まずは自分なりの着眼点を持つため背中を押そう
2023年04月13日
日本の投票率の低下に歯止めがかからない。今回の統一地方選挙(前半)では、道府県選挙の平均投票率は41道府県中、30道県で戦後最低を記録し、50%に届かない府県は全体の8割を超えた(朝日新聞デジタル2023年4月10日)。
昨今の低下の原因についてはすでに無数に論じられてきたし、筆者もこの論座において子育て・教育という観点から論じてきたつもりである。投票率の低さは、若年層において特にきわだっており、投票に行くということが、習慣化していないことがわかる。日本の学校では教員の政治活動に厳しい制限があり、学校という子どもが長い時間を過ごす場で、政治の話ができない、しづらいというのも大きな原因の一つである。
そのような中で、実践的な模擬投票を行っているのは、一部の有名私立学校においてであり、一般的な公立学校では現役の議員を呼んだり、模擬投票を行うことは、きわめて難しい。そういった状況である以上、学校に有権者教育を期待するのは無理がある。では、わたしたちには何ができるのか、考えてみたい。なお、本稿でいう「有権者教育」とは、選挙の仕組みの学習に加えて、投票という熟慮の仕方についての学習を指す(それに対して、より広い手段によって社会の問題解決に取り組むことを「主権者教育」と区別したい)。
まず強調したいのは、子どもたちはインターネット(TikTokやInstagram)を通して、すでに「政治的」な世界に触れているということである。触れているというか、浸っている。子どものたちは、政治的に「白紙」の状態にあるのではない。日々、TikTokやInstagramには娯楽ネタに紛れるようにして新しい政党(れいわ新選組や旧NHK党)の動画が流れており、子どもにとって政治は遠い世界ではない。
ここでは、あくまでもネタとしての接触なので、子どもたちが政治についてどのように考えを深めているかまではわからない。学校でNHKの視聴覚教材を使うときは、たいていのクラスに「NHKをぶっこわーす!」と叫ぶお調子者がいたことは、すでに懐かしい。ここ1年は「統一教会」に関する動画が増え、筆者の長男(15歳男子)や友人の関心を誘っていた。それとの関連で、某宗教団の街頭宣伝があれば、子どもたちで連絡を取り合って押しかけて、論破を試みるという活動さえしていた。もらってきた教典冊子をどうすべきか悩んだものである。
これらの例は、我が家のサンプル数=1としての世界であるが、子どもたちにとって政治は少なくともタブーではないことが、ありありとわかる。ネタ的政治の出現と接触によって政治と宗教はタブーという大人の世界の強固な固定概念が、子どもたちには引き継がれていないのである。今後の課題は、子どもたちにとっての一時的な消費としてネタ的政治から、「継続的な問題解決としての政治」にどのように移行していくかである。
筆者の長男は、上記のようにネタ的政治を楽しむ一方で、現実のトピックに対しては、驚くほど悲観的な態度を示すことがある。ある朝、同級生から「緊急事態条項」の危険性を知らせる動画が、長男にLINEで届いた。画面をパッと見せてもらったところ、東京都立大学の木村草太教授が出演している動画であった。わたしは「あと3年で選挙に行けるね!」と声をかけたが、彼は「その3年の間にとっくに戦争起こるだろ」と言い放った。反抗期ならではの反応だろうか。それとも鋭い嗅覚によるものだろうか。
危機感は十分共有されている。それなのに具体的な行動や希望に結びつかないもどかしさを感じた。思い返せば、この子が3歳のときに東京電力福島第一原発で事故が起こり、それ以来たくさんのデモに参加してきた。故・坂本龍一氏が登壇した「さよなら原発」の大集会にも参加した。わたしも自ら申請して、小さなデモを主催した。もちろんデモは意思表示手段の一つであるが、これだけやっても、この国の原発推進という根本部分は変わっていない。「結局変わらない」という無力感を子どもに与えてしまったのなら本末転倒だ。しかし、行動する以外に、政治が変わることもない。
今回の統一地方選挙は、これらの課題を身近に考える最良のチャンスであった。国政と違い、選挙区が狭いため、ごく僅差で当落がひっくり返ることがある。そのことを実際に体験することで、自らの1票の価値を実感してほしいと思った。そこで、筆者は本来どのような有権者教育が可能か、我が子たちと実験してみることにした。
まず、新聞購読を再開した。子どものうち1人が長期入院している間に、読む時間が取れず解約してしまったままだった。新聞がないと、それだけで家が物理的にスッキリすることにも気がついてしまい、再開していなかった。しかし新聞というある種、政治的なツールが食卓にあるだけで、家庭での会話が変わる。「見てみて、こんなの載ってる」と伝えるだけでいい。それが社会で共有されうるトピックであることが子どもたちに伝わる。
選挙中は、候補者の写真は背中側から撮られ、名前のタスキにもモザイクがかけられる。これは新聞が特定の候補者を支援することにならないようにするためだ。そんな豆知識を子どもに披露するのも面白い。昨今、小学校では「NIE」(Newspaper In Education=教育に新聞を)がさかんに取り組まれており、子どもたちも記事のスクラップや要旨をまとめているが、それとは異なる視点、つまり何が報道されないかを考えるのも有効だろう。
