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 環境問題などとの関係でにわかにクローズアップされた言葉に「生物多様性」というものがある。生物多様性とは、ごく大雑把に、そして平たく言ってしまえば、「いろんな生き物がいるのね、この地球には」ということである。となると、「せっかくいろんな生き物がいるんだから、守らなくっちゃ」ということになっていく。

 だが、生物多様性という考え方は、じつはそう簡単ではない。生物多様性を守る理由が、「せっかく多様にできてるんだから」というだけでは困る。いったい「なぜ」、私たちは生物多様性を守る必要があるのか、そこのところを科学的にきちんと理解しておかなければ、いくら「エコ」を声高に宣伝しても、何の説得力もないというのは「ものの道理」というものであろう。

 一万種類ある計一万冊の本で囲まれた読書生活と、同じ本が百部ずつある百種類、計一万冊の本で囲まれた読書生活の、一体どちらがいいかを問われれば、多くの人が前者を選ぶだろう。状況は、それによく似ている。本には歴史があり、お互いに密接につながった人間の知識が刻みこまれている。生物多様性にもまた、その成り立ちに刻みこまれた歴史があり、密接につながった生物同士の営みが、現在の生態系を作り上げているからだ。

 生物多様性を守るということに意味を見出すためには、生物多様性にどのような価値が存在するかをきちんと理解しておく必要がある。すなわち、生物多様性には以下の2種類の価値がある。一つは、生物多様性そのものに存在する大きな自然的価値であり、いま一つは、生物多様性が私たち人間にどう役立つかの指標となる、言わば社会的価値である。

●第一の自然的価値

 DNAという物質については、すでに「遺伝子」との関係で多くの人がその存在を知っている。つまり、「遺伝子の本体」というわけである。なぜDNAが、遺伝子の本体としての役割を担えるのかと言うと、DNAは複製することができるからだ。複製してできた二つの「同じ」DNAが、細胞が分裂した後の二個の細胞に、それぞれ受け渡されていくわけである。

 DNAは複製する時に、ごくわずかだが変化を起こす。主に複製エラーに起因する変化だ。それが修復されずに固定されてしまうと、いわゆる「突然変異」ということに相成る。その変化は本当に「わずか」なので、こうした突然変異が生殖を司る細胞に生じて、ホモ・サピエンスという種が別の種へと種分化を起こすほどの変化をもたらすためには、極めて長い年月がかかる。

 DNAに生じる種々の突然変異は、たとえ一つ一つはわずかな確率であっても、百万年から億年という単位の時間が経てば、生物の進化をもたらすには十分すぎるものとなる。その結果としての生物多様性が、今私たちが生きるこの地球上には存在することとなった。

 複製という生命の原理原則がもたらしたものこそ、生物多様性なのである。生物多様性というのは、生物の「種」の多様性ということもさることながら、生物の持つ「遺伝子」の多様性、遺伝的多様性ということでもあるのだ。DNAは極めて安定で、その複製の様式も極めて正確なものだが、もし完全に正確であったのであれば、生物はこれほどまでに多様な存在にはなっていなかっただろう。

 DNAを複製する酵素が時々、ほんとうに時々、数えるほどの複製エラーを起こす。降り注ぐ紫外線や放射線などがDNAに傷をつけ、その傷ついたDNAを複製する際、不可避な突然変異が生じる。安定であるはずのDNAに、こうしたわずかな変化が少しずつ刻みこまれていく。

 その変化の、正確さに対する絶妙なバランスが、生物を絶滅させる方向ではなく、むしろ多様化させる方向へと、見事に舵を切ってきたわけである。何十億年にもわたって積み上げてきた、このかけがえのない状況に価値を見出さずして、一体、何を価値あるものと見なすことができるだろうか。

●第二の社会的価値

 おそらく多くの人々にとってはあまり馴染みのない言葉だろうが、「生態系サービス」という言葉がある。生態系サービスとは、その名の通り、私たち人間が自然の生態系から受けている様々な「サービス」のことである。自然の営みをお金ではかることには賛成しかねるが、このサービスは、年間で33兆ドルもの価値を生み出しているといった試算もある。

 生態系サービスのうち最も基礎的なものが「基盤サービス」と呼ばれるもので、土壌の形成、光合成による酸素の生成、栄養や水の循環がこれに含まれる。すなわち私たちが地球上で生活するにあたって必要最低限の物質的基盤を、基盤サービスが提供してくれているわけだ。この基盤サービスの上に、人間生活に重要な資源(食料、水、木材、石油など)を供給する供給サービス、森林による二酸化炭素の吸収や水の浄化などの調整サービス、そして精神的な安定、レクリエーションなどをもたらす文化的サービスが成り立っている。

 言うまでもないことながら、こうしたサービスを私たち人間にもたらしてくれる生態系は、生物多様性があって初めて成り立つものだ。生物と生物はお互いに相互作用しながら生態系の一員として存在するのであって、どの生物種が絶滅しても、その影響は少なからず、生態系全体へと及ぶ可能性がある。まして、近年の生物の絶滅スピードは、化石記録がもたらす昔の絶滅スピードと比べ、少なく見積もっても100倍速いとされている。

 生物の急速な絶滅による生物多様性の減少は、生態系サービスの質の低下をもたらし、私たちの生活にも暗い影を投げかけるのだ。自分たちの生活のみを考え、生物多様性の自然的な第一の価値など「知らぬ存ぜぬ」を通す人間たちも、この第二の価値には注目せざるを得まい。生物多様性は、悠久の時を経た生物進化の帰結である。そして、現在の生態系と、私たちがそこから受けている様々なサービスもまた、悠久の時を経た生物進化の賜物である。

 まずはそうした認識を持つことが、生物多様性を守っていくために重要なことであろう。

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筆者

武村政春

武村政春(たけむら・まさはる) 東京理科大学准教授(生物教育学・分子生物学)

東京理科大学大学院科学教育研究科准教授。1969年三重県生まれ。1998年名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了。博士(医学)。名古屋大、三重大の助手等を経て現職。専門は生物教育学、分子生物学、細胞進化学。著書に「レプリカ~文化と進化の複製博物館」(工作舎)など多数。【2015年10月WEBRONZA退任】

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