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【科学朝日】想像するちから-チンパンジーが教えてくれた人間の心(collaborate with 朝日ニュースター、8月11日放送)

朝日ニュースター

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 朝日グループのジャーナリズムTV「朝日ニュースター」は、通信衛星などを利用して24時間放送しているテレビチャンネルで、ケーブルテレビ局やスカパー!などを通じて有料視聴することができます。4月から始まった新番組「科学朝日」は、高橋真理子・朝日新聞編集委員がレギュラー出演する科学トーク番組です。WEBRONZAでは、番組内容をスペシャル記事としてテキスト化してお届けします。

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ゲスト 京都大学霊長類研究所所長 松沢哲郎さん

高橋:こんばんは、科学の最先端にひたる『科学朝日』。案内役の高橋真理子です。 今回は、皆さんよくご存知の天才チンパンジー、アイちゃんの育ての親をお迎えして、チンパンジーが教えてくれた人間のこころについてたっぷりとお話しを伺っていきたいと思います。この本、「想像するちから チンパンジーが教えてくれた人間のこころ」が2011年度の科学ジャーナリスト賞を受賞しました。本日のゲストはこの著者、京都大学霊長類研究所所長の松沢哲郎さんです。こんばんは。宜しくお願いします。

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松沢:こんばんは。宜しくお願いいたします。

高橋:まずは、今回の受賞おめでとうございます。

松沢:ありがとうございます。

高橋:これ、あとがきにですね「遺書のつもりで書いた」というふうにあってですね、ちょっとびっくりしたのですけれども、どういうお気持ちだったんですか?

松沢:えー、本当に大げさな物言いで恥ずかしい限りなんですけれども、個人的に言うと今ちょうど60歳、還暦ですよね。そういうのを迎える時期に、やっぱりたくさんの方のご支援があって出来ている研究ですので、研究論文を書く、英語の著書にまとめるではなくて、一般の方々に伝わるかたちの媒体で、書籍で、今までの研究をまとめて報告したい。いつまでも人間ね、生きていると限るわけじゃないですから、そういう意味で、もう今しかない、私がやってきた研究はこういう研究なんですっていうことをまとめて遺書にしたいと、そういう思いで書き上げました。

高橋:はい。それではCMを挟んで松沢さんに詳しく伺います。一旦コマーシャルです。

〈CM〉

高橋:『科学朝日』本日のゲストはこの方、京都大学霊長類研究所所長の松沢哲郎さんです。改めまして宜しくお願いします。

松沢:こちらこそ、宜しくお願いします。

高橋:この『想像するちから チンパンジーが教えてくれた人間のこころ』にはですね、松沢さん独自のお考えが随所に散りばめられていて、私自身、非常に面白く読ませていただきました。今日は、この本の内容を軸に順にお話しを伺っていきたいんですが、まず、チンパンジーはヒトであるというのが、松沢さんの年来のご主張で、この本の中でも1人2人とチンパンジーを数えていますし、オスメスとは言わずに女性、男性というふうに呼んでらっしゃいますね。これ、初めて聞かれた方は、大抵怪訝な顔をされるんじゃないかと思うんですけれども、それをあえて常にヒトと呼んでいらっしゃるその理由と言いましょうか、何かございますか?

松沢:はい。二つあります。一つは、生物学的な分類で、一般の方は、ヒト科、ヒト属、ヒト、ということで人間という特別な動物がいると思いがちなんですけれども、そういった生物学の分類上も今ヒト科は4属です。ヒト科ヒト属、ヒト科チンパンジー属、ヒト科ゴリラ属、ヒト科オランウータン属、いわゆる大型類人猿と総称される彼等は、今、生物分類学上ヒト科なんですよ。まあ、あとでちょっとご説明したいゲノムの研究が盛んになってですね、ヒト科でくくられています。

もう一つ生物学上そうなだけではなくて、第二の理由が、社会のこの制度の上で法律ってありますよね。動物愛護法とか種の保存法という法律があるんですが、そういう法律にはこういう動物は絶滅の危機にひんしていますから大事にしましょうと、付表っていうリストがあってそこに動物名が書いているわけですが、その種の保存法にちゃんとヒト科チンパンジー属って書いてあります。

高橋:ああ、日本の法律に…。

松沢:そうです。だから世間の皆さんの常識が社会制度や学問に追い付いていないだけであって、ヒト科は4属なんですよ。

高橋:そうなんですね。

松沢:ええ、生物学上もそうですし、法律上もそうで。

高橋:法律上もそうであったとは、知りませんでしたね(笑い)。

松沢:ですから是非、ヒト科チンパンジー属と考えると一頭、二頭と言うよりは、1人、2人と数える方が適切だし、ヒト科チンパンジー属ならばオスメスと言うよりは、男性、女性と言った方が適切だし、まあ実際今日お話しするチンパンジーというもののこころの世界をご理解いただければ、ああ、やっぱりこれは進化の隣人だなと思っていただけるんじゃないでしょうか。

高橋:そうすると、ヒト科の4属は全部1人、2人って数えるんですか?

