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捕鯨論争、「外から言われる筋合いはない」論からの卒業を

竹内敬二 エネルギー戦略研究所シニアフェロー

鯨の肉はほとんど食べないが、「食べるなと外国からいわれる筋合いはない」と思う―。捕鯨問題における日本人の一つの典型的な反応だ。しかし、この「筋合いはない」論にとどまっていることが、日本政府と反捕鯨国の対立の硬直化を後押ししている面がある。農水省は2月、南極海での今年の調査捕鯨を途中で中止した。反捕鯨団体シーシェパード(SS)の妨害活動が理由だが、捕鯨問題が変わるきっかけになるかも知れない。私たちも反捕鯨運動に反発する「反・反捕鯨」を超えて、「日本の捕鯨をどうするか」を自ら考えるときだろう。

拡大ボートから酪酸の瓶を投げる。それをアニマルプラネットのカメラマンが撮影。2011年。日本鯨類研究所提供

 ◆シーシェパード、破壊活動で船を沈めた過去も

 私がシーシェパードの破壊活動を最初に聞いたのは、1992年、捕鯨国アイスランドで捕鯨会社幹部にインタビューしたときだった。その幹部は停泊する捕鯨船の上で「86年、この船を含む2隻の捕鯨船を港で停泊中に沈められた。引き揚げて整備したが」と怒っていた。夜に何らかの工作をしたと記憶している。事件がどう処理されたかは知らない。

 最近は南極海での日本船への攻撃が有名だ。日本の捕鯨船団に母船と小型ボートで異常接近し、塗料や酪酸、発煙筒を投げつけ、プロペラや舵を狙ってロープを流す。昨年1月には小型ボート「アディ・ギル号」が日本船に衝突して破損し、放棄された。その船長が2月に日本船に侵入し、拘束されて、日本で裁判を受けた。

拡大シーシェパードの船(右)が日本の捕鯨船に衝突。2010年。日本鯨類研究所提供

 2008年1月にもSSの2人が捕鯨船に侵入した。このとき「何を食べたい?」「天ぷら」というやりとりがあって、日本側は天ぷらを食べさせ、2日後にオーストラリア当局に引き渡した。これが後日、国会などで「対応が甘すぎる」と批判された。妨害が激化する中で、そうした牧歌的な雰囲気は今はないようだ。

 シーシェパードは「海の保護者」の意味。鯨やアザラシ、マグロなどの保護を訴えて激しい抗議行動を繰り広げている。自らが考える正義(捕鯨阻止など)のためには、違法や暴力行為も使う過激派で、「エコ(環境)テロリスト」という言葉で表されることが多い。一方、昔から反捕鯨で有名なグリーンピースは「非暴力」の直接行動を信条にしており、大きく異なる。

 SSの暴力行為は許されるものではなく、欧米の政府も一応は厳しい姿勢を見せている。しかし、これほど長い間の活動が可能なのは、欧米の政府や市民の間に、心情的に支持する雰囲気があるからだ。捕鯨をめぐる対立の上に咲いた「あだ花」であり、日本などの捕鯨を嫌悪する人たちのうっぷんをはらす役目を果たしている。捕鯨はそれほど嫌われている。

 ◆日本は年約千頭を調査捕鯨で捕り、肉は料理店へ

 今年の日本の南極海捕鯨は小型のミンク鯨850頭、大型のナガス鯨50頭の予定だったが、ミンク170頭、ナガス2頭で帰還する。前例のないことだ。ただ、グリーンピース・ジャパンは「鯨肉の需要低迷で2年分の在庫があることも原因。早期帰還は生産調整」というプレスリリースを出した。日本の捕鯨は内憂外患の状況にあることは確かだ。

拡大商業捕鯨時代の1973年。南極海の甲板上での鯨解体作業。金井三喜雄撮影

 世界の商業捕鯨はIWC(国際捕鯨委員会)が決めたモラトリアムによって禁止されている。日本はその代わりとして87年から調査捕鯨を始めた。当初は南極海のミンククジラを年間約300頭ずつ捕っていたが、次第に拡大し、今では日本近海を含む北西太平洋地域でも実施し、年間1000頭ほどを捕獲している。87年以降の総計では1万1千頭になる。肉は全国の鯨料理店に流し、その売り上げを調査捕鯨の費用にあてている。このため「形を変えた商業捕鯨だ」との批判もある。

