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岐路に立つウクライナ戦争 習近平・マクロンによる停戦に応じたいゼレンスキー

開戦から1年 反転攻勢を準備するウクライナに悩むNATO諸国と中国の思惑

酒井吉廣 中部大学経営情報学部教授

 4月5日に訪中したフランスのマクロン大統領と欧州連合(EU)のフォンデアライエン欧州委員長は、「(米国のように)中国との関係を切るのは利口ではない」(マクロン)、「習近平主席はタイミングが来ればゼレンスキー大統領と会うと語った」と話すなど、長期化かつ泥沼化するロシアのウクライナ侵攻の解決に、中国の力を借りたい気持ちを滲ませた。

 また、マクロン大統領は帰国後の12日、「(米国の)同盟国であることは下僕になることではない」と、米依存のウクライナ支援に疲れたフランスや他の欧州諸国の世論を代弁するような発言をした。

 欧州から見たウクライナ戦争は、明らかに転換点を迎えつつある。キーウ訪問を視野に入れた習主席もいよいよ本格的な停戦調停に向けた地ならしを始めたようだ。

 4月13日にはウズベキスタンで中国の秦剛外交部長が、ロシア、イラン、パキスタンの各外相と第2回アフガニスタン問題会合を開催し、その中でウクライナ問題の平和的解決も話し合った。これが、中国はロシアに武器供給をしているイスラム圏をまとめようとしているとの噂に繋がった。

 同14日にはベアボック独外相が訪中して「中国はもっとロシアに終戦を働きかけるべきだ」と語り、中国はそれを受けて李尚福国防部長を16日から訪ロさせ、ロシアはプーチン大統領が歓迎し、ショイグ国防相との三者会談も行っている。

中国広東省広州市の公園で散歩をしながら言葉を交わす習近平国家主席(左)とマクロン仏大統領=2023年4月7日、新華社

岸田首相キーウ訪問時のル・モンドの記事

 3月22日、キーウを電撃訪問した岸田首相がゼレンスキー大統領と共同記者会見を行っていた頃、ル・モンドが「Guerre en Ukraine : Volodymyr Zelensky dit avoir « invité » la Chine à dialoguer et « attendre une réponse »(ウクライナ戦争:ヴォロディミル・ゼレンスキー氏、中国を対話に『招待』し『返答を待つ』と発言」という見出し記事を電子版に流した。モスクワ電だと聞いているが、デモの続くパリは日米の思惑や評価とは異なる雰囲気を感じさせた。

 習主席は、3月20日から22日まで国賓として、新チャイナセブンの蔡奇政治局常務委員や王毅中央政治局委員など8人を連れて、4年2カ月ぶりにロシアを訪問した。これは、昨年9月のウズベキスタンでの上海協力機構総会で、プーチン大統領と面会するために連れていた旧チャイナセブンの栗戦書中央弁公庁主任や王毅外相など7人よりも多い。王毅が外相から昇格していることとも併せて、今回は昨年より重要度を引き上げたことを意味する。

 モスクワの高層ビルには「熱烈歓迎」の垂れ幕がかけられ、プーチン大統領が国賓として迎えた習主席とクレムリン宮殿の大広間を2人で歩く傍らに立った交渉参加者は、中国側がこの8人、ロシア側が6人と中国側の方が多かった。習主席の方がプーチン大統領より格上だと言わんばかりの演出だ。

 習主席は5年前に北京を訪問したプーチン大統領に友誼勲章を授与しているが、これは世界平和の維持に卓越した貢献を果たした外国人に授与するもの。この時から習主席は、中国がロシアと同格かそれ以上にあると考え始めたと言われている。

 この延長線上で流れたのがル・モンドのゼレンスキー大統領が中国を招待したという見出し記事なのだが、これはモスクワ訪問最終日に岸田首相がゼレンスキー大統領と共同記者会見をした裏で、中国を軸とした停戦への動きが密かに進んでいたことを示唆していたのである。

モスクワのクレムリン大宮殿で2023年3月21日、式典に臨むロシアのプーチン大統領(右)と中国の習近平(シー・チン・ピン)国家主席。スーツとネクタイの色が同じだ=ロシア大統領府提供

中国の停戦仲介に必要な欧州の協力

 中国は2月24日にウクライナ問題への和平仲介として12項目の提案を発表。これは現状のロシア占領地域の存在を追認することでもあり、反ロシア陣営は異口同音に批判した。しかし、終わりの見えない戦闘状況を考えれば、米国の思いとは裏腹に、そろそろ自国予算を国内向けに振り向けたい欧州諸国の首脳にとっては、またとない機会に写ったのかも知れない。

 ル・モンドは昨年9月の上海協力機構の総会では、プーチン大統領が習主席に対して語った「貴兄の配慮ある対応に感謝する」との言葉を含めて首脳会談の様子を細かく取材していた。この会談に参加した栗戦書中央弁公庁主任は、事前にモスクワ入りして同大統領と会談を重ねてきたとされ、こうした背景を知る関係者にとってプーチン大統領の言葉は、中国がロシア支援を行っていることへの謝意を示したと理解できた。

 その後、昨11月にはドイツのショルツ首相が訪中して習主席と会談。ドイツ企業の対中輸出の大型商談をまとめたうえで、ウクライナ情勢の平和的解決と核の不使用を訴えることで一致。本年1月には、ゼレンスキー大統領がワールド・エコノミック・フォーラムに参加した中国政府代表にで習主席への手紙を託している。

 また、仏経済誌レゼコーによれば、2月15日に王毅外相(当時)がドイツ、イタリアと共にフランスを訪問して、マクロン大統領と会談し、「(両国が)国際法を尊重し、平和に貢献するための同じ目標」を持っていることを確認。中国とフランスを中心とする欧州は、北京・広州での二回の習・マクロン首脳晩餐までに、プロセスを踏んできたことが窺える。