松沢:そうですね。

高橋:オランウータンもゴリラも。

松沢:ええ。つい勇み足でニホンザルも1人、2人って最近言っちゃうんですけど(笑い)。

高橋:(笑い)あれはやっぱりちょっと種類が違うんですね。

松沢:ちょっと違いますね。あれは、猿ですね。モンキーという尻尾がある生き物で、皆さんこれもあまり意識しないと思うんですけれど、チンパンジー、ゴリラ、オランウータンって尻尾無いですよ。

高橋:ああ、そうですね。

松沢:英語で言うと、エイプ(APE)。

高橋:はい。エイプとモンキーの違い。

松沢:エイプとモンキーの違いですね。尻尾があるか尻尾がないか、で我々尻尾ないじゃないですか。

高橋:はい、そうですね。

松沢:ですから神様の目から見れば、あるいは生物としてみればモンキーじゃないですよね、尻尾ないですから、我々エイプですよ。4種類いるエイプの一つ、それが人間です。人間とは何か?4種類のエイプのうちの一つです。

高橋:それが一つの答えなんですね。今ちょっとお話に出たゲノムの面からみても人とチンパンジーは、非常に近いというようなことが分かってきたということですね。

松沢:21世紀を生きる我々が20世紀までの人とどこが違うかっていうと、ゲノム的な世界観を持てるっていうことだと思うんですね。21世紀の初頭になって多くの方ご存知だと思いますけど、ヒトゲノム計画ということで、30億の塩基対が読まれたわけですけれども、あまり一般に意識されないんですけど、2005年にチンパンジーゲノムも読まれました。そうすると今はっきりと人とチンパンジーは、塩基の配列でどれぐらい違うかが分かっていて1.23%違います。

高橋:それしか違わない。

松沢:うん。逆に言うと98.77%、98.8%まで人とチンパンジーは同じ。

高橋:ああ。でもそういうのを聞くととっても不思議なんですけれども、人間同士の違いも遺伝子の違いに起因するんですよね。その人間同士の違いっていうのは、どの程度なんですか?

松沢:0.1%ぐらいでしょうね。

高橋:ああ、そうなんですか。

松沢:もちろん人間も1人1人のゲノムが違うんですけれども、せいぜい0.1%。

高橋:0.1%で、チンパンジーとの違いは1.2%。

松沢:ですから、まあ違うっていえば違いますよね、10倍違う。

高橋:10倍違う、けれども。

松沢:だって30億の塩基対ですから、10%で3億、1%で3千万。だから実はATGCの並びだけでいって、3千万ぐらいは違うわけですから十分違っていると言えば違っているんです。でも、逆に言えば、たかだか1.2%の違いですから、人間は98.8%チンパンジーだといってもいいですし、チンパンジーは98.8%人間だとも言えるでしょうね。そのわずか1.2%の違いでどうして我々は違っているのか、逆に98.8%の相同性で我々はどういう部分でよく似ているのか?そういったことをゲノムでも体でもなく、こころについて研究しているっていうのが私たちの学問だと思います。

高橋:こころってやっぱり誰もが関心があってですね、ゲノムの違いって言われてもピンとこないけれども、こころがどう違うのかっていうようなところだと、非常に興味関心を持ちますよね。松沢先生というと京都大学霊長類研究所、犬山にある実験施設でチンパンジーに対していろんな実験をされたということが一番有名なんですけれども、このご本では、まず現地の観察のことからお話しなさっていますね。

松沢:そうですね。まず大切なことは、チンパンジーは絶滅危惧種(ぜつめつきぐしゅ)でチンパンジーはアフリカに住んでいて、本来の彼等の暮らしがどういうものなのか、それをやっぱり一般の人々によく知っていただきたいと思いますし、私自身ももちろん研究室で“アイ”というチンパンジーと一緒に研究を始めたんですが、今から25年前からは毎年1回アフリカへ行って野生のチンパンジーの暮らしを見ています。そういう意味でいえばフィールドワーカーですから、そのフィールドで見た野生チンパンジーの暮らし、彼等は本来こういう生き物ですよっていうことをお伝えしたいと思いました。

高橋:先生ご自身が毎年行かれているんですか?

松沢:そうですね、はい。12月、1月簡単に言うとお正月いないんですよ、日本に。

高橋:はあ。普通は大学の教授になられると、ご自分は研究室にいて、若い大学院生の方を次々に送り出すみたいなイメージもあるんですけども、そうはされなかったんですね。

松沢:はい。あの、若い大学院生を案内して。

高橋:一緒に。

松沢:ええ。研究室へこころの実験的な解析をしたいという子も、うちの研究室の場合には、必ず野生のチンパンジーを見に行かなきゃいけなくて、そういう人たちを案内したり、あるいは野生のチンパンジーを研究したいという人をガイドしたりして、必ず毎年12月、1月はアフリカに行くように。

高橋:ご自身がいらっしゃっていられたわけですね。

松沢:あの、楽しいからですけど。

高橋:楽しいんですか(笑い)。どのあたり?アフリカといっても広うございますと思いますが?

松沢:そうですね。アフリカの西。

高橋:西側ですね。

松沢:ええ。赤道と呼ばれるものの南北を挟んで、その森に東から西までチンパンジーはポツポツといるんですけれども、その西のギニアという国にあるボッソウという調査地、そこに毎年行っています。ギニアっていうのが日本の3分の2ぐらいですかね面積はね、なんですが、それの南東のはずれニンバ山という世界自然遺産の山があるんですが、その近くの小さな村ボッソウ、その周辺の森にいるチンパンジーを過去25年間毎年研究してきました。

高橋:ここを選ばれた理由というのは何かあるんですか?

