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菊池誠さんによる「ニコ生シノドス」第1回への補足

菊池誠

 このニコニコ生放送(未読のかたは先にお読みください)がいずれWEBRONZA(ウェブロンザ)に掲載されることは以前から決まっていたのだが、運命のいたずらにより、なんとも絶妙に微妙なタイミングでの掲載になってしまったので、編集部にお願いして、改めて少しだけ追記させていただくことにした(本文中の追記は11月時点のもの)。絶妙に微妙というのは、言うまでもなく、ホメオパシーに好意的な記事がほかでもないこのWEBRONZAに掲載されて物議を醸した直後であり、しかも、久保田氏がそれに対する批判とある種の釈明を含むまとめ記事を書かれ、それが掲載されたのと同日にこのニコ生の記録も掲載されたからである。編集部の意図を深読みしたくなる向きもあろう。twitterで伺った感じでは、意図はあるといえばある、ないといえばないというところか。

 さて、たまたまこうやって書く機会をいただいたので、まずは問題のWEBRONZA「Global Press」12月13日「『牛にもホメオパシー』~本場スイスのホメオパシー療法の現在」(岩澤里美)について、コメントしておこう。もちろん、スイスでホメオパシーがどのように捉えられているかは興味深い話題である。タイトルの「牛にもホメオパシー」の理由が「有機家畜」の定義に関係するというのは、この記事で初めて知った事実だ。その意味で、ためになる部分はあった。

 しかし、「子どものADHDの症状をのいくつかをホメオパシー薬が顕著に改善させたという二重盲検法の結果」なるものをこうまで気軽に紹介されてはやはり困る。わずかにであれホメオパシーがADHDに有効という主張がいかに踏み込んだものであるかは、ホメオパシー問題に注目してきたかたならおわかりだろう。まして「顕著」となると仰天の主張である。これは「ちょっとしたいい話」というレベルのものではないので、慎重の上にも慎重な態度が必要とされる話題だったはずだ。実際に子どものADHDで悩んでおられるかたがたにホメオパシーに対するありもしない期待を与えかねないこのような記事を軽々しく書くべきではないし、掲載すべきではない。

 ニコ生でも話したとおり、他の代替療法はともかく、ことホメオパシーに関してはその効果(のなさ)に議論の余地はない。物質が含まれなければ効果はないというのは覆りようのない事実であり、しかも、臨床試験のメタ解析でも効果が認められないことは確かめられている。また、よしんば効果の賛否に留保をつけたとしても、「有効」という研究ひとつをなんの留保もなく紹介することがいかに危険かはわかるはずである。特に、これは、日本で騒動があったことを知った上での記事なのだから、せめて『代替療法のトリック』に目を通していれば、「有効」という報告を真に受けてはならないことくらいはわかったはずだと思う。実際、2007年にはこのフライらの研究を含むさまざまな論文を総合したメタ解析の論文がコクラン共同計画から出されており、ホメオパシーはADHDに効果が認められないと結論づけられている。岩澤氏の記事には、少なくともこのADHD問題についてだけでも、きちんとした補足説明がつけられるべきである。

 この記事の問題点が何に由来するのかは、中ほどに書かれた「筆者自身も、ホメオパシーの効果は実感として分かる」から始まる段落で明らかである。もちろん、レメディを飲んだら体調がよくなったという岩澤氏ご自身の体験は事実なのだろう。しかしながら、これがなんらホメオパシーの効果を証明するものではないことは、ニコ生の記録をお読みいただければおわかりいただけるはずだ。「飲んだ」と「よくなった」のあいだには時間の前後関係はあるが、それはなんら因果関係を証明しない。この時間順序と因果関係の混同は、ホメオパシーに限らず、怪しげな健康食品や代替医療の問題等に共通に見られる誤りなのである。

拡大ホメオパシーで使われる砂糖玉「レメディー」

 たしかに個人的な体験が記事を書く動機になることはごくあたりまえだし、実際、そのようにしてこれまでにもすぐれた記事が数多く書かれてきた。しかし、その個人的な体験をいったん客観視するプロセスを踏まなければ、時として大きな誤りのもととなる。思い込みが強いほど、「他の可能性」を見落としやすいからだ。今回の記事であれば、レメディを飲んだらよくなったという体験は「実は偶然の一致に過ぎない」という最もつまらない可能性が見落とされたわけだ。自分が「効果を実感した」という体験をいったん棚上げにして、『代替医療のトリック』などに目を通してみれば、おそらくこのような記事にはならなかっただろう。いちどは「実感」した目で、スイス社会へのホメオパシーの浸透を見直せば、むしろすぐれた記事ができていた可能性もあったのだと思う。

 さて、以下は記事を掲載したWEBRONZAへのコメントである。一連のホメオパシー関連報道で朝日新聞・科学医療部が果たした役割は非常に大きく、他の新聞・雑誌等も取り上げはしたものの、継続性と質の両面で朝日が群を抜いていた。今回のWEBRONZAの記事が主としてインターネットを中心に物議を醸したのは、ひとつには、これまでの朝日新聞のホメオパシー関連報道が読者の強い支持を受けていたことの裏返しという面がある。端的には「裏切られた感」だ。もちろん、朝日新聞にしたところで、家庭欄で不用意にホメオパシーを肯定するような記事が書かれたりもするわけで、久保田氏も言うとおり、一枚岩ではないことは明らかだし、また、一般論として言うなら、思想的に一枚岩の報道機関はむしろ危険である。

 さらに言うと、言論・表現の自由はあり、どのようなでたらめであっても主張する権利は万人にある。それにはいくつかの制限があるのだが、「ホメオパシーは効くかもしれない」と書くことがそのような制限に抵触するとはとても思えないので、主張自体は明らかに自由だし、その自由は守られるべきである。

 しかし、ここまで議論が尽くされ、科学的な評価が明らかになっている問題で、記事の信頼性を最も重視するはずのメディアが敢えて賛否両論を公平に掲載する意味はあるのだろうか。物質がなくても効果があるというホメオパシーの主張は、現代科学の中での位置づけとしては、永久機関の次くらいでよいのではないか、というのが僕の感覚であるがいかがだろう。たしかに、まともな新聞や雑誌が永久機関をうっかり真剣に取り上げてしまうこともたまにはあるが、基本的には、永久機関をまじめにとりあげるのは別ジャンルのメディアの仕事だろう。いや、その「永久機関の次くらい」という認識が広まっていないのが問題であることは僕も重々承知している。そこで話は、ニコ生の最後につながるわけだ。WEBRONZA+(ウェブロンザプラス)には科学・環境セクションが新設されたことでもあり、今後に期待したい。

 と、これだけ書いておいて、今さらだが、実は追記したかったのはたった一節である。11月時点で僕は「科学者がある程度努力しても、テレビで妙な番組を一つ放送されるだけで台無しになってしまうのが現実なわけで、科学者だけでは如何ともしがたい面があります」と追記した。この「テレビで妙な番組を一つ放送されるだけで」の次にさらに以下の一節を追記したことにしたい。

 「、あるいはWEBRONZAに不用意な記事が一つ掲載されるだけで(泣)、」

 最後の「(泣)」は超重要である。(2010/12/29)