メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

日本外交に苦言を呈する 元外交官からの建設的批判

外交の要諦は51対49で勝利し続けること

田中均 (株)日本総研 国際戦略研究所特別顧問(前理事長)、元外務審議官

 論座の終了に伴い、2018年から続けてきた私の寄稿も最終回を迎える。敢えて今日の日本外交への想いを率直に述べることとしたい。建設的批判と受け取って欲しい。

自己主張のみでは外交は成り立たない

 国内の不満を直接相手国にぶつけることを外交とは言わない。自民党の外交部会や野党も含め多くの政治家が自己主張を通すべきとばかりに、「外務省は弱腰」との激しい官僚たたきをしているようだが、外交には相手がいる。外交の要諦は相手国との間で51%対49%程度の結果を作ることだと古くから言われているとおりで、仮に一方的な外交勝利を勝ち得たとしても、それは長続きしない。

3カ国首脳会談に臨む、左から韓国の尹錫悦大統領、バイデン米大統領、岸田文雄首相=2022年6月29日、スペイン・マドリード

 韓国との関係において韓国は常にゴールポストを動かし、何時合意を覆すかわからない、といった韓国批判は当然だとしても、韓国は大統領制で米国同様政権交代のもたらす影響は極めて大きい、また、歴史的視野で見れば戦前の日本の行動で被害を受けた韓国人に反日の意識が色濃く残っていることも理解しなければならない。このように国と国との関係の長い歴史を踏まえてウインウインの調整が行われるものであり、一方的な国内意識で外交がなるものではない。

分断を避けるための「外交戦略」を持たねばならない

 ロシアのウクライナ侵略、中国の南シナ海や東シナ海での攻撃的な活動や、いわゆる「戦狼(せんろう)外交」、更には北朝鮮の度重なるミサイル発射という日本を取り巻く安全保障環境の悪化に直面して防衛力を飛躍的に拡大し、日米安全保障条約に基づく抑止力の強化を進めるのは良い。しかしこれら諸国の行動を軍事だけで制することはできないし、それが軍拡につながっていくのは明らかだ。問題解決のために「外交の重要性」をおうむ返しのように繰り返しても意味がない。

日米共同訓練でオスプレイで日出生台演習場に降り立った米海兵隊員=2023年2月18日、大分県

 必要なのは「外交戦略」であるはずだ。日本は米国とともに「自由で開かれたインド太平洋」を唱え、豪州やインドを巻き込んでパートナーシップを強化しているというが、結果的にはアジアの分断に繋がる。米国は諸国との統合的抑止力を強化し、「我々と彼ら」「民主主義と専制体制」といった二項対立の世界を作ろうとしているが、これは強大国の覇権対立という側面が強い。日本は、米国とともにその方向に進むことで、本当に良いか。

対中戦略が圧倒的に重要だ

 10年、20年先を見据えた「対中戦略」が外交の根底になければならない。米国との安全保障体制は必要であるし、同じ統治体制にある米国との同盟関係を脱する選択肢はない。しかし少子高齢化で年々数十万人規模の人口が減っていく日本は、周囲の成長する市場をターゲットにした外需で生きていかざるを得ない。

日中首脳会談の冒頭、握手する岸田文雄首相と中国の習近平国家主席=2022年11月17日、バンコク

 90年代、2000年代に日本が中心になって進めてきた東アジアサミット、APEC、ASEAN+3などの中国を包含する「アジア太平洋協力」は「インド太平洋戦略」の前に突然姿を消した。米国は中国に関与し変えていくという「関与政策」はもう動かないと結論付けているようだが、日本の将来情勢を考えればどうしても米国との強い同盟関係の一方で中国を関与させていく戦略をとらざるを得ない。

コミュニケーション・チャネルは存在するのか

 外交で必須であるのは「コミュニケーション・チャネル」だ。ロシアの国際社会からの排除や中国の囲い込みなどを、軍事力を背景に進めようとしても結果的にはロシア、中国を含めたグローバルサウスと民主主義諸国の分断ということになる。しかしウクライナ戦争での和平や台湾海峡危機管理、北朝鮮問題などで必要なのはそれぞれの権力主体と繋がるコミュニケーション・チャネルの確保だ。

 日本もこれまで大きな摩擦を有してきた中国やロシア、そして北朝鮮との間ではいざとなったら協議できるチャネルを有してきた。今日中国の政治局常務委員やロシアのプーチン大統領周辺、北朝鮮の金正恩総書記の周辺との間で、意味ある対話のルートが存在しているのか。北方領土問題、尖閣問題、北朝鮮拉致問題など、実際の危機管理はそのような-ルートで行われてきた。

 拉致問題だけではなく、北朝鮮の核やミサイル問題で役割を果たしたのは北朝鮮権力との間の水面下のルートだった。外交の重要な機能は要人の会談や表面上の外交交渉だけではない。非公式であってもいざという時に役割を果たすルートを作っておかなければならない。

政官関係の再構築を

 そして最後に、政治家と官僚が今日のような歪(いびつ)な関係では創造的戦略的な外交が進められるとは思わない。外務省からも多くの若い優秀な官僚が辞めていくのは、最早「働き甲斐」に欠けた職場になりつつあるからだ。総合職試験を受けようとする人たちも減っている。外務省は大きく変わりつつある国際構造の中で「こういう戦略を」と提言する機能はほぼなくなった。大臣や官邸から降ってくる指示をどうこなしていくか、与野党政治家との関係をどうマネージしていくかが仕事の中心となってしまった。

東京・霞が関の外務省

 積極的外交に携わっている意識から受け身の外交に徹することは、働き甲斐を左右する問題だ。このような政官関係になったのは官邸による人事のコントロールが始まってからである。専門性や創造性よりも忠誠心が幹部に上り詰めていく最も重要な基準となった。官僚に魅力的な人財がどんどん減っている。これは権力を持つ政治家の怠慢だ。

・・・ログインして読む
(残り:約195文字/本文:約2490文字)