松沢:霊長類研究所の元所長である杉山幸丸先生が開拓した調査地で、私が2人目の日本人の研究者として入ったんですけれども、既に調査を開始していた杉山先生にご配慮いただいて案内していただきました。

高橋:やっぱり定期的に通うには現地の人々との良好な関係をつくったり、いろいろ周囲の環境を整えたりといったご苦労もおありなんでしょうね?

松沢:そうですね。もちろんそこの森の周囲にはチンパンジーの数より圧倒的に多い3千人もの人々が暮らしていますから、こういった村人の協力なしには、そのチンパンジーの研究は出来ないと思います。

高橋:この写真は、村人ですね。

松沢:そうですね、はい。人口3千人で毎週水曜日に市が立つので、その市場の様子ですね。

高橋:人口3千人でチンパンジーは何人ぐらいいるんですか?

松沢:大体20人ぐらいなんですけど。

高橋:え、たった20人しかいないんですか?

松沢:ええ、そうです。

高橋:ああ、それはちょっと本当に希少な。

松沢:それが更に2003年にインフルエンザのような病気が流行って数が激減して、今日現在で言うと12人まで減っています。

高橋:そうなんですか。いや、それは危機的状況ですね。この25年間の野外観察でわかってきたことがたくさんあると思うんですけれども、まず基礎的なことからご説明いただければと思います。ニホンザルっていうのは母系社会だっていうことで、そのあたりだと私たち日本人はみんな知っているんですが、チンパンジーは父系社会なんですね。

拡大チンパンジーの母子

松沢:そうですね。母系っていうのは、お母さん、娘がこう女性が群れに残って男性は年頃になると外へ出ていく、だから独りザル、離れザルっていうようなニホンザルの世界でいうあの独りは、生まれた群れからよそへ移籍する途上ですよね。そうやって男性が出ていく、でもチンパンジーは逆で、お父さん、息子が群れに残って、女性が年頃になると近隣の群れにお嫁入りしていく、外から若い女性がやってくる、まあそういう社会です。そうすると男性は群れに残りますから複数の男性がいて、よそから女性が来ますから複数の女性がいて、そういう複数の男性と複数の女性から成り立っている世界なんですけれども、そこで子供が産まれたとしますよね、子供の目から見るとお母さんは自明で、お母さんは1人しかいないけれど、お父さんはどれだかわからないわけでしょう。

高橋:一番強いボスチンパンジーがお父さんになるんじゃないんですか?

松沢:今、DNAの研究が進んで、実際にどれがお父さんかっていうのが生物学的にわかるようになってきましたから、そうすると確かにですね、ある程度はアルファー(最優位)の男性の子どもがどうも多いらしいっていうことが徐々に今わかってきたんですけれども、でも実際にはそうでない男性も子どもを残しています。そうすると人間の側でいうと、自分の子どもかどうかわからないわけですよね。その、父親の側から言わすと。だけれどもよく考えてみると男性がみんな群れに残りますから、今女性が子どもを産んだとして、その子は自分が父親か、あるいは私の兄が産ませたおいめいか、私の父親が産ませた…。

高橋:いずれにせよ、そのグループの…。

松沢:そう、血の濃い血縁の中ですよね。ですからまあ子どものようなものでいいわけでしょう。だって、おいめいか、弟妹か、自分の子どもかということですから、子どもの側からみると確かにどれがお父さんかよくわかんないけど、お父さんか、お兄ちゃんか、叔父ちゃんか、おじいちゃんか、だから、お父さんのようなものでしょう。だから、お母さん1人とお父さんズっていう複数形。お母さんとお父さんズで出来ている社会だっていうことがはっきりとわかってきました。

高橋:はあー。我々が普段考えている家族というのとは全く違う形で、それでも赤ちゃんを育てていく社会ができているっていうことなんですね。

松沢:それでも家族、地域社会ですね。

高橋:そして、お母さんの方はチンパンジーの場合は、ひたすら次々子どもを産んでいるようなことがわかってきた。

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松沢:そうですね。先に結論から言ってしまうと、人間とは何か?といったときに、こういう1人1人の人生を考えると、おばあさんっていうのがいるのが人間で、チンパンジーにはおばあさんがいない。ちょっと野生チンパンジーの出産率と生存率のデータが出てきたのでご紹介します。

 アフリカ各地の協力で得た調査地から出てきた500例を超える出産例をもとに書いたものなんですけれども、横軸が年齢で縦軸に生存率と出産率を書いたんですけど、赤い点線が生存率です。

高橋:もう、直線的に下がっていますね。

松沢:そうですね、点線でタタタタッと。で、横軸が0才から50才までなんですけれども、要は人生50年の人たちなんですよね。で、出だしのところ生存率が右端でみると0.7ぐらいですから…。

高橋:ああ、出産直後に死んでしまう赤ちゃんが。

松沢:そうですね。直後というか0才から4才まで、乳幼児の死亡率が大体3割で。

高橋:3割。

松沢:高いですよね。

高橋:高いですね。

松沢:その後、こう生きながらえたとして50までの人生だと。今度は実線の緑色でみたのが出産率なんですけど、10から14才というその10代前半でもう子供を産みはじめて、10代後半でも20代でも30代でも40代でもまだ産んでて、でも50才のときにはちょうど人生が終わりを迎える。ということは生きている限り子供を産み続ける。1人1人を大事に育てて次の子供にかかる。出産間隔が平均5年なんですよ。だから、人間は年子がいたり2、3才離れた子供って普通にいますよね、兄弟。

