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【科学朝日】福島原発事故と原子力エネルギー(collaborate with 朝日ニュースター、4月14日放送)

朝日ニュースター

 朝日グループのジャーナリズムTV「朝日ニュースター」は、通信衛星などを利用して24時間放送しているテレビチャンネルで、ケーブルテレビ局やスカパー!などを通じて有料視聴することができます。4月から始まった新番組「科学朝日」は、高橋真理子・朝日新聞編集委員がレギュラー出演する科学トーク番組です。WEBRONZAでは、初回の番組内容を無料のスペシャル記事としてテキスト化してお届けします。

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4月14日放送「福島原発事故と原子力エネルギー】

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ゲスト:住田健二・大阪大学名誉教授

高橋:こんばんは。本日からスタートします科学トーク番組「科学朝日」、司会を務めます朝日新聞編集委員の高橋真理子です。

 「科学朝日」と聞いて懐かしいと思われた方、どのくらいいらっしゃいますでしょうか。朝日新聞社が1941年、昭和16年に創刊しました科学月刊雑誌が科学朝日です。創刊から55年たって、1996年に「サイアス」と名前を変えて部数増を目指しましたが、残念ながら2000年に休刊となりました。そして2011年、新たにテレビ番組として「科学朝日」が復活いたしました。

 この番組では、物理、IT、環境、医学といったことをテーマに、第一線の研究者の方をお招きし、お話を伺います。また、朝日新聞がネット上で展開する言説空間「WEBRONZA」と連動していくことも大きな特徴です。「WEBRONZA」では番組を文書化したものをごらんになれますので、どうぞご覧ください。

 インターネットの爆発的な普及とともに、メディア環境は激変しました。そうした新しい時代にあわせ、「科学朝日」が生まれ変わりました。科学に興味をお持ちの方はもちろん、科学を遠いものと感じていらっしゃる方にも楽しんでいただける番組を目指します。どうぞよろしくお願いいたします。

 さて、第1回のテーマは今、日本にとって、そして世界にとっても最大の関心事になっている「福島原発事故と原子力エネルギー」についてです。ゲストは、原子力安全委員会の委員を1993年から2000年まで務められた大阪大学名誉教授の住田健二さんです。住田さん、どうぞよろしくお願いいたします。

住田:こんばんは。よろしくお願いします。

高橋:まずは、記念すべき科学朝日の第1回に、ようこそお出でくださいました。

住田:私、子供のころに「科学朝日」というのは愛読をしておりまして、非常に懐かしい名前だなと。

高橋:まさに懐かしく感じていらっしゃるお一人で。

住田:はい。子供時代に、もう少し小さい小学生くらいですと、「子供の科学」という本がありまして、中学生くらいになると少し生意気になってきて「科学朝日」を読めるようになる。何となく偉くなったような気がしました。もっと大人になると「自然」という雑誌があったんです。ちょうど「科学朝日」くらいが中学生ですから、「科学朝日」っていうと、もう今日なんかもちょっと思ったんですけど、昔のあの表紙を思い出すんですね。ですからその第1回に呼んでいただけるというのは、私にとっては非常に光栄だと思います。

高橋:ありがとうございます。それでは今回のテーマ、「福島原発事故と原子力エネルギー」のお話に進みたいと思います。大震災から1カ月余りたちました。今、この原発事故を先生はどのように受け止められておられますか。

住田:第1回の話題としてめでたいことを話しさせていただけるのだと非常にうれしいのですけれどね、ある意味では私は関係者ですから、今のようなお話についてお話しするとしたら、まだ残念ながら十分に見通しがついてないと。

 ただ、関係者が一丸となって努力をしております。懸命な努力をしておりますけれども、まだやはりこうやってこうやってこういうふうになっていますというようなふうに、段取りよく何か見通しを、明るい展望でお話しできるというところまではまだちょっと行ってないと思うんです。

高橋:そうですか。今日はそのあたりを詳しく伺っていきたいと思います。CM、いったん入ります。

(CM)

