都市住民への農産品のために野焼きが広がり、古都チェンマイはスモッグが覆う
村の高台には白色と青色で塗られたひときわ目立つ2階建て、3階建てのコンクリート造りの建物が立ち並んでいた。
筆者が校内を訪れると、整備が行き届いたグラウンドで子どもたちが縦横を合わせて整列していた。小学生と中学生は白いシャツに黒か紺のズボンかスカート、幼稚園児は華やかなラフ族の民族衣装を着ていた。朝礼が終わると園児はすぐさま敷地内の遊具へ向かい、追いかけっこをしていた。
ここはこの村の学校、公立バン・ムーサー初等・前期中等学校だ。このほか、タイ語と薬物乱用防止のための学校もある。3歳から6歳が幼稚園、6歳から12歳が小学校、13歳から15歳が中学校に通っている。児童・生徒は343人で先生は27人が在籍している。
「この学校を卒業した子どもの98%が農家になります」
そう語るのは、この学校で保健体育を教えるナタポン先生だ。チェンマイ市内の体育大学を卒業した後、オムコイ村で教鞭を執ることになった。オムコイ村はタイ都心部から隔絶した辺境の地。子どもたちは成人になるまで村から出ることはほとんどなく、外部と接触する機会もない。家族をはじめ周囲のほぼ全ての村の人々が農業に従事しているため、子どもたちも農業以外の選択肢が想像がつかないのだ。
ナタポン先生は村内で暮らしながら教師のかたわら、妻と一緒に小さなコーヒーショップ「ナピポコーヒー」を運営している。この村で収穫した自慢のコーヒーで筆者をもてなしてくれた。
このコーヒーは1杯50バーツ、日本円にして約200円する。アラビカ種のカチモール品種を高地用に品種改良した「チェンマイ品種」で、さっぱりとした酸味が特徴だ。タイ国内ではオムコイ産のコーヒーは最高品種で、値段も高い。中でもラフ族村落産は標高が最も高く、希少価値が高い。
4年前、政府の援助によりインターネットが使えるようになった。タイ政府は村へテレビや通信設備を無償提供している。新品のスマホでも日本円にして1万円以下の格安で購入できる。これらはサッカーや格闘技などのスポーツ観戦、FacebookなどのSNSの利用が好きな村の人々にとって嬉しい出来事だった。
ただ、これらのメディア上の言語はタイ語だ。それを日常的に目にし、耳にすることでタイ国民への同化政策の基本である言語の統一が進む。これは知らぬ間に、ラフ族独自の文化や歴史が失われる可能性を秘めている。
さらに、同化政策の一端は教育の側面からも垣間見ることができる。1959年、タイ政府は山地民開発委員会を発足し、山岳少数民族への教育支援が始まった。タイ語を話すタイ人の先生を少数民族の村へ派遣し、授業も全てタイ語で行った。それは教育機会の提供というより、タイ国民への同化を進めて国境付近の治安維持やケシ栽培の横行などの問題解決を目指したものだった。
ただ、1980年代に入ると山岳少数民族独自の文化や風習が失われることを懸念して、これらの伝統を重んじる教育に焦点が当たるようになった。
実際に筆者が幼稚園の教室に入ると、壁にはラフ族の歴史や伝統的な子どもたちの遊び、古くから続いている耕作風景などを表した絵が飾られていた。ナタポン先生も「自分たちの民族の歴史を知ることで、アイデンティティや文化を維持することができる」と語った。
幼稚園の教室に入ると、タイ語の絵本が書棚に収められ、英語の教材もあった。また、子どもたちもタイ語や英語が話せることは誇りだ。ラフ族の子どもは普段はとてもシャイ。ただ、教室にいた筆者に本棚から絵本を持ってきてタイ語の文章を自慢げに読み上げる子どもや、壁に貼られている簡単な英単語を発音する子どもがいた。
大規模で広範囲な野焼きをして、トウモロコシを生産するのは、都会の富裕層のためだ。これが深刻な大気汚染問題を生み出し、山岳少数民族へのさらなる蔑視や差別が拡がる。この社会の分断を解決するには、少数民族への多様性のある開かれた教育機会の向上がなによりである。子どもたちの将来への希望は教育にある。