高橋:そうですね。3才がまあ平均かなっていうかんじですね。

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松沢:ええ、そんなのいない。チンパンジーは必ず5、6才は離れた兄弟で、そこが違うところですね。簡単に言うとチンパンジーの場合には、人間で言うシングルワーキングマザーに近くて、お母さんが1人で1人の子供を育てていく。それに対して人間はチンパンジーと同じようにやっていると5歳では独り立ちしないから、8才とか9才とかですよね、まあ18才から産みはじめたとして18、26、34、42、50はちょっと難しいですよね。そうすると生涯4人しか産めなくなっちゃうでしょう。チンパンジー流の産み方をしてると十分な数の子供が保証されないわけですよ。そうすると、そうやって1人1人を育て上げてシングルワーキングマザーするんじゃなくって、伴侶の手をかりて、更にはそれでは足りないから、おばあさんの手を借りて、まあ、おじいさんもちょっと助けると思うんですけれども、祖父母という役割を社会的に付与することによって手のかかる複数の子どもを次々と産んで、大人たちがみんなでその子供を育てる。その中で顕著なのは、おばあさんの役割だと。古典的なダーウィン的な考え方でいうと、もう子どもを産まない女性の役割を考えたときに、個体のレベルでの繁殖性行動っていうんですか、について言えばもはやこれはもう寄与しないわけだけど、もう少し視野を広げてもっと包括的な意味での適応度を考えると自分の子供が産んだ子供、すなわち孫の世話をするっていうことはとても意義あることなんですよね。そういう方に人間の女性の場合は進化してきた。人間は進化の過程でおばあさんっていう社会的な役割を作ってきた。そんなふうに考えられます。

高橋:そうですね。その文明を作るためにおばあさんの力が必要だったっていうのが、いわゆる『おばあさん仮説』っていうものですよね。これについて東京都の石原都知事は、なんかとんでもない誤解をして「文明が産んだ一番悪しきものはババアだ」だったなんておっしゃったんですけど、これは逆ですよね。

松沢:それはもう生物学的に言うと全く逆で、人間が進化の過程でおばあさんというものを作りだして、それが故に人間という種族が発展し文明を生みだしてきたわけですから、おばあさんこそが人間の進化のたまものだと思います。

高橋:そうですよね。今、人間とは何かという質問に対して、一つはおばあさんがいるということ、それから次におっしゃっていただいたのが、共に育てる。お父さんとそれからいろんなおばあさんにしろ、共に育てる、そこが人間の人間たる由縁である。

それからもう一つ赤ちゃんが仰向けに寝ていられることが重要なんだと、先生がご指摘なさっていますよね。これ「はっ」と思ったんですけれども。

松沢:ちまたにあふれている本で言えば、直立二足歩行ですよね。人間を特徴付けるものは直立二足歩行で、それは人間の定義ですから、直立二足歩行を状態とするサルですというのが人間の定義だから、それはそれでいいんですけど、その直立二足歩行で人間が進化したっていうのは誤解だと思います。誤解というよりも間違っていますね、明らかに。

高橋:ああ、そうですか。

松沢:はい。何故かというと、サルもニホンザルも四つ足で歩きますけれども、止まるときは身体が立ってますよ。

高橋:ああ、そうですね。

松沢:ええ、だってこれから木に登るんだし。

拡大キツネザルの母子

高橋:おイモ食べたりしてるときは、体は立っていますね。

松沢:もう一つ顕著なのが、四つ足で歩いていますけど足を見ると顕著なんですけれども、手みたいです。だってそうじゃないと木の枝つかめないでしょう。それはニホンザルもそうだしチンパンジーもそうです。で、四つの手を持っている。だから、霊長類って昔は四手類、四つの手の類、何故なら他の哺乳動物、四足動物と顕著に違うのは四つの手があるから、それで樹上で枝をつかんでいる。そういう生活をしているものが中から人間は地上へ降りて歩くようになったので、四手類から二本の足ができた。四足動物が立ち上がって2本の手ができたわけじゃない。だから、立ち上がって2本の手ができて物を扱うようになって、その物が道具になり、道具を使うと脳を刺激して脳が増大し、その脳が増大することによって更に複雑な道具が生れたという、まことしやかな説明になりますけれども、そんなことはない。もともと霊長類の共通祖先は四つの手があった、地上に降りることによって人間は二つの足ができた。これは、霊長類学立場からみると身体の進化としてまさにその通り。そういう中で人間の親子の特徴っていうのを考えると霊長類は一般に手がありますから親子関係の基本はしがみつくだけなんですね。

高橋:ああ、子供の方がしがみついているんですね、お母さんに。

松沢:はい、で、お母さんが抱く。正確に言うとしがみつく方が先で霊長類の中でも原猿類っていう共通祖先に近いかたちをしている例えばキツネザルなんかでいうと、子供はお母さんにしがみついていますけど、お母さんは特に抱きません。ですから、しがみつくっていうことが先なんですが、ニホンザルとか、チンパンジーになるとお母さんが抱っこする。

拡大ニホンザルの母子

高橋:お母さんの方が抱っこしてあげる。

松沢:しがみつく、抱きしめるっていうのが霊長類の親子関係の特徴です。だって他の哺乳動物で犬のお母さんが子供を抱きしめたりしないですよね、子猫がお母さんにしがみつくっていうことはないわけでしょう。犬も猫も牛も馬もそういうことは無いんですけれども、霊長類は親と子供がしがみつく、抱きしめるっていうそういう関係にあります。但し、人間だけ違いますよね。人間だって…。