高橋:「科学朝日」本日のゲストは長年、原子力研究に取り組んでこられた大阪大学名誉教授の住田健二さんです。改めましてよろしくお願いいたします。

住田:こちらこそ、よろしくお願いします。

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高橋:さて、まずは今回の事故のこれまでの経過を振り返ってみたいと思います。3月11日に地震が起きました。それですぐに停電になったわけですね。このときは、非常用電源が働いたはずなんですが、約1時間後に大津波が来て、それによって非常用電源も流されてしまったと。これで原子炉の中の冷却ができなくなって、「緊急事態発生」という連絡が政府に行ったわけですね。ここにあります1、2号機の緊急炉心冷却システムで注水不能、注水ができないということが確認されて、「原子力災害対策特別措置法」に基づいて緊急事態発生ということを東京電力から国に報告したということなんですが、この「原子力災害対策特別措置法」という法律は、先生が原子力安全委員会委員を務められていたときにできた比較的新しい法律なんですね。

住田:そうですね。はい。これは、そのときの経験をもとにして、やはり原子力関係の特別な対策が必要な災害が起こったときには、特別な措置を取ろうということで、一般にもちろん天然災害なんかに対しても、そういう国としての法律があるんですけれども、原子力だけの固有の問題について取り上げて処置ができるように、別扱いにしたというのが。

高橋:そのときの経験というのは、茨城県で起きたJCO事故ですね。

住田:まあ、それだけじゃないんですけれどもね。

高橋:それだけじゃないんですか。

住田:ではないんですけど、そのきっかけになったというのは、そういうことですね。

高橋:JCO臨界事故のときの一番の反省点というのは、この連絡がうまくいかなかったということだったということなんでしょうか。

住田:それもありますしね、やはりどういうんですかね、政府が前に出ていろんなことをやらなきゃいけないときに、その流れがですね、例えば災害の種類によっては県知事が中心になってやることも地方自治体が中心になることもありますけども、やはり原子力災害の場合は国が前へ出ていろいろやらなきゃいけないというような。その流れを見やすくしたというのが一番大きな特徴だと思うんですけれどもね。

高橋:この特別措置法によって、そういう流れが見やすくなったということなんですね。

住田:はい。

高橋:とりあえず今回の事故を時系列で追っていきたいと思います。3月11日のうちにまず第一原発から半径2キロ圏内の住民の方への避難の呼びかけがされました。同じ深夜に2キロじゃなくて3キロ圏内に拡大されまして、さらに3キロから10 キロ圏内の方は屋内退避するような要請が出ました。屋内退避というのは家の中にいてくださいということですね。

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 翌日になりますと、早朝ですね、もう10キロ圏内すべて避難してください、屋内退避ではなくて10キロから外に出てくださいという指示に変わりました。そうしていましたら、12日の午後3時半ごろでしたけれども、1号機の建屋で水素爆発が起きて屋根が吹き飛んだということですね。その後に、今度は避難区域が20キロ圏に拡大されます。その後も事態は好転しなくて、次々と大きな事故が起きていったわけですね。今度は14日に3号機が水素爆発して建物上部が、1号機のときよりもっとひどく壊れました。15日、また早朝に爆発音がしまして、4号機では使用済み核燃料のプールが原因と推定される火災も起きました。2号機では圧力抑制室と呼ばれる部分が壊れたんじゃないかと言われています。それで、今まで20キロ圏内が避難区域だったんですけれども、新たに20~30キロ圏内の方は屋内にいてくださいという指示がされました。それで17日になって自衛隊のヘリコプターが上空から水を撒くということがあり、その後、いろいろ水を入れるという作業が警視庁や東京消防庁などで行われたと。

 初期の流れはこういうことだったんですけれども、この流れを先生はどうご覧になっておりましたでしょうか。

住田:非常に残念なことが次々に起こっているという感じですね。こういう事故というのはスムーズであるはずがないんですけれども、一連の流れの中で次はこんなことが起こるだろう、この次はこうじゃないかというような、何となく予測ができるじゃないですか。ところが次々、予測できないようなことが、あるいは予測していなかったようなことが起こってきて、Aのことがあって、それがうまくいってればBにはならないはずだと思っているのがBがうまくいっていなくてCが起こるというような、そういう不可抗力ではないんですけれども、次々予想外のことが起こったという、そういう意味では私も多少、いろんな事故のことを勉強する機会はあったんですけれども、これぐらい続けて想定外という言葉を使うと大変叱られますので、予想しなかったことが次々と起こったという、そういう印象は持っていますね。

高橋:専門家の先生でも、もう予想外のことが次々起きたということですね。

住田:はい。

高橋:普通の方々にとっては原子力発電所というものがどういうものかというのは、あまりよく知らない、言わば得体の知らないものと受け止められておりますので、その分、ますます恐怖感というのは増すことがありますよね。

