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「2位じゃダメなんでしょうか」のどこがダメなんでしょうか

須藤靖

須藤靖  東京大学教授(宇宙物理学)

 いわずと知れた蓮舫氏の有名な発言は、科学に対する浅薄な質問だとも、逆に極めて深遠な質問だとも解釈できる。ご本人の真意はわかりかねるのだが、もはやそれとは関係なく、私は科学の本質を突いた質問だと思っている。

 一方、著名な科学者の方々はほとんど「科学において2位が無意味であるのは自明」と発言されているらしい。さらにはそれを受けてかどうか知らないが、科学者ではない政治家や評論家のような人々までもが「あんな質問をすること自体が科学の本質を理解していない証拠」、「答えるに値しないような論外な質問」と公言するのをしばしば耳にする。ふーん、そんなものですかネ。少なくとも私はこのような意見には断固反対である。

拡大「2位じゃダメなのか」発言が出た事業仕分けの直後、科学界には反発があり、ノーベル賞学者らが並ぶ会見も開かれた=2009年11月25日、東京都内で福留庸友撮影

 そもそも科学の成果に対して、1位や2位という序列をつける、あるいはそのような順位が存在するという発想そのものが、私には納得できないのだ。音楽CDや小説にベストセラーというランキングはあっても、それが音楽家や小説家を1次元に並べた序列化でないことぐらいは誰でも知っている。音楽や文学が人々に与える感動は幅広く多種多様だし、受け取り方や好き嫌いも個人差が大きい。だからこそ古今東西、数多くの異なる音楽家と小説家が存在し続ける意味があるのだ。

 ビートルズとサザンオールスターズと美空ひばりとを一緒くたに並べて順位をつける行為の愚かさは言うまでもない。科学だってもちろん同じである。世界中が注目している大テーマに果敢に取り組んで解決することだけではなく、世界の誰も興味を持たないようなテーマに数十年没頭することも、さらには今まで知られていなかった謎を新たに発見することも、同等に大切な科学なのだ。

 「入試の公平性ってなんだろう」で展開した議論とも通じるが、順位付けはあくまである一つの(恣意的な)ルールのもとでしか意味を持たない。ルールが変われば順位も変わる。にもかかわらず、そのルールの意味自体(すなわちその科学成果の持つ意義)を議論することなく単なる順位だけが一人歩きし、そして科学がそのような順位付けを容認する営みであるかのような誤解を与えてしまう。著名な科学者が口をそろえて「2位ではダメなんです」とだけ答えることの最大の問題点はそこにある。その結果、一般の人々に「科学とは1位になることが目的で、2位以下となるのは失敗だ」などという誤解を植えつけてしまうならば取り返しがつかない。むしろ、1位になることを目的としてしまうと、科学は完全に歪んでしまうと言うべきではなかろうか。

 百歩譲って研究「成果」には順位が存在するとしても、2位があってこその1位である。数多くの優れた科学研究のほとんどは、決して1位という称号を受けることはなくともさらには同時に類似の研究がなされようとも、それらが総合的により進んだ成果を生み出す重要な基礎となっていることは間違いない。それらを否定してしまっては、その先にある1位の成果に到達することなどあり得ない。ルールが明確で順位付けの正当性が高いと思われるオリンピック競技においてすら、2位以下は無意味だと考える人がいるものだろうか? 1位よりもより深い感動を与えてくれ、全世界が心からの賞賛の拍手を惜しまなかった2位、3位…の存在は決して例外ではないはずだ。

 πを5兆桁まで計算してギネスに認定された長野の会社員の方のニュースを耳にした。この場合はまさに「1位」となったわけだが、その順位などとは無関係にご本人の独創性は明らかであるし、ましてや「1位」となることだけを目的として頑張ってこられたわけではなかろう。自分が興味を持ったことにとことん没頭し、あえて他人とは異なるアプローチで挑戦する。結果がどのような順位となろうと満足できるし、そもそも順位などという考えが頭に浮かぶことすらない。これこそが本来の科学(者)の姿だと思う。

 事業仕分けという国民的行事において、「2位じゃダメなんでしょうか?」はある特定のプロジェクトに対する質問にとどまらず、科学予算一般に向けられた質問であると受け止められたようだ。だからこそ、わが国を代表する科学者の方々が「2位ではダメなんです」とアピールせざるを得なかった事情もあったのだろう。実は科学の世界において、優れた研究とそうでない研究の違いは比較的明確である。優れた研究のどこが優れているのかを分析すれば必然的に「××という観点からは世界一」といった形容詞を冠することもできよう。そのような意味において、優れた研究は1位なのだと評することは間違いではない。しかしそれはあくまでも象徴的な使い方でしかないことを強調しておくべきだ。

 上述の意見に対して、「そんなことはあえて力説するほどのことではない。それを当然の前提とした上での比喩的な意味での1位なのだ」という形での同意を示してくださるのか、「そんな甘っちょろいことを言っていては優れた科学研究などできるわけがない。やはり2位ではだめなんだ」と反論されるのか、私には推測しかねる。ただし、数だけで言えば「1位である必要はない」という意見は、かなりの割合の科学者に共感をもって頂けるものと信じている。にもかかわらず、蓮舫氏の質問は間違っていないと発言することイコール自分が2流だと認めてしまうこと、という風潮が蔓延した結果、ほとんどの科学者が本音での発言を控えているのだとすれば、決して健全な状況ではない。

 科学には1位も2位もないし、あるべきでもない。その意味において「2位じゃダメなんでしょうか?」は、まさに科学の本質を問うている。私は断固、順位があると考えること自体がダメだし、順位をつけるという行為は科学の冒涜ですらある、と答えたい。これはもはや蓮舫氏に対してというよりは、科学者が科学者に対して発するべき返答なのかもしれない。その意味でも蓮舫氏がおそらく素朴に発した疑問は、実はまさに的を射た質問だったと評価するべきだ。

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筆者

須藤靖

須藤靖(すとう・やすし)  東京大学教授(宇宙物理学)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。第22期・第23期日本学術会議会員。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に『ものの大きさ』、『解析力学・量子論』、『人生一般二相対論』(いずれも東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『三日月とクロワッサン』、『主役はダーク』『宇宙人の見る地球』(いずれも毎日新聞社)などがある。

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