高橋:そうですね。赤ちゃんはお母さんを抱きしめる力がないですよね。

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松沢:もう、無いですよね。で、また全部がこのキツネザルやニホンザルやチンパンジーのように、しかも手のかかる子供がですよ、みんな抱きついたとしましょう。お母さん大変です。とってもやっていけないですよね。だから、人間の場合にはその手のかかる子供を複数の大人たちで共同して育てる。そのときに今度は赤ちゃんの側に着目していうと、仰向けで安定して寝ていられる子っていうのがとてもいい子なんですよ。で、あまりにも日常見る普通のかたちですよね、赤ちゃんが仰向けて寝ている。だから全然不思議に思わないんですけど、霊長類学者からみるとすごく不思議で、進化の隣人であるチンパンジーでさえも赤ちゃんは仰向けで安定していられないんですよ。仰向けにすると右手と左足が上がります。しばらくすると左手と右足が上がります。ゆっくり交代している。これはチンパンジーだけじゃなくて同じヒト科のオランウータン族も同じで右手と左足が上がる、しばらくすると左手と右足が上がる。20年も前にこれを見たとき意味が私自身もよくわからなかったんですけど、今はよくわかります。もがいているんですよ。

高橋:ああ、なんか不安定なんですね。

松沢:不安定。何故なら本来お母さんと子どもはしがみつく、抱きしめる関係にあるわけでしょう。1人1人の子供を大事に育てるわけですから、生後の3カ月、チンパンジーでいえば決して離れないですよ、1日24時間離れない。

高橋:ああ、こういう状態にならないわけですね。だから苦しいっていう感じになるわけですね。

松沢:そうです。要は親子関係っていうのも進化の産物だっていうことを是非ご理解いただきたいと思いました。一般にあの…身体が進化の産物。でも私たちがいうようにこころも進化の産物ですよね、そのことも一旦ご理解いただくと、実は親子関係だって教育だって全て人間の所業は進化の産物で、じゃあ親子関係の基本は何かと考えると、本当は親子関係の基本は、親は子供を育てない。子育てするのが当然と思いがちですけど、例えば魚類で言うと一般に卵を産みっぱなしでお終いですよね。両生類でカエルがおたまじゃくしの世話をすることはないですから。

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高橋:(笑い)そうですね。

松沢:だけど、哺乳類や鳥類、一部の恐竜の共通祖先が大体3億年位前に次の世代に投資をするようになった。哺乳類ははっきりしていて、自分の体液としてのそのミルクを…

高橋:母乳を与えて。

松沢:与えるわけですよね。ですから哺乳類っていうものが現れた3億年位前に母乳を与えるっていうかたちでの親子関係が始まり、霊長類っていうその手を持つようになった哺乳類の中で、子どもが母親にしがみつくようになり、その霊長類の中でもニホンザルやチンパンジーやヒトのような真猿類だと今度は母親がそっと…

高橋:抱いてあげると。

松沢:子どもを抱くようになり、ホミノイドっていうのは人間とチンパンジーですね。これは、お互いに見つめ合うようになって、人間の場合は今度は仰向けで離れてますから…。

高橋:親子で見つめ合う…。母親以外もこうのぞき込んで育てることに参加できるということなんですね。

松沢:その通りです。

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高橋:こうやってソフト面の進化がわかるっていうことなんですけれども、道具の使用についてもアフリカで観察されていろんなことがわかってきたっていうことで、ちょっとその道具について今度はご説明下さい。まず、これは葉っぱで…。

松沢:あの、先に石器からお見せしたいんですけど、ボッソウで一番有名な道具使用っていうのが、本当にここのチンパンジーしかしないんですけどね、一組の石をハンマーと台にして堅いアブラヤシの種をたたき割って食べます。〈ビデオを見ながら〉今、種をのせました。カツカツカツとたたき割って堅い種の殻の中にある核を取り出して食べる。

高橋:中の柔らかい所を食べているんですね。ああ、見事な道具の利用ですね。

松沢:ええ。これも見せておきましょうかね。

高橋:はい。で、これは?

松沢:子供が学ぶ過程なんですけど、これ3歳半の女の子です。まだできない。

高橋:飛んじゃって上手く割れないんですね。

松沢:4、5歳になんないとできないんで、まだできないんですけども、どうやって学習するかを見て下さい。

高橋:ああ、近くに大人が…。

松沢:近くの大人の、やっている様子を…。

高橋:じっと見てますね。

松沢:じっと、そのこんなに近づかなくてもいいだろうっていう距離であの、じっと見るのがチンパンジーのやり方ですね。大人は特に教えないでしょう。

高橋:ああ、そうですね。で見て。

松沢:自分のところへ戻って、

高橋:もう1回やってみる。

松沢:自分で何とかしてみようと、種をのせて、手でたたいたりしてますけど、なんとか…。

高橋:やっぱりできないですね(笑い)。

松沢:親や大人は手本を見せるだけ、子供はなんとかその真似をしたい。そういう子どもに対して親や大人は寛容。教えない教育、見習う学習って呼んでいるんですけど、そういうかたちの道具使用の学習過程がありました。

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高橋:やっているんですね。道具使用について物と物の関係を図で表すっていうのは、先生が新たに編み出された研究手法なんですよね。図で表すとどうなるかというと、これは?

