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圧勝!IBMワトソン君の謎と人間らしさ

北野宏明

北野宏明 ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長

 圧勝であった。IBMの開発したWATSON(ワトソン)が、クイズ番組JEOPARDY! でチャンピオン2人に勝利したのである。歴史的な快挙と言ってもよい。WATSONがどのように解答を見いだすかなどは前回ご紹介したので、ここでは触れない。ひとつ訂正があるのは、前回、質問はWATSONが音声認識と画像認識をしていると書いたが、実は、テキスト形式で入力されていたようである。JEOPARDY! の場合、この部分はそれほど難しくないので、これがテキスト形式での入力だとしてもその能力を疑う根拠にはならない。

 今回のチャレンジで話題になっているのが、WATSONが間違えたある質問についてである。ゲームの最終局面だが、「米国の都市」というカテゴリーで「最大の空港は第2次世界大戦の英雄の名前がつけられ、第2の空港は第2次世界大戦の戦闘の名前がついている都市は?」という質問に、「トロント????」と答えたのである。正解は、シカゴである。シカゴ最大の空港であるオヘア空港は第2次世界大戦での海軍のエース・パイロットであるエドワード・オヘアの名が付けられ、第2の空港の名前はミッドウェーである。

 なぜWATSONは、トロントと答えたのか? そもそもトロントは、米国の都市ではない。IBMのWATSON開発チームが、この誤答をめぐる詳細な解説をしている。

 まず、JEOPARDY!の場合、「米国の都市」などというカテゴリーが厳密ではないことが過去の例から知られているので、WATSONは、「米国」に厳密にこだわらないで回答を探したということが一つ。これは、WATSONの学習プロセスで統計的に検証され、それが戦略の一部に組み込まれているようである。次に、米国内にトロントという名前の都市が多く存在する。米国(原文では、U.S.)は、よく「アメリカ」とも呼ばれ、同時に「アメリカ」は北米、中南米も意味する。つまり、カナダは「アメリカ」の一部であり、「アメリカ」はU.S.であるという理屈。さらに、トロントの野球チームであるブルージェイズは、米国大リーグのアメリカンリーグ東地区のメンバーである。これらのことから、トロントが排除されなかったのだろうということである。これは、納得できる。ただ、未だにわからないのは、なぜ解答として、シカゴよりもトロントのほうを選んだのかという点である。

 トロントの最大の空港は、トロント・ピアソン国際空港で、第14代カナダ首相でノーベル平和賞受賞者であるレスター・ピアソンの名前を冠している。しかし、ピアソン氏は、第2次世界大戦には従軍していない。ピアソン氏のノーベル平和賞は、スエズ危機(第2次中東戦争)を解決へと導いた国連によるPKO派遣の提唱と実現に対しておくられているのである。トロントの第2の空港はビリー・ビショップ・シティー・センター空港であり、第1次世界大戦のエース・パイロットの名前を冠している。確かに、ビショップは第2次世界大戦から朝鮮戦争にかけて兵員のリクルートにかかわっているし、ピアソンがかかわったスエズ運河は第2次世界大戦での要衝であった……。しかしである、シカゴのほうが「ミッドウェー」という海戦名だから、あまりに、明確である。トロントが米国の都市かどうかとは別に、なぜシカゴのほうが上位の正解候補にならなかったのかは謎である。

 WATSONの確信度を見ると、トロントが14%、シカゴが11%、オマハが10%であり、非常に低い確信度になっている。なぜシカゴが11%の確信度しか得られなかったについては、明確な説明がされていない。おそらくこれは、WATSONの推論方式の特徴が表れているのだと思う。つまり、すべての解答が記述されているデータベースをもっているわけではなく、15テラバイトにのぼる膨大な文献などを蓄積してあり、それを瞬時に解析して質問に答えるのだ。よって、完全に正解にならなくとも、「近い」と判断されたものは解答候補にあるのである。なんらかの理由で、シカゴの確信度が低いままであったのであろうが、その理由はIBMのチームが解析しているに違いない。なにしろ、JEOPARDY! を制覇したシステムである。単純なプログラム上の問題というより、より奥の深い理由がある可能性がある。

 しかしこの間違いは、なんとなく人間っぽいと思えてしまうのは私だけであろうか? ここまで複雑なシステムになると、その挙動を人間が直感的に理解するのは難しい。かなり時間をかけた解析が必要になる。ところでWATSONは、この質問に、この段階での36681ドルの元手から947ドルしか賭けていなかった! ドタ勘に多くの掛け金は張らないという知性は確実に持っているようである。

拡大ワトソンの対戦相手ケン・ジェニングズさん。約1カ月前の模擬対戦でもワトソンが勝っていた=1月13日、米国ヨークタウンハイツで勝田敏彦撮影

 もう一つの注目は、対戦相手の感想である。対戦相手の一人であるケン・ジェニングズは、直前にIBMの開発チームからWATSONがどのように解答に至るかの概要の説明を受け、自分の思考パターンにそっくりであることに愕然としたと述べている。さらに彼は「多くの場合、私を相手にする挑戦者は、最初からビビっている。ところが、WATSONを前にすると自分が負け犬のように感じてしまう」と言っている。ゲームの途中でWATSONに大量リードを許した局面で、「勝利より、もう一人の人間の挑戦者よりも上で終了することを狙うという弱気なことも考えた」とも打ち明けている。これに対して、WATSONは淡々と答え続けるのみである。この感情のなさが、強みの一つであろう。

 実は、これと同じことはコンピューターチェスでも起きている。1997年にIBM DeepBlueに破れた人間のチェス世界チャンピオンのカスパロフは、DeepBlueの指し手に「新たな知性を感じ、精神的に大きなダメージを受け、調子を落としたが、相手(DeepBlue)は関係なく手を打ってくる。人間は精神的に疲労するが、コンピューターにはそれがない。」と言っている。人間を、人間らしくしている感情が、その弱点になっている。多くのSFファンは、スタートレックのスポックやデータを思い出すであろう。

 コンピューターによる知性の研究は、突き詰めていくと人間とはなんなのか? なにが人間を人間らしくしているのか? という問いに対する答えを、あまりに劇的なかたちで露わにするのかもしれない。

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筆者

北野宏明

北野宏明(きたの・ひろあき) ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長

ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長兼所長。1984年国際基督教大学教養学部理学科卒業後、日本電気に入社。88年米カーネギー・メロン大学客員研究員。91年、京都大学で博士号(工学)を取得。1993年ソニーコンピュータサイエンス研究所入社、犬型ロボットAIBOなどの開発にかかわった。2008年に現職。NPO法人システム・バイオロジー研究機構会長を兼務。Computers and Thought Award (1993)、ネイチャーメンター賞中堅キャリア賞(2009)などを受賞している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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