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「ニコ生シノドス」第1回「ホメオパシー騒動とニセ科学論争の行方」

荻上チキ×菊池誠×久保田裕

◇ニセ科学を見極めるための「チェック」◇

荻上 よく、ニセ科学の問題では、「今の科学では解明できないだけ。科学者は頭ごなしに否定している頭でっかちな連中。実際に効いているんだから、(原理が解明されてなくとも)その効果は認めなくてはならない」と言われますが、理論と臨床という二つを分けたうえで、臨床的に効果があるかどうかを検証するということですね。

久保田 そうです。原理はともかく、「効くかどうかやってみよう」っていうことですよね。

菊池 全てのニセ科学問題は基本的にはそれでいいんです。ただし、ホメオパシーは、他の代替医療に比べて、基礎科学の部分があまりにも飛び抜けて特異なんです。他の代替医療なら、原理的に不透明な部分があるものが多いのに対して、ホメオパシーは基礎的な物質科学のレベルで否定できますから。その上でさらに、臨床的にチェックされているっていうのがすごく重要です。もちろん、代替医療の類のほとんどは、本当は物質科学的な考察よりも臨床のほうが重要なはずです。

荻上 三つめの「社会的問題点」にも重なると思うんですが、いまホメオパシーがこれほど話題になっているのは、ロールモデル(模範・手本)となるようなタレントの人などがアピールをして、なんとなく自然信仰に便乗している面がありますね。

菊池 ホメオパシーが自然だからいいっていうのは、たぶんニューエイジ(70~80年代米国発の霊性復興運動)以降にリバイバルしたときの新しい受け止め方ですね。もともとのホメオパシーは全然、自然ではない。自然の対極にあるものだった。リバイバルしてからは、自然っていう概念が入ってきたと思うんです。

久保田 理屈の分かっている人とかは「基礎科学的問題点(理念的批判)」の検討だけでいいわけですよ。でも、原理はどうあれ「自分には本当に効いたのだから」とか「みんな効いたって言っているよ」という人たちが一方にいるので、「臨床的批判(実証的批判)」の必要性が出てくる。そして、様々な社会的な問題ともつながっているので、「社会的問題点」という視点からの検証も必要になる。

荻上 基礎科学的な問題点についておさらいすると、1分子も残らないくらい希釈して、まだ作用することなんてありえるのか。水はあらゆるものと接触しているのに自分があとから加えたものだけの記憶が残るのはなぜなのか。そういう指摘ですね。

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菊池 二つめの問題点には《振盪》っていう理屈が一応あります。「たくさん叩く」っていう。

久保田 でもなぜか、水の記憶は、自分が揺らし始めた瞬間から始まるって考えるんですよ。水が海から蒸発して雨となって山に降り、山から流れてきて、川を下ってきて、さらに滝を落ちてきたりして、周りの様々な物質にたくさん触ってきているはずなのに、その記憶というものは、なぜか何も残ってないと考えるのか、それが不思議です。

荻上 記憶に一つだけ記憶容量があって、それまでの記憶とかを叩き出して、一番直近の記憶を入れるとか。

久保田 その理屈、使えるかもしれない(笑)。以前、ドイツからホメオパシーの研究者が来たとき、同じ質問をしたら、ドイツではこの質問をされたことがないと言っていましたね。彼が言うには、水の「記憶」は非常に長持ちするそうなのです。ハーネマンの時代の薬でも、まだ効果があるんだって言っていました。本当にそんなに長く水に記憶が残るのならば、ホメオパシー薬にされる以前の水の記憶が入りまくっているでしょうに。

荻上 逆に、古ければ古いほどいいっていう理論はないんでしょうか。

久保田 ウィスキーみたいに寝かせるといいとか。それもいいな(笑)。「これホメオパシー何年物です」みたいな。

荻上 ここで作戦会議してどうするんですか(笑)。二つ目、臨床的問題点ということですが、「原理はともかくこんなに治療例がある」は本当か、という検証ですね。

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菊池 これは重要です。(ホメオパシーに限らない一般論としては)メカニズムはあとでいいんですよ。本当に効くのかどうか、臨床に調べるほうが大事で、メカニズムが分からなくても、ちゃんと臨床的に確かめられてたら構わない。

久保田 ホメオパシーも、臨床的に確かめられたら構わない、効けばね。ただ、本当に効くのかっていう問題ですね。

菊池 効いたらすごい話ですから。

荻上 もし効いたら、科学的な知の再検証みたいなものがもう一度必要だということになる。

◇ホメオパシーとプラセボ◇

久保田 ただ、「ホメオパシーはまったく効かない」わけではない。ホメオパシーは、ある程度は効くんです。正しく言えば、「プラセボ(偽薬)効果以上には効かない」。

菊池 プラセボと比較したときに区別がつかないっていうことですね。有効性を示したと主張する論文はたくさんあるから。

久保田 ホメオパシー団体も、「こんなに有効っていう論文があるのに、なんであなたはまだ否定するんですか」って言いますね。ただ問題なのは、「効かない」っていう論文もまたたくさん発表されているのに、それをまったくと言って良いほど紹介しないで口をぬぐってしまっている、ということでしょう。