松沢:そうですね。この自然界にあるものとしてはそこに棒が落ちている、アリがいる、でもそのアリを棒で釣る、あるいはミズグモを棒ですくう、あるいは水を葉っぱで飲むというように物と物とを関係付けることによって道具として働く、そういうのはレベル1道具と呼んでいます。

高橋:レベル1っていうのは、これ…。

松沢:関係が1個ということですね。

高橋:1個ということですか。それで?今度は、あっ、かたちが変わりましたね。

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松沢:そうですね。これは種を、今先ほど見ていただいたものは、種を台石にのせていましたよね、物を物に関係付けて、

高橋:のせるというところで一つですね。

松沢:関係付ける赤色が1個、もうその関係、その種を台石にのせたその種をハンマーにしてたたかないといけないですから、もう一つ関係ができると、関係が二重になっている。こういう道具はレベル2道具と呼びます。

高橋:はい分かりました。あっ今度は・・

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松沢:レベル3道具って、実は台石が傾いている様な台石があって、その表面を固定するためにくさび石をその台石の下に入れる場合があります。ぐらぐらしないように、固定する。

高橋:ぐらぐらしないように入れてある。

松沢:そうするとそのくさび石と台石を関係付けてそのものの上に種をのせて、その種をハンマー石でたたきますから、関係としては3層構造になる。

高橋:三段階。

松沢:それが野生チンパンジーで知られている一番複雑な道具使用ですね。これ以上複雑なものはありません。

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高橋:そして、この同じ手法でチンパンジーの言語獲得について鮮やかに解説されたのが、この本で私本当に感動したところなんですけれども、チンパンジーやゴリラに言葉を教えようという研究は長い歴史がありますけれども、先生はこれは言語っていうよりも1対1で対応づけただけだと、シンボルを獲得したんだとおっしゃっています。その説明に入る前にアイちゃんに図形文字を教えた実験からご解説していただく必要があると思うんですけれども、これがアイちゃんに教えた図形文字ですね。

松沢:もととなる問いは、チンパンジーにどこまでそういった人間の言葉の様な機能があるのか、それを調べるために当時はまだ今ほど自由にコンピュータの画面上に文字を出せなかったので、ひし形で横棒は赤っていう色ですよ、あるいは丸に塗りつぶした丸があるのは青ですよ、黄色ですよっていう、こういう図形の文字を用意して、例えば赤、ひし形に横棒っていうのは赤い色でも、あるいは後に漢字を入れたんですが、漢字でも同じ意味をもつ、そういう文字の体系をアイというチンパンジーに教えました。

高橋:はい。これは見事にアイちゃん覚えたんですよね。

松沢:はい。ある程度はね。

高橋:ある程度、ああ、そうなんですか。それで、数字も。

松沢:数字も1、2、3、4、5、6、7、8、9というアラビア数字を教えました。

高橋:それは、数としてちゃんとわかっているんですか?

松沢:アイの場合にはわかっています。ですからまあ、ごく大まかにいって、アイのように長い、これでもう34年目になるプロジェクトなんですけれども長い経験をし、勉強をすれば単語のレベルで、1対1対応したシンボルを獲得することはチンパンジーでも可能です。いわば可能だっていうギリギリ上限のところを今アイというチンパンジーは見せてくれていると思うんです。ただ、実際にはその赤い色が赤っていう字、赤という字は赤い色っていうこの1対1対応したシンボルの形成はですね、アユムたち子どもたちの世代でみるとなかなか難しいっていうことがわかってきました。

高橋:そうなんですか。数については、ほら昔、1、2、3もっとっていう認識、

松沢:1、2、3、たくさん。

高橋:そうそう。たくさんっていう認識が、原始的な民族にはそれしかないんだみたいな説もよくありましたけれども、アイちゃんはそうじゃなくて1、2、3、4、5、6、7、8、9まで、ちゃんと数としての対応ができているんですか?

松沢:そうですね。5本の赤い色鉛筆の色が赤だと言えますし、鉛筆だと言えるし、5だと、数も…。

高橋:ああ、現物、5本の鉛筆があればそれが5だって数えられるわけですね。

松沢:それが黄色い3本の歯ブラシでもそうですし、それが別に白い点の数に置き換わってもできますから、確かにあのチンパンジーも勉強すればそういうことは出来ます。

高橋:それでアイちゃんが産んだ息子のアユム君に同じような勉強をさせるプロジェクトもずっとなさっているわけですよね。で、アユム君の勉強の様子のビデオがある様ですのでちょっと見てみましょうか。

松沢:〈ビデオを見ながら〉最初に数字の勉強をしてもらおうということで、4才、これ4才になったばっかりですね、人間で言うと6才、小学校の1年生。どうやって教えるかっていうと、1だけしか教えません。1だけ白丸を押す問題くださいと言いますと、1が出てきますから、1を触ると正解、今度は1と2にする、2は駄目ですね。

高橋:2から先に押しちゃうと駄目なんですね。

松沢:1、2と押すとご褒美がもらえます。1、2と押せばご褒美がもらえる。

高橋:今、ご褒美食べているんですね。これは何?

