前面に出るのは好ましいことではない。
より重要なことは、今後数年間で日韓関係が実績を積み上げ、逆戻りできないような関係を構築できるかどうかにかかる。合理的に考えれば、対北朝鮮関係、対中関係について日韓或いは日米韓が協力してなし得ることは明らかなのだろう。合理的な思考に従えば、韓国の日米豪印の四者協議(QUAD)への参加やTPP(環太平洋パートナーシップ)への加入といった事も検討課題になるべきだろう。そして何よりも北朝鮮問題に関する日米韓の連携を強固にする意味合いは大きいはずだ。
これらを双方の国益に従って粛々と実現していくうえで、日韓双方が正常な国家と国家の関係として、相手に対する敬意を持つ事が何より重要ではないか。歴史問題を蒸し返し、もっと謝罪をすべきだという論に組するつもりはない。しかし、今後もそうであるように、朝鮮半島が日本の安全にとって極めて枢要であり、それが故に戦前は朝鮮半島の支配を望み、それが絶大な被害を朝鮮の人々に与えたこと、今後は相互協力で安全保障環境を改善すべきという認識は全ての国民が共有していなければならない。また韓国でも、朝鮮戦争後の韓国の復興は日本の協力なくては可能でなかった点に対する認識を持つべきなのだろう。
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