荻上 確証バイアスがもう掛かっていると。

久保田 自分たちに都合のいいものしか紹介しないというのだったら、自分たちのやってることに対して、社会的責任を持っているとはいえないわけです。

菊池 都合のいい結果がたくさんあるけど、都合の悪い結果もたくさんある。そういう時には、様々な臨床結果を総合的に判断する「メタアナリシス」(メタ分析)というのをやる。メタアナリシスをしてみると、プラセボと区別がつかないという結論になる。

久保田 論文群全体を見渡すという作業をするわけですね、通常の分析よりメタな次元のアナリシスだから、メタアナリシス。

荻上 分析の確からしさを再検証するわけですね。

菊池 しかも、条件がどれくらいコントロールされた実験かっていうようなところも見てる。

久保田 ずさんな実験をすれば、いくらでも自分の思う通りの結果が出ますから。

荻上 「私は効いた」っていう人はたくさんいるわけですね。客観的な検証に耐えられるかどうか分からないけれど、効いたんだから効くんだ、という声はたくさん聞かれる。

◇「思い込み」や「希望的観測」を避けるための方法論◇

菊池 たくさんの人が使っているということは、「ホメオパシーを使ったら治りました、よくなりました」っていう経験をした人がたくさんいるということですよね。それは、体験として本当なんだと思うんです。

 けれども、どんな病気でも自然に治癒することがあるので、レメディを飲んだ人がよくなったからといって、それがレメディのお陰とは限らないっていうのが基本的な出発点。ほんとうにレメディのお陰かどうかを検証するために、臨床試験をちゃんとやる。個人的に効いたと感じることは何の証拠にもならないんですね。

久保田 一般に薬の効果だと思われていることは、実は二つの下駄を履いているんです。一つは自然治癒。そしてもう一つは、薬を飲んだことによるプラセボ効果、つまり心理効果だけでも、実はけっこう治るんですよ。その二段の下駄をはずしたうえで残るものこそが、本当の薬理の効果なんです。ホメオパシーの場合も、その下駄をはずしても何かが残るかどうか、ちゃんとチェックしましょうってことなんですね。

荻上 そのチェックのための方法として有効なものが、こうした疫学的な考え方だと(図参照)。

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菊池 これはホメオパシーに限らず一般的にも使える考え方です。本物の薬を飲ませた人、ニセの薬を飲ませた人、それぞれについて、効果あった人が何人、効果なかった人が何人という形で、この4マスを埋めていく。薬でなくても、お祈りでも何でもいいんですよ。祈祷したら効果があったかどうかについてマスを埋めていく。4マスちゃんと埋めないと、本当にAのお陰で効果があったと言えるかどうか分からないわけですね。

久保田 Aをして効果があった人がたとえば10人いて、効果がなかったひとが4人だったとする。それでもまだ、「効果があった」とは言えないんです。というのはもしかしたら、Aをしなかった人々の集団でも、10人は自然治癒力で病気が治ってしまって、残り4人は治らなかったということがあり得るかもしれないから。

菊池 この4マスを全部埋めないと、有意に効果があるとは言えないんです。個人的な体験で「効いた」と主張するのは、Aをした人に効果があった、というマスしか埋めていないわけですから、証明になっていない。

久保田 ひとりの人間で、Aをして、同時にAをしなかったっていうのはできないですからね。自分の体験だけで判断して、「Aをしたら効いた」っていう方向に傾いていくのは正しくはないけど、仕方ないことだとは思いますよ。

菊池 体験談商法って、みんなそうですね。

荻上 この調査をすれば、メカニズムが分からなくても、臨床的問題点についてははっきりするわけですね。

久保田 ただそのとき、ダブルブラインド、二重盲検法をちゃんとしないといけませんね。

菊池 薬についてやるんだったら、まずは「ランダム化」、そして「ダブルブラインド」によって、偽薬と比較する。本物の薬か偽物の薬かを、被験者に教えないようにするのがブラインドなんですけど、それだけだと薬を被験者に渡す人間が本物か偽物かを知っているため、顔に出て被験者に勘付かれたり、判断に先入観がはいるかもしれない。だから、実験する人もどの被験者に本物を与えたか知らないようにするのがダブルブラインド。

久保田 それくらいのことまでやらないと、プラセボ効果が出てしまうんです。

荻上 被験者の期待と、観察者の期待を結果に反映させないようにするということですね。そうしたしっかりとした作業をやったうえで検証した蓄積っていうのは、そんなにないんですか?

久保田 ホメオパシーも200年の歴史がありますから、関連した論文もたくさんあります。確かに、効いたっていう論文もたくさんありますよ。ただ、やはり効かないっていう論文も山ほどある。そこで、先ほど申し上げたメタアナリシスにかけると、効かないという結果になる。

菊池 都合のいい結果だけを出して、「効くデータがあるんだから効いてます」っていう言い方をしてもしょうがないということです。

久保田 それから当たり前ですけど、効くっていうデータのほうが、発表されやすいんです。「これやって効いた」っていうことがあれば、誰でも論文書きますよね。でも逆に、やってみて全く効かなかったら、わざわざ論文を出さないかもしれない。こういうことを「発表バイアス」といいますが、そういった問題もあるんです。

 この問題は、通常医療でも普通にあります。だからメタアナリシスをやる。「効くっていう論文がたくさんありますから」って言ってふんぞり返るのは、医学における効果判定法の基本が分かっていないということです。

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