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 放射線というのは、いったいどれだけ浴びたら危ないのか。誰もが知りたがっているこのことが明確に示されていないと不満をお持ちの方は多いと思う。

 調べてみると、放射線の人体への影響については明確にわかっていないことも多く、だから専門家の説明もはっきりしないものになってしまうのだ。

 今、私たちが欲しいのは大づかみな指針だ。荒っぽい議論になることは承知で、私たちが知っておくべきことをまとめてみたい。

1.放射線はどんなに少なくても何らかの作用を及ぼす。しかし、人体への悪影響が現れるのは、ある量を超えた放射線を浴びたときである。

2.「ある量」を見極めるために、広島、長崎の被曝者のデータが詳しく調べられてきた。しかし、一人ひとりが浴びた放射線量からして概算にならざるをえず、後年出てくる悪影響については20年後、30年後にがん発症が増えるという形で現れるので、ほかの原因(例えば喫煙)による発がんとの見分けができない。唯一、「被曝した人たちの集団」と「していない集団」のがん発症率を比べてみることが影響を知る手段である。

3.広島、長崎の調査では、約100ミリシーベルト以下では明らかな健康影響は認められなかった。長期的影響を調べるのに妥当と認められているモデル計算によると、30歳で100ミリシーベルトを浴びるとその後の40年間でがんのリスクが約5%増える。この場合の「5%増える」という意味は、浴びていないときのリスクが30%だとすると、31.5%になるということ。

4.妊婦が放射線を受けても、50ミリシーベルト以下なら妊娠への影響はない。普通に妊娠しても15%の流産のリスクがある。ほとんどの流産は、原因を一つに突き止められない。育つ力のある赤ちゃんだけが生まれてくると考えられる。胎児へのリスクが上がるとはっきりしているのは150ミリシーベルト。50~150ミリシーベルトはグレーゾーンとなる。

5.放射線防護の基本的な考え方は、「経済的、社会的に実行可能な範囲でできる限り低く」(As Low As Reasonably Achievable=頭文字をとってアララ原則と呼ばれる)である。経済的、社会的事情が変われば、守るべき上限も変わってこざるをえない。政府は、作業者の被曝上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトに急遽上げたが、100ミリにとどめることによる社会的な損失の方が大きいと判断したのだろう。

6.50ミリシーベルトであっても大勢が浴びれば、全体のがん死亡は少し増える。例えば、チェルノブイリの周辺住民で平均50ミリシーベルトを浴びた27万人は、原爆データ固形がんによる死亡が43500人(被曝なしの場合)から45000人に増えると予測されている。27万人に対する割合で見ると、16%から16.5%に増えることになる。白血病による死亡は、1000人から1100人へ、0.3%から0.34%に増えると予測されている。

7.集団のがん死亡の増加は、喫煙の方がはっきりしている。たばこは喫煙を始めてから20~30年かかって発症し、死にいたる。たばこによる日本での死亡者は年間11万4000人(2000年)と推計されている。全死亡者の12%だ。がん死亡に限っていうと、約3割がたばこが原因といわれる。チェルノブイリ周辺住民で増えると予測されているがん死亡は、たばこが原因のがん死亡と比べるとはるかに少ない。喫煙を「経済的、社会的に実行可能な範囲でできる限り減らす」努力は長年続き、喫煙者は減ってきているが、日本の成人男性の喫煙率は39%(2009年)と諸外国と比べるとまだ高い。

8.大気中の放射線量が各地で発表されている。放射性物質が大気中で放射線を出しても届く範囲には限りがあるし、家の中なら外からの放射線は遮られる。発表データの線量と実際に個人が浴びる線量は異なるが、大まかにどの程度まで放射線量が増えたら脱出したらよいかの指針を、スウェーデン国立スペース物理研究所の山内正敏さんがWEBで公表している。それによると、一般人は1000マイクロシーベルト毎時(1ミリシーベルトは1000マイクロシーベルト)になったら緊急脱出(赤信号)、100マイクロシーベルト毎時になったら脱出の準備を始める(黄信号)。妊娠初期(妊娠しているかどうかわからない人も含む)の人や子どもは300マイクロシーベルト毎時が赤、30マイクロシーベルトが黄。逆にいうと黄信号の1割以下、一般人で10マイクロシーベルト毎時、妊娠初期と子どもで3マイクロシーベルト毎時なら安心してよいことになる、というのが山内さんの見方だ。

9.今後、福島第1原発から放出される放射性物質がチリとともに雲状になって漂う事態も予想される。山内さんは、

・赤信号は、原発の近く(敷地内ではない)で50ミリ(マイクロではない)シーベルト毎時を超えたとき。風下100キロメートル以内(主に北西と南)は緊急に屋内に退避する。

・黄信号は、急上昇で判断する。5ミリシーベルト毎時以上の急上昇があったら、風下100キロメートル以内はなるべく屋内に退避する。

という目安を示している。

 

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筆者

高橋真理子

高橋真理子(たかはし・まりこ) 朝日新聞 科学コーディネーター

朝日新聞 科学コーディネーター。1979年朝日新聞入社、「科学朝日」編集部員や論説委員(科学技術、医療担当)、科学部次長、科学エディター(部長)などを務める。著書に『重力波 発見!』『最新 子宮頸がん予防――ワクチンと検診の正しい受け方』、共著書に『村山さん、宇宙はどこまでわかったんですか?』『独創技術たちの苦闘』『生かされなかった教訓-巨大地震が原発を襲った』など、訳書に『ノーベル賞を獲った男』(共訳)、『量子力学の基本原理 なぜ常識と相容れないのか』。

 

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