さらに、選挙といえば、あの選挙ポスターである。選挙直前に「雨後の筍」のように街に大量発生し、独特な雰囲気を発している。あの前をいつものように通り過ぎるのではなく、子どもとじっくり見てみた。
ポスター実験としては2段階にした。まず、候補者を顔の印象だけで選ぶ。光の当て方が綺麗な方が親しみやすいが、明るくしすぎても不自然であり、その中から「この人」を選ぶ。第2段階は、書いてある政策で候補者を選ぶ。まず政策を書いていない人が多いことに気づく。ただし、ビッシリ書き込まれていても、掲示位置によっては読むことができない(ユニバーサルデザインとは言いがたい)。当然だが、第1段階と第2段階では、選択に違いが出てくる。では、子どもの選択結果をご紹介しよう。
【掲示板ポスターを見て】長女(12歳女子)
公明党候補者を選んだ理由「防災って書いてあるから」
共産党候補者を選んだ理由「民間保育園って書いてあるから」
いずれも彼女の生活に裏打ちされた選択である。防災学習は、彼女が通った小学校の重点教育領域であり、修学旅行でも阪神淡路大震災について学んでいた。また彼女は、京都市の多くを占める民間保育園の一つを卒園している。12歳にして、ここまで生活に密着した答えを選ぶとは思わなかった。
ここで次男(9歳男子)が「『◯◯党』ってダメなんじゃない?」と言い始めた。9歳にして組織不信を覚えたのだろうか。そして、完全無所属の候補者を指差した。まさにこの候補者は、無所属であることを信条にしており、それが子どもに伝わったことに驚いた。子どもに理由を聞くと「政党は必ず過去に汚職事件があるから」と言う。そして彼は「グミン党」を作ると笑顔で話した(グミの愛好家からなる政党、「愚民」もかけているのか)。ダークなセンスを感じるが、政党は自分で旗揚げできるという発想をすでに持ち合わせている。
次にいよいよ、選挙公報とチラシを見て、最終的に誰に投票するかを決めた。我が家には3人もの子どもがいるが、母子家庭のため1票しかない。そのため、票を分散させることができず、筆者も悩みに悩んでいた。子どもたちに意見を聞きたいと思った。
【選挙公報を読んで】
① 次男(9歳) 「小学校給食費の値下げ」(国民民主党候補者)はダメと。むしろ無料にしなければならないと、義務教育の原則をふまえたコメント。
② 長女(12歳) 防災について徹底的に小学校で学んできたので、「耐震リフォーム助成復活」(共産党候補者)に注目。目のつけどころに感心。
③ 長男(15歳) 「子育て支援」「憲法9条」という言葉には激しく反発。先述の無力感によるものか。一方で、選挙制度そのものをテーマにした単独候補を推す。
これらの実験を通して、子どもにはその子自身の着眼点があり、その子の生活世界における経験から、候補者を選ぶことができることがわかった。もちろんこれは、年齢や能力に応じた限定的な着眼点であり、包括的な視点に立つまでにはまだトレーニングが必要だろう。しかしその一方で、候補者が包括的な視点で選挙公報を書いているとは限らないので、まずは自分なりの着眼点を持つことが第一歩だろう。
総務省によれば、「子どもの頃に親の投票についていったことのある人」は「ない人」よりも投票参加が20ポイント以上高くなるという。こうした教育的効果を重視し、2016年には公職選挙法が一部改正された。投票所に入ることができる子どもの範囲が、「選挙人の同伴する幼児」から「選挙人の同伴する18歳未満の方」に拡大されたのである。
わたしが子どもの頃、投票所の外で親を待っていたのは、この制約によるものだったのだ。しかし、親を外で待っていられるくらいの年齢であれば、家で留守番もできるはずであり、親は意図的にわたしを投票所に連れていったことがわかる。普段は閉まっている長谷公会堂(鎌倉市)が、投票所になるときはたくさんの大人たちが出入りする。この不思議な光景を眺めながら、親が出てくるのを待っていたのは、貴重な時間だったのだ。
投票済証明書をSNSにアップするという流行をふまえて、各選挙管理委員会で証明書の再デザインも進んでいる。今回、SNSではついアップしたくなるデザインが散見された(神戸市など)。アメリカでは「I VOTED」(投票しました)のシールを服に貼ることが定番だが、日本でももっと投票者の達成感や一体感を高める工夫ができるはずだ。来てくれた子どもに「Future Voter」のようなシールを貼ってあげるのもいいかもしれない。
今回の選挙では、関西を中心に日本維新の会が躍進し、京都でも地域密着型のベテラン候補者が落選するなど大きな衝撃を与えた。維新の会は、何を目指し、そのためにどのような方法を取ろうとしているのか、引き続き注視しなければならない。
筆者が考えるに、維新の会はもはや「イメージ戦略」では獲得できない票まで手に入れ始めている。維新の会が第一に掲げる「身を切る改革」とは、誰の身を切るのか。今後、さらに維新の会が勢力を広げることを念頭に、彼らの行ってきたことは何だったのか、有権者未満の子どもも交えて検証が必要だ。当選後こそが、選挙の「本番」なのだから。
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