 しかも、マクロン訪中直前の3月28日には、ゼレンスキー大統領が習主席のキーウ訪問を招待したと公表し、ウォールストリート・ジャーナルのインタビュー(Zelensky: Ukraine Is ‘Ready’ for Chinese President Xi to Visit (wsj.com))で、「ロシアと全面戦争になる1年以上前に習主席とコンタクトを取ったことがある」とも語り、同大統領のベクトルが一段と中国依存に傾きつつあることを感じさせた。

 欧州は中国の仲介を求めているし、ウクライナもそこに期待を持っているのだ。

 しかし、中国が米国の反中感情の下でウクライナ問題に介入するには、欧州諸国の協力が必要である。半年以上前から仏独やロシア・ウクライナ等と交渉してきた中国にとって、マクロン大統領の訪中は重要だった。だからこそ、米大統領以上とも言える歓待をしたと言えるだろう。

ウクライナを訪問。歓迎式でゼレンスキー大統領(右)と握手する岸田文雄首相=2023年3月21日、ウクライナ、内閣広報室提供

極東経由で貿易拡大するロシア

 西側諸国はウクライナ侵攻をめぐり対ロシア経済制裁を行なってきたが、それはほぼ完全に失敗に終わった。今ではルーブルの対ドル相場は1年前の65ルーブル程度からさらに上昇して81.7ルーブル(4月13日)と、侵攻前の状態に戻っている。

 筆者は昨年5月7日付拙稿「NATOのウクライナ軍事支援本格化で一段と注目される中国の動向」で、中国は清朝時代に帝政ロシアに奪われたウラジオストックなど極東領土の奪還を考えていると書いた。今回の習主席の訪ロに際して、中国メディアはサハリン(樺太)が台湾の2倍の広さで、エネルギーや鉱物資源が豊富にあることを相次いで報じ、習主席の目がオホーツク海まで及んでいることを示唆している。

 2022年の中ロ貿易は、中国からの輸出が前年比12%増の762億ドル、輸入が43%増の1122億ドルだった。本年3月は輸出が前年同月比約2倍、輸入も4割増と拡大を続けている。

 NATO諸国はロシアからの天然ガス輸入を止め、他の貿易についても基本的に大幅に減少させているものの、ロシアには極東にウラジオストックなどの港があり、そこから欧米以外に船積みして貿易を続けている。ロシアやモンゴルで活動する欧米人事業家によれば、シベリア鉄道は輸送量が目一杯で、モンゴルの同鉄道利用は後回しにされているため、輸出予定が大幅に遅れているとのことだ。

 また、コロナ感染症のためにモンゴルとの国境を超える鉄道を止めていた中国は、2月下旬にこれを再開。シベリア鉄道からモンゴルを経て中国に入るロシアからの輸入品、逆にシベリア鉄道を経て、モスクワやサンクトぺテルブルグなどへの輸出品の輸送も満杯状態が続いている模様だ。

 米国が対ロ輸出を禁止している半導体も、第三国を経由してロシアに流れ込んでいるとの記事が出ているが、ロシアの各空港もイランなどロシアを支援する国々と往来する旅客機のスケジュールがコロナ前の状態に戻っているとのこと。武器商人(=死の商人)が行き交っているのかも知れない。

 ロシア経済は生き延びている。ウクライナ南部と東部の占領地域へのウクライナ軍による反転攻勢が間近と言われ、劣勢にある印象のロシアだが、それは両軍の死傷者だけを増やして両陣営を疲弊させるだけという懸念もある。

停戦仲介が本格化する時期は?

 こうした状況下、ロシアはゼレンスキー大統領が習主席へのウクライナ訪問を求めたことについて、「全ては中国に任せる」(ラブロフ外相)とコメントしたほか、イランのほかサウジアラビアも期待を表明。ロシアや中国依存度を高める他の国々は中国の停戦仲介に肯定的である。

 NATO諸国とて、対中制裁と言いつつ、欧州にも影響する半導体規制のためのCHIPS法への不満や、ロシアからの天然ガスパイプライン・ノルドストリーム2の破壊をしたのは米国ではないかという疑念を持っており、米国への不信感を持ちながらの戦闘長期化は、無理な軍事予算に怒る国民の声もあって回避したいところだろう。

 一方、停戦仲介に本腰を上げつつある中国は、習主席がマクロン訪中時にエアバス160機注文等の大盤振る舞いをした。秦剛外交部長は4月14日、中国はロシア・ウクライナのどちらへも武器を売らないと語った。15日には王毅中央政治局委員が、ベアボック独外相との面談で台湾問題への理解を求めている。中国は強かである。

 ウクライナ東部や南部での反転攻勢を準備中と言われるなか、ゼレンスキー大統領は攻勢によるある程度の領土回復後の停戦を望んでいるのかもしれないが、ロシア寄りの中国がいつ停戦仲介に動き始めるかは自分では決められない。武器供与を依存する欧州が中国案に乗れば、それが現状維持であっても受け入れざるを得ないかもしれない。

 米国も、中ロの貿易などを考えると、中国にイニシアチブを取られるのが我慢できなくても、時間と共にロシアが「これは世界のための米国一極による覇権への挑戦である」と言い始めたこともあり、どう動くかを考え始めたとしてもおかしくはないだろう。

 国際情勢を見る際、ウクライナ問題だけに注目したり、台湾問題に特化していては全体を見間違う。中東も南米もアフリカも新たな動きをしているからだ。同時に、ロシアのベラルーシへの戦術核配備の動きは、仮に中国の停戦仲介が失敗したらこれを使うという脅しとも考えられる。いずれにせよ、中国の今後の動向が注目される。