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[3]ツナミの目を背けたくなるようなむごさ

プレート境界型地震「悪魔の指先」

尾関章 科学ジャーナリスト

 逃げても、逃げても、黒い影が追いかけてくる。そんな悪夢にしばらくは悩まされそうだ。

 11日午後、東北地方の太平洋沿岸をほぼ壊滅状態に陥れた東日本大震災は、なによりも津波被害の怖さを私たちに見せつけた。テレビの空撮映像を見ていて震撼させられたのは、宮城県名取川沿いにさかのぼった黒い波だ。悪魔の指先のようにも見える津波の先端が家々を次から次にのみ込んでいった。あまりの残酷さに、思わず一瞬目を背けた。

 私たちは、地震の災いというと、まず家屋の倒壊や火災の蔓延を思い浮かべがちだ。たしかに内陸部の活断層が暴れる地震は、真下から地面を揺らすので震度が大きくなる。その結果、建物を壊し、火事も起こしやすい。1995年の阪神大震災は、まさにこうした直下型の大地震だった。

拡大津波は、まちをのみ込んだ。水浸しの仙台市若林区=12日朝、本社ヘリから矢木隆晴撮影

 だが、日本列島では、被害の構図がそれとは違う大地震のタイプがある。列島周辺の海底では、海洋のプレートが陸側のプレートの下に潜り込んでいるが、その境界域にひずみがたまることで暴発する巨大地震である。プレート運動そのものが起こす地震なのでエネルギーの規模は大きくなるが、震央が沖合なのでマグニチュードのわりには小さな震度となる。その代わり、海底が上下に動かされるので津波が起こりやすい。

 東日本大地震もこのタイプの地震だ。長さ500キロにわたってプレート境界部が壊された、とみられている。日本の観測史上最大のマグニチュードを記録したので揺れは大きく、広い地域で震度「6強」以上だったが、数メートル級の大津波も太平洋沿岸に襲いかかり、あっという間に建造物や車などを押し流したのだ。

 プレート境界型地震は津波が怖い、ということをはっきりと数字で示しているのが、政府の中央防災会議の被害想定だ。2003年に発表された東南海・南海地震が同時発生した場合の想定被害の内訳をみてみよう。

 この地震は、東海地方から紀伊半島や南四国などに強い揺れをもたらすとされているが、津波も東海地方から西日本一帯の太平洋岸に押し寄せ、さらには瀬戸内海や大阪湾などにも入り込んで都市部を脅かすと予想されている。防災会議の被害想定によると、「地震の発生が朝5時で風速3メートル、即座に避難しない人の割合が80%」という条件下では、死者数が約1万7400人になるが、このうち半数の8600人は津波の犠牲者とみている。これは、揺れで建物が倒壊することによる死者の推計6600人を上回る。

 同様にプレート境界型の代表格である東海地震の被害想定では、同じ条件下の死者数が多くて9000人前後と推計されるが、このうち津波で亡くなるのは約1400人とみられている。揺れによる予想死者数の約6700人よりはずっと少ないが、火災や土砂災害に比べると多い。

 こうした試算からも、プレート境界型の地震では、どれほど津波対策が肝要であるかがわかるだろう。

 ひとつ対策として考えられるのは、押し寄せる波を水門で阻むことだ。すでに水門が整っているところもあり、ここに挙げた数字にはその効果が織り込まれている。だが、大地震では、揺れなどによって水門が働かなくなることも十分ありうる。こうした場合のことも防災会議は試算しており、前述のような条件下で東南海・南海地震が同時発生したとすると津波の犠牲者数は3000人ほどふえるという。

 結局のところ、津波対策の決め手は高所へのすばやい避難ということになる。この被害想定でも、即座に避難しない人を約30%まで少なくしたときの犠牲者数も推計しているが、80%の場合と比べると東南海・南海地震で6割、東海地震では7割も減らせるという。

 ただ今回は、津波が来るのが早すぎた。福島県では地震が起こってからわずか9分で、高さ30センチの第1波が到来したという。それだけ震源域が陸地に近かったということだろう。

 中央防災会議の被害想定では、「即座に避難しない人の割合が80%」を「避難意識が低い場合」とも説明しているが、今回の悲劇を見せつけられると、これはちょっと酷な表現のように思える。「意識」が高く、危ないと思ってただちに避難行動をとろうとした人のなかにも、逃げ切れなかった人が少なからずいるように思えるからだ。

 海辺のまちには、そこここに津波に耐える逃げ場所を用意する。いまは一人でも多くを助けだすことが急務だが、やがて復興が始まったときには、そんな工夫を盛り込んだまちの再設計が求められているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

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筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。1週1冊のブログ「本読みby chance」を開設中。

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