松沢:8mm角に切ったリンゴ片です。1個のリンゴで大体300個ぐらいサイの目に切って、遅かれ早かれお昼や夕ご飯でもらえるリンゴなんですけど、朝三暮四で自分が正解するとそれがもらえると、喜んで勉強します。

高橋:出てくる。ああ、食べてますね。これでもう、あっという間に1、2という順番は覚えてしまうわけですね。

松沢:そうですね。1、2ができたら翌日は1、2、3、それができたら1、2、3、4、それを半年やると1、2、3、4、5、6、7、8、9と。

高橋:わあ、すごいですね。

松沢:すごいですね。毎日30分だけ半年間ですよ、4才半の子が1から9までの数字の順番は、確かにわかる。

高橋:わかっちゃうんですね。

松沢:うん。

高橋:それで、この順番に押すのを覚えたあとに、更にすごい事ができるんですって、アユム君。

松沢:そうですね。記憶の研究をして我々も本当に驚いたんですけど、初めてチンパンジーの方が人間よりもよく出来る、記憶の課題があるっていうのを見付けました。ちょっと見て下さい。

高橋:はい。

松沢:さっきの1から…、あの、さっきの課題と同じなんですけどね。

高橋:これはもう見えない。1を押した途端に全部の数字が見えなくなっちゃうんですね。

松沢:そうです。早いから1、2、3、4、5、6、7、8、9があったところを触っています。よく見てくださいね。1、2、3、4、5…。

高橋:これ、あっているんだかどうだか我々わからないですね。

松沢:そうですね。これ、最初の数字を選ぶところに0.5秒ぐらいしかかかっていませんから。

高橋:えー。一瞬見ただけで全ての場所を覚えちゃうっていうことですよね。

松沢:そうです。全ての数字がどの場所にあったかがわかる。

高橋:人間できませんよね。

松沢:できませんよね。同じ課題でやると、まあどんなに訓練しても、うちの学生でやってみたんですが、一応みんな京大生ですけど、正解率を上げようとすると、まあ上がります。だけどそうすると時間がかかりますよね。で、適当なところでやったとしても1.2秒かかりますから、チンパンジーは0.5とか0.6秒とかでできるんで、どんなにやっても人間が勝てない記憶の課題があるっていうことがわかりました。

高橋:ふーん。そうすると、人間よりもチンパンジーの方が優れている能力はあると、ところが言葉について言えば人間のような複雑なこういう言葉を扱う能力はチンパンジーにはない。で、アイができた一番複雑な認識が先ほどおっしゃった赤い鉛筆が5本あるっていうものだったんですね。それを先ほど道具使用のときに見せていただいた図で示すことができるんですね。

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松沢:そうですね。今、5本の赤い鉛筆という現実がそこにあったとして、その3つの側面、これがどういう物であり、どういう色であり、いくつの数であるかっていうことをシンボルで示すことはできました。ちょうど三層構造になっていますから、ポイントは道具とシンボルの同型性、形が同じ、その構造として扱える道具の複雑さも、扱えるシンボルの複雑さもレベルでいうと3段階のところまで、同じですねっていうのが私の主張なんですけれども。

高橋:レベル3であるというところは、道具を使うときも言葉を使うときも一緒であると、それがチンパンジーの能力であると。

松沢:そうですね。チンパンジーが住んでいる世界でいって彼等の知性で、やはり人間のようにどこまでもレベルが深くなるとか、自己回帰的に言及するようなそういった構造はなくて、基本的にはこの程度の道具が使えるし、この程度のシンボルは使えますっていうことを示しました。

高橋:はい。まだまだお話しを伺いたいんですが、一旦ここでコマーシャルをやります。コマーシャルです。

〈CM〉

高橋:『科学朝日』本日のゲストはこの方、京都大学霊長類研究所所長の松沢哲郎さんです。

 今までチンパンジーのこころについていろいろ伺ってきましたけれども、チンパンジーに絵を描かせるという実験もいろいろなさっているんですよね。

松沢:はい。

高橋:チンパンジーが描く絵と、人間の子どもが描く絵と、これがまた大きな違いがあるそうですね。

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松沢:はい。チンパンジーは画用紙があって筆記具があるとなんのご褒美もなくても、好きなように絵を描くんですけれども、あらかじめ画用紙に何か描かれていると、その描かれたものをなぞるっていう、非常に顕著な行動があります。ちょっと見ていただくとこれ、チンパンジーの似顔絵で、但し目、鼻、口がないと顔の輪郭をなぞるようなことをします。

高橋:この薄い線は、もともと描かれていたわけですね。

松沢:もともと描かれています。

高橋:それをチンパンジーに見せると、あの濃い…あのシャシャシャシャという線を描いて。

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松沢:シャと、あれをマジックでこう顔の縁をなぞっているわけですね。で、人間の子どもも2才位までは、こういう殴り書きをするんですけれども、これをじゃあ人間の子どもの3才を超えた子にやってもらうとこんなふうに。

高橋:あっ、目と鼻と口を描くんですね。

松沢:そうですね。これは東京芸大の学生だった斉藤あやさんが考えついたテストなんですけど、

高橋:実験で。

松沢:福笑いのように、目鼻の無いそのものを出して、じゃあ好きなように書いてごらん?って言うと、チンパンジーは1個前に戻してもらえますかね。チンパンジーだとこう輪郭線をなぞるだけ。

