メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

 福島第一原子力発電所の事故で、エネルギー供給源を自然エネルギーに頼ろうとする機運が盛り上がっている。太陽光、風力、地熱、潮力、バイオマスなどを使って再生可能エネルギーを得ようというものだ。菅総理はG8サミットの舞台で、2020年以前のできるだけ早い時期までに自然エネルギー由来の電力の割合を20%にすると宣言した。現行のエネルギー基本計画では、2030年までに自然エネルギーの比率を20%としているため、10年以上前倒しにするというものである。

この提案が実現すれば、環境破壊や地球温暖化の心配をする必要がなくなるため、明るい未来が期待できそうである。しかし、実現可能性を巡って賛否両論があり、賛成の人々は技術革新に大きな期待をしているように見受けられる。

 まず、エネルギーの質に注目しなくてはいけない。

質とは取り出されるエネルギー量を得るために投入されるエネルギー量で割った数値つまり、エネルギー収支比(EPR)で表される。高い値ほどエネルギーの質がよいといえるし、経済合理性から先に採掘される。石油は液体であるため取り出しやすく、エネルギー密度の高いエネルギー源である。つまり、石油のEPRは高い。石油はまたプラスチックなどの化合物の原料にもなる貴重な原料でもある。

 米国では石油のEPRはかつて100くらいだったが、近年10~20まで漸減してきているといわれている。取り出しやすく、安くて質のいい石油から先に採掘しているためEPRは下がってくる。

 人類は採掘可能な石油の半分を採掘したといわれているが、残されたものは質の悪い石油である。EPR値が1以下の石油は掘り出しても意味がないから、人類に残された石油は実際には半分も残されていない。ただし、技術革新で投入エネルギーを小さくすることが可能だが、やはり限界がある。技術ではエネルギーを作り出すことはできないのだ。

石炭は石油より埋蔵量が多いが、固体なので扱いにくく、硫黄などの不純物を含むので燃やせば有害にもなる。

 古代には目の前にある森林が伐採されて、エネルギー源として使われた。石炭や石油が発見されると、人類はそれらの採掘に向かった。EPRの高い質のよいエネルギーは近代科学技術文明を支えてきたといえる。

 国際エネルギー機関(IEA)は昨年11月、石油の生産ピークは2006年だった可能性が高いと認めた。多少景気や政治的理由に左右されるかもしれないが、今後石油生産は減少していく。それも質のいいものが先に使われるので、生産される石油は質と量の両面から悪化していく。当然、エネルギーコストは上がる。石油に代わるものとして天然ガスやオイルシェールに期待が集まっているが、EPRは比較的低いものだ。

石油以外の石炭やウランの生産ピークは少し遅れる。それらを合わせたエネルギー源の生産ピークは専門家の意見は分かれるが、2020年頃ともいわれている。それ以降、我々はエネルギー減耗に向き合っていかなければならない。

 二番目の議論はエントロピーの法則だ。形あるものは崩壊していく。砂山は時間とともに壊れて平坦になっていく。砂糖を水に溶かすことは容易だが、その逆は至難だ。覆水は盆に返らない。これは無常感などではなく、自然の原理である。自然は起こりやすい方向に向かうのである。宇宙全体のエントロピーはつねに増大していく。

 エントロピー法則に逆らうことはできなくはないが、自然に逆らうとエネルギーが必要になる。砂糖水から砂糖を取り出そうとすると、エネルギーがいるのは当然だ。

 石油はエネルギーの塊だから使い勝手がよい。地球に降り注ぐ太陽光は莫大であるが、単位面積当たりのエネルギーは意外と少ないため、蓄電池を積んでいないソーラーカーを実用化するのは至難の技である。

太陽光発電で得られるエネルギーと太陽光パネルなどの製造に必要となるエネルギー収支を比較して、前者が大きくなければ意味がない。太陽光発電は得られるエネルギーが期待されるような大きなプラスにならない可能性が高い。太陽光発電が石油に比べて市場に出回りにくいのはこういう理由からだ。技術革新がどこまで起こるか分からないが、エントロピーの壁が立ちはだかり、エネルギーのコスト高は人類に降りかかる。

 人類の歴史はエネルギー源の獲得の歴史でもある。森林、水力、石炭、石油、ウラン、自然エネルギーと変遷してきた。しかし、もっとも便利で安価な石油は消耗が始まっている。石油の次は自然エネルギーが主役とは簡単にいえないのである。

 エントロピーの法則を乗り越えることはできない。エネルギーは使えばなくなるのだ。化石燃料が減耗するにつれて、質の悪いエネルギーをうまく使っていくしかなくなる。来るべきエネルギーが豊富でない社会は政治や経済のあり方を大きく変貌させるにちがいない。

 石油漬けの食料生産も許されなくなるであろう。分散社会、地産地消社会が我々を待ち受けている。原子力発電所は低エネルギー社会の到来を遅くしたり、緩和したりする役割を果たすことはできるが、今回の事故は一層厳しいエネルギー需要を我々に強いることになった。逆転の発想をすれば、いずれ訪れるエネルギーの少ない社会への準備を人類に促しているともいえよう。

 少なくなる化石燃料と自然エネルギーによる低エネルギー社会に備える必要がある。石油文明の黄金時代は過ぎ去ったと悟り、浪費の削減に着手しなければならない。(本稿で示されている見解は、筆者個人のものであり、筆者が所属する組織のものではない)

・・・ログインして読む

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

寺岡伸章

寺岡伸章(てらおか・のぶあき) 寺岡伸章(日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席)

【退任】日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席。熊本県生まれ。東工大修士課程修了。旧科学技術庁・基礎研究推進企画官、タイ国家科学技術開発庁長官顧問、国立極地研究所事業部長などを経たあと、06年6月~10年9月まで理化学研究所中国事務所準備室長(北京)を務めた。中国の科学技術事情に詳しい。小説、エッセーの執筆も。※2012年3月末退任

寺岡伸章の記事

もっと見る