住田:はい。

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高橋:やっぱり知るということが対処の第一歩だと思いますので、ちょっと原子力発電所の仕組みを今日は先生に解説していただければと思います。

住田:ここに絵がありますので、それを使ってお話をさせていただきたいんですけれども、原子炉というのはよく言うことなんですけれども、核燃料と呼ばれている核分裂をする材料、それに中性子を持ち込んでやって、それに核分裂を起こさせて、それが連鎖反応を起こして、そのときに出るエネルギーを使うわけです。原子炉というのは、そういう核燃料というのが入っていると。それから、核分裂をするのを制御するために制御棒というのがありまして、これは中性子を吸収する材料、ボロンが使われていることが多いのですけれども、そういうものを出し入れしてやって、出力を調整したり、あるいは連鎖反応をやめさせてしまうということです。

 それから、それを動かす、こういう駆動装置と書いてありますけれども、これはちょっと覚えておいていただきたいと思うのですが、今度事故を起こしたのがなぜ沸騰水型炉かというのは後で申し上げますけれども、その場合には制御棒を下のほうから入れているのです。もう一つのタイプのやつは加圧水型炉というのがあるのですが、これは上のほうから入れるのですけれども、この場合は下から入っているというのが1つの特徴だと思います。沸騰水型炉という名前が出ましたから申し上げるべきなのですけれども、その前に申し上げておきたいのは、燃料が入っていたらそれで連鎖反応が続くかというと、そうはいかないので、核分裂のときに出た中性子をぶつけて速度を遅くしてやって、分裂しやすいような状態になるようにして、次の核燃料にぶつけてやる。そういうのは減速材というのですけれども、その役割をするのは一応ありふれた材料ですが、水をよく使うと。

高橋:これは、普通の水でよろしいんですね。

住田:ええ。この場合は、普通の水です。原子力をやっている人間は、軽水という言葉を使いますけれども、重水というのがあるんですが、それは元素記号で言うとDという重さが2倍の特殊な水素でできた水ですけれども、この場合はそうじゃありません。今度事故を起こしたのもそうですし、日本で使われているのはほとんど軽水の普通の水です。もちろん、原子炉の中で使うのですからフィルターを通して非常に純粋ないい状態にしていますけれども、普通の水を使っています。その水が、この燃料の中に入っていて、ここで発生した核分裂によって熱発生をしますから、それを外へ持ち出すという役割をしているわけですね。

高橋:熱を外に持ち出すんですね。

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住田:はい。その熱を持ち出すときに、ここにありますもう一つのタイプのやつは、2台ある構造なんですけれども、水の温度が上がったままで、これは 100度で沸騰するというのは我々が知っている式ですけれども、100度で沸騰するというのは普通の状態なんです。沸騰させないように、うんと気圧を上げておいて200度とか300度まで、そうすると沸騰しませんから、それを外へ引っ張り出して熱を取り出すというやり方が1つあるんですね。

 ところがそうではなくて、この沸騰水炉のところは、この原子炉の中で沸騰させてしまうんです。水蒸気にかえまして、その水蒸気を外へ引っ張り出して、タービンを回すという、それで沸騰水炉という名前、英語でBoiling Water Reactorですから、BWRというふうに書いてあります。

 それがどうなっているかと言いますと、さっき言いましたようにここに燃料があって制御棒があって、この部分を普通炉心部というのですが、それをこの中で沸騰させるのですけれども、その部分が一番大事なところですから、炉心部のところを中心にして、これは圧力容器という言葉が書いてありますけれども、これはやっぱりかなり気圧が高くなっているのですが、そういう圧力のかかっている入れ物、圧力容器ですね。その中で水を回して沸騰させるものですから、再循環ポンプというポンプがあって、これがうまく回ってくれないとなかなかうまく冷却しません。今、事故を起こしていますからこの再循環ポンプは止まってしまっているので、いろいろ問題があるわけですけれども。

 うまくいって水蒸気ができた、蒸気が飛んでいって、高温高圧の蒸気が飛んでいってタービンを回して発電機を回して電気に変わると。それから、水蒸気のほうは復水器というので、これは普通、海の水を使うのですけれども、外から水で冷やしてやって蒸気を水の状態にして給水ポンプでまた送り込んでやると、そういうことをやっているわけですね。

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