高橋:ああ、こういう絵しか描かない。

松沢:ねえ。だけど、人間の子どもは3才を超えると次のように目、鼻、口を描きあげる。

高橋:うーん、これは大きな違いですね。

松沢:ですよね。全然、質的に違うでしょう。

高橋:はい。

松沢:だとすると、まあここからは解釈なんですけど、チンパンジーは今目の前にあるものを見ているんですよ。

高橋:ああ、そうですね。で、輪郭をなぞるという作業をする。

松沢:そうそう。人間は目の前にないもののことを考えているじゃないですか。そこにあるものを見たんじゃない、そこにないものを考えた。

高橋:そうですね。輪郭が見えたときにパッとその…、どっかで見たサルの顔が思い浮かぶわけですよね。

松沢:チンパンジーと言ってください。

高橋:ああ、ごめんなさい。チンパンジーさんの顔が思い浮かぶ。

松沢:そうだとわかると、さっきのアユムの示した記憶の能力のすごさっていうのはそんなに驚きじゃなくて、例え一瞬とはいえ目の前に1から9の数字が出てたじゃないですか、それをパッと見て記憶するのはチンパンジーはすごく長けている。だけど人間はそんなことはもう最早できないけれども、パッと見てパッと記憶することはできないけど、そこにないものにこう思いをはせる、想像する力、そこにないものを見る。赤い色を見て赤っていう字に思いをはせられる。赤という字を見て、そこには目の前には無いんですよ、赤い色なんて。でも赤い色のことを想起する。この想像する力が人間を人間たらしめている。あんまり多くの人がこう意識しないんですけど、言葉っていうものが持つ一番の力は何かっていうと、持ち運べるっていうことなんですよ。自分が見たものを自分の体験だけにするんじゃなくって、持ち帰って親や仲間たちに「こんなものを見たよ」っていうことを言うわけでしょう。「あっ、シカを見たよ、みんなで狩りに行こう」

高橋:ああ、で、その時に想像できるわけだ、聞いた方が。

松沢:そうそうそう。目の前にないものを…。

高橋:その能力がない限りは、言葉を使ってコミュニケーションっていうのもできないという。

松沢:できないですね。ですからコミュニケーションの基盤にあるその言葉の力は、自分の体験や見たものを持ち運んでそれを共有できる、共感できる、これが人間を人間たらしめている、想像する力だ、そんなふうに考えています。

高橋:なるほどね。もう一つ、その人間には想像する力があるっていうことを痛感された出来事があったそうですね。

松沢:はい。うちのチンパンジーなんですけれど、レオっていうチンパンジーで。

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高橋:ああ、どうしちゃったんですか?このレオちゃんは。

松沢:突然ある日、首から下が麻ひして寝込みました。急逝の脊髄炎なんですけどもね。そうすると身動きできないから57kgの体重が35kgまで減って、もっとひどいのが床ずれですよね。

高橋:ここの赤い部分そうですね。

松沢:ええ、背中や膝や…、

高橋:いや、痛そうですね。

松沢:もし私だったら、とても生きていく希望を失うところなんですけど、すごく感心したのは、全然めげないんですよ。

高橋:おお、レオちゃんは平気な顔をしてる。

松沢:ええ、口に水をためておいて近づいてきた人にピュッとこう吹きかけて「キャッ」と…。

高橋:遊んでるわけですか。へえ。

松沢:そうです。全然めげません。それで思ったのが、要はチンパンジーは今ここっていう世界を生きてて、遠い未来のことを考えたり多分その明日のことさえ思い煩わないんですね。

高橋:ああ、だから明るくいられる。

松沢:そうそう。何故なら今ここの世界しか生きていないから、今この目の前にあるこの世界が彼等の世界なんですよ。それに対して人間は簡単に絶望してしまいますよね。こういう状況におかれたら。

高橋:そうですね。もう将来をはかなんでしまいますね。

松沢:でも、逆に言うとその想像する力があるからこそ絶望するんだけれども、想像する力があるからこそ未来に対して希望を持つことができる。どんな悲惨な状況にあってもその将来を信じて希望を持つことができる。それが人間の人間たる由縁であり、想像する力なんだと思うようになりました。

高橋:そうなんですね。ああ、これレオちゃんですか?

松沢:神様のご加護で、2006年に病気で寝込んだんですけど、2007年に回復し、2008年に、というように今、立ちあがってよちよち歩くまでに回復しました。

高橋:良かったですね。

松沢:素晴らしいですね。

高橋:でもまあ、レオちゃんを通じて絶望するっていうことも人間だからこそなんだっていうことを先生はお気付きになられたわけなんですよね。で、想像するという力があるから人間は絶望するんであるし、逆に想像する力があれば希望を持つこともできるというお話、本当に大変こころに残るお話しでございました。

まだまだお話を伺いたいんですけども残念ながら時間がきたようで、このご本の印税は、ここに書いてありますけれども、野生チンパンジーの保全活動、緑の回廊プロジェクトに全額寄付されますということですね。

松沢:はい。冒頭申し上げたように、野生チンパンジーは絶滅危惧種であるばかりでなく、実際のギニアのボッソウのチンパンジーは今12人まで減っていますから、4km東の世界自然遺産のニンバ山にむけて植林をして彼等の生息地をつなげると、そういう事業に寄付しています。

高橋:そうですか。是非そのプロジェクトが上手くいくことをお祈りしております。今日は、どうもありがとうございました。

松沢:こちらこそ、どうもありがとうございました。

高橋:科学朝日、本日はこの辺でお別れいたします。

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