吉田文和
2011年07月12日
福島第1原子力発電所の事故以降、全国の原発54基全てが停止する可能性が浮かび上がってきた。問題は、その場合の電力供給体制とコストである。
日本エネルギー経済研究所は、全国の原発54基が全て停止した場合、代替燃料である石油や天然ガス(LNG)などの調達額が2012年度には約3兆5000億円増えると試算している。標準的な家庭の電気料金は18%上昇する。月額で約1000円の負担増になるという(日本エネルギー経済研究所「原子力発電の再稼働の有無に関する2012年度までの電力需給分析」2011年6月24日)。
また、日本経済研究センターは、2011年夏以降、42基以上の原発が停止した場合、火力代替で、1兆5000億円の輸入増加となるとしているが、原発は40年の寿命とし、原発新設がない場合、2020年には半減するとも指摘している(日本経済研究センター会報、2011年6月)。
これらの推定計算は、原発が停止した場合の、火力発電による原発代替コストを単純に計算して、負担増加を示し、間接的に原発再稼働の必要性を強調している。しかし、もともとなぜ、このような事態にたちいたったかと問えば、地震多発地帯に多数の原発立地をすすめてきた結果であり、残りの原発の再稼働を急ぎ、同じような事態に陥れば、それこそ「日本壊滅」の危険を孕んでいるといわなければならない。
そこで、改めて問われるのは、原発の真のコストとは何かであり、3月11日以降の日本の事態に則して考え直す必要がある。
【原発のコストの範囲】
「原発は安い」「原発は安全」「温暖化対策の切り札」が、これまでの原発推進の理由であった。「原発は安全」という神話が崩れ去ったいま、もう1つの「原発は安い」という理由も、今回の原発災害で予想される数十兆円に上る被害コストを考慮すれば、すでに成り立たない根拠である。しかし、そもそも事故コストを入れない場合でも、「原発は安く」ないことが、これまで研究で明らかにされている。それは、室田武『原子力の経済学』(日本評論社、1988年)を先駆として、大島堅一『再生可能エネルギーの政治経済学』(東洋経済新報社、2010年)に集約されている。
大島によれば、原発に関わる費用は、(1)発電に直接に要する費用、)(2)バックエンド費用(再処理、廃炉、放射性廃棄物)、(3)国家からの投入費用(開発費用、立地費用)、(4)事故に伴う被害と被害補償費用、の4種類がある。そこで、9電力の有価証券報告書に記載されたデータをもとに、1970年から2007年間の(1)から(3)までを計算すると、1kWh当たり原子力は10.68円、火力9.90円、水力7.26円、一般水力3.98円、揚水53.14円、原子力+揚水12.23円となり、原子力は決して安くないことが明らかとなっている。しかも、(2)バックエンド費用は、不十分にしか算入されていない。
【原発の社会的コスト】
今回発生した、福島第一原発の原発災害は、人類史上経験したことのない、多重災害であり、貨幣評価可能部分と不可能部分がある。以下のように従来の公害被害との共通面と違いがあり、また将来コストの発生が予想され、不確実性も高いという特質がある。経済学的には原発災害による社会的費用(「原発の社会的費用」)の計測問題である。
・「見えない汚染」、「直接の死者がいない」
・健康被害(放射能汚染、住民と作業者、社会的ストレス)
・事業所、農業、漁業の休止による所得損失
・放射能汚染による土壌汚染、作付停止、海洋汚染被害
・避難にともなう支出、機会損失
・風評被害(農作物、海産物、土地資産、観光)
・税収低下(発電所の停止、事業所の閉鎖、個人の避難)
・教育機関への入学者減少、教育機会の損失
(清水修二「原発になお地域の未来を託せるか」自治体研究所、2011年参照)
以上のような多岐にわたる原発震災被害の特徴を実証的・理論的に明らかにする作業を通じて、被害者救済に寄与する制度・政策の提言を行うと同時に、原発の社会的費用研究を深化させる意義がある。
吉岡斉によれば、かりに経済的損失を50兆円とすれば、今まで40年あまりにわたる原子力発電量は約7兆5000億kWhなので、kWh当たり約6.7円のコスト増となり、通産省の発電原価試算(kWh当たり5.9円、1999年発表)の約2倍以上になる(「福島原発震災の政策的意味」『現代思想』2011年5月号、86頁)。
こうして、事故コストを入れなくとも高い原子力発電が、事故コストを算入すれば、最も高いコストであることは、一層明らかである。このように原発をベースロードとする日本の電力政策は、経済的にも成り立たないにもかかわらず、原発を再稼働しようとするのは、作ってしまった原発を運転できれば、その限りでは、火力に代替するよりも、燃料代が安い分だけ電力会社の(1)発電原価が安くつくためであるが、(2)バックエンド費用、(3)国家からの投入費用、(4)被害のコストが算入されていないことが問題である。地震活動が活発化している日本列島で、原発の再稼働を急いで再び原発震災を起こすようなことがあれば、膨大な(4)被害コストによって、日本自身が再起不能状態になり破綻することは確実である。
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