 捕鯨の妨害は、北太平洋では行われていない。南極海は代表的な反捕鯨国オーストラリアの「庭先」の海であり、国民の支持も受けやすい。南極海など「公海」で捕鯨をしているのは日本だけだ。

 ◆メンツ前面の「安定した対立」が続く

 日本政府と反捕鯨国政府の対立の特徴は、「同じ対立構図がいつまでも続くこと」だ。その理由は大きく三つある。

 一つは、根本的な考えが異なっており、IWCでの議論は問題解決に役立っていないことだ。日本など捕鯨国は、「ミンククジラは捕鯨可能な数が要るので利用してもいい」という「資源利用」の立場だが、反捕鯨国は「野生動物として保護したい」という考えだ。そして「少々増えた鯨種があっても捕らなくてもいいではないか」という考えは、さまざまなバリエーションはあるが、日本も含め世界に広く広まっている。「こちらが正しいからこちらに従え」と一つの価値観では世界を支配できない時代になっている。

拡大調査捕鯨の内容。ほぼ日本だけが実施している。

 IWC加盟国では反捕鯨国と捕鯨容認国の数がかなり接近している。重要事項の決定に4分の3の賛成が必要なので、今のままではIWCでは永久に何も決まらない。

考えの根本が違うのだから、妥協するしかないが、両派は「相手が絶対に受け入れない主張」をしている。これが二つめだ。日本は「南極海で遠洋漁業を再開する」と主張し、調査捕鯨はその準備だとしている。一方、反捕鯨国の多くは結局のところ、「沿岸捕鯨も含めすべての商業捕鯨に反対」の立場といえる。

 三つめは、今の状態で両派とも失うものがなく、早期解決の動機がないことだ。日本の遠洋捕鯨産業は消えている。一方、反捕鯨国にとっては今の捕鯨禁止状態が続けばいいだけだ。この奇妙な「安定した対立状態」の上では主張を曲げる必要はなく、メンツをかけた論争が延々と続く。「産業を抱えての経済交渉」は早く妥結しようという動機が働くが、産業が消えた捕鯨は何年でもケンカができる。

 アイルランドは1997年、「沿岸での捕鯨を容認する」「200カイリ外での捕鯨禁止」「調査捕鯨の段階的中止」を提案したが、両派とも積極的にならず、妥協は失敗した。その後にでてくるさまざまな妥協案も同じような案だ。妥協するとすれば、こうした案でのみ可能だろう。考えの基本は、「沿岸捕鯨はその国の主権の範囲内で判断されるべきものだが、公海での捕鯨には世界の国の意思が反映されるべきだ」に置くしかない。

 ◆突然の「プチ・ナショナリスト」

 いま、日本人はほとんど鯨を食べず、捕鯨にも無関心だ。だが、年に一度のIWC総会や「捕鯨妨害」のニュースに接したときには、途端に、「反捕鯨はおかしい」「食べるなと外国に言われる筋合いはない」と声をあげる「筋合い論者」になってしまう。即席のプチ・ナショナリストである。

 しかし、それは反捕鯨の乱暴な行為やずさんな反捕鯨の論理に反対する「反・反捕鯨」ではあっても、多くの人は南極海での遠洋捕鯨の再開までを望んではいないだろう。

 日本政府の「南極海の遠洋捕鯨を再開する」も、反捕鯨国の「すべての商業捕鯨に反対する」も、極端な主張だ。その主張のどちらか一方に賛成する必要はない。普通の日本人と反捕鯨国の普通の市民の考えが大きく違っているとも思えない。 ・・・ログインして読む
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筆者

竹内敬二

竹内敬二(たけうち・けいじ) エネルギー戦略研究所シニアフェロー

エネルギー戦略研究所(株)シニアフェロー。元朝日新聞編集委員。科学部記者、ロンドン特派員、論説委員などを務め、環境・原子力・自然エネルギー政策、電力制度などを担当してきた。温暖化の国際交渉、チェルノブイリ原発事故、3・11などを継続的に取材。著書は、電力業界が日本社会を支配するような社会産業構造がなぜ生まれたのか、なぜ福島事故がおきたのかを描いた『電力の社会史 何が東京電力を生んだのか』(朝日選書、2013年)。

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