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 フクシマ原発事故後、菅政権は原発依存から自然再生エネルギーに傾斜し、エネルギー供給の大転換をしようとしている。原発は大事故を起こしてしまったのだから、事故そのものの解明だけでなく、推進や規制の体制を含めたあらゆる観点から徹底した原因解明を行い、国民の生命と財産を守るために二度と事故を起こさないようにするのは当然である。

 フクシマ原発事故は地域コミュニティー破壊の危機を招いたが、放射線の恐怖を心配する人々は依然多い。だが、それを理由に脱原発を訴えるのは早急し過ぎるように思える。エネルギー供給という国家の基盤にかかわる問題であるだけに、拙速を避け慎重な議論を行うべきだと思う。

 化石燃料の供給は今後減少していく。石油生産は2006年をピークとして減少傾向にあり、早晩石炭や天然ガスの生産もピークを越えて減少へと向かう。今回の原発事故の発生にかかわらず、石油をはじめとする化石燃料による文明崩壊の危機に我々が直面していることには変わりはない。

 ドイツ、スイス、イタリアは脱原発の方向性を打ち出したが、他の米国、フランスなどのほとんどの先進国、中国などの新興国やベトナム、トルコなどの開発途上国は依然として重要なエネルギー源としての原子力開発を維持しようとしている。世界全体から見ると、脱原発を指向している国はむしろ少数であると認識すべきである。

 中国は海外から導入した原発技術を消化・改良して海外に輸出し、市場拡大を通じて海外の原子力エネルギーの覇権を虎視眈々と狙っているようにも見受けられる。

 思いい起こせば、原爆投下と敗戦を経験した日本は戦後、原子力の平和利用を進めようと決意した。未来博覧会として国民が熱狂した大阪万国博覧会の会場には原発から電気が送電され、原子力に未来の夢を託した人々は多かった。

 ウラン1グラムは石油2,000リットル、石炭3トンに相当するエネルギーを発生させるだけでなく、使用済燃料からプルトニウムを高速増殖炉で燃やせば、さらにエネルギーを得られるという事実は事故後も変わりはない。

 より小型で安全な軽水炉を開発するという発想もあり得る。将来、巨大な電力会社に運用を任せるのではなく、地方自治体や地域コミュニティーが主体となって小型原子炉を運転管理することも考えられる。来るべきエネルギーの地産地消の時代にマッチするのではなかろうか。

 菅政権はそもそもなぜ脱原発を目指すのだろうか。

・フクシマ大事故を起こし安全性が疑問視されている。

・「トイレなきマンション」と揶揄されるように放射性廃棄物の処分の見通しがない。

・ウランを燃やすとプルトニウムを生成し、核兵器に悪用される悪魔の技術だ。

 などが主な理由だろう。それではこれらを克服する原子力技術を開発すればいいではないか。

 ウランより少し軽いトリウムを熔融塩炉で燃やせばいいのだ。高温で高圧の水を扱う軽水炉と異なり、トリウム熔融塩は数気圧程度だから安全性は増す。放射性廃棄物やプルトニウムの発生量は極端に少なくなる。軽水炉のように燃料棒を毎年のように取り替える必要がないから、運転管理が容易で経済的だ。

 米国で原子力の平和利用が開始されたころ、軽水炉か、それともトリウム熔融塩炉を選択すべきかという論争が行われている。メーカーは毎年核燃料を交換できる軽水炉を強く推した。その作業のために儲けることができるからだ。軽水炉が選ばれたのにはもう一つ大きな理由がある。それは当時は冷戦時代であったため、生成物のプルトニウムを核兵器の原料として使用することができるからだったとされている。

 しかし、大きな岐路に立つ今がチャンスである。脱原発の理由が以上のものであれば、トリウム炉はそれらを克服する優れた技術であるのだ。幸いなことに、トリウムはウランの数倍の埋蔵量があると言われている。しかも、トリウムはレアアースと同じ鉱床から発掘されるので便利である。

 中国、インド、ロシアなどはすでにトリウム炉の開発を行っているし、世界のトリウム鉱床を買い漁っている資本家もいる。技術的観点に立って脱原発を脱軽水炉にすることも可能かもしれない。

 原発推進のネックと指摘されてきた核廃棄物処分にも科学的な解決方法が考えられている。まず、高レベル放射性廃棄物には核反応で作り出されたプラチナ、金、レアアースなどの有用物質が多量に含まれているので、これらを分離・獲得することは小資源国の日本には大きな恩恵をもたらす。

 高レベル放射性廃棄物に含まれる寿命の長い核種を分離し、加速器駆動システムで中性子を照射し核変換させることにより、電力を得るだけでなく、寿命の短い核種に変換させるアイデアもある。実現に向けた研究開発に期待したい。

 また、ウランの核分裂で得られた熱をヘリウムガスに伝えて利用するという高温ガス炉は、熱温水供給や発電にも重要な役割を果たすと期待されている。原子力技術のエネルギー利用の可能性は多岐にわたっているのである。

 太陽で起こっている核融合を地上で行うことができれば膨大なエネルギーを入手することが可能になる。核融合実現への科学者の挑戦は続いているが、研究開発の手を緩めるべきではない。

 なお、放射線は医療技術やがん治療、半導体製造などで広く利用されており、放射線利用の市場は原発の規模に匹敵するほどに成長してきている。言うまでもなく、原子力研究がもたらしてくれた恩恵である。

 我々は化石燃料の減耗時代に入っている。無駄使いを削減する努力は当然行わなければならない。自然再生エネルギーの開発に科学者や技術者のイノベーションが期待されているが、事故を起こしたことを理由に原子力開発を放棄するという選択肢は危うい。

原子力専門家は反省すべき点は多いが、ウランは宇宙創成時に作られ運よく地球上に存在する神から人類への贈り物だ。ウランの利用を諦めるのは科学技術文明に背を向けることにつながるのではなかろうか。

 エネルギー問題は人類の生存を左右する。若くて優秀な頭脳が、世間の評判に左右されることなく、原子核物理学などの最先端科学の世界に飛び込んで来ることを期待する。(本稿で示されている見解は、筆者個人のものであり、筆者が所属する組織のものではない)

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筆者

寺岡伸章

寺岡伸章(てらおか・のぶあき) 寺岡伸章(日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席)

【退任】日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席。熊本県生まれ。東工大修士課程修了。旧科学技術庁・基礎研究推進企画官、タイ国家科学技術開発庁長官顧問、国立極地研究所事業部長などを経たあと、06年6月~10年9月まで理化学研究所中国事務所準備室長(北京)を務めた。中国の科学技術事情に詳しい。小説、エッセーの執筆も。※2012年3月末退任

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