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これからのウォシュレットの話をしよう

林良祐(TOTOウォシュレットテクノ社長)

おしりを洗うことに始まり、脱臭、ふたのオート開閉など、日本のトイレには次々とハイテク機能が付け加えられてきた。こうして「ガラパゴス」的に進化してきた日本のトイレが今や世界で受け入れられつつある。TOTOのウォシュレット開発に携わってきた林良祐氏が語るトイレ開発秘話――。

はやし・りょうすけ TOTO(株)レストルーム事業部ウォシュレット生産本部長兼TOTOウォシュレットテクノ(株)社長。1963年、福岡県生まれ。87年、東京理科大学理学部卒業後、TOTO入社。給湯機開発課を経て、93年より、初代ネオレストの開発に携わる。94年からアメリカに赴任。帰国後も、ウォシュレット関連の開発に取り組み数々の賞を受賞している。

●おしりを洗うという新習慣 

 1980年にTOTOのウォシュレット(「ウォシュレット」はTOTOの登録商標)が誕生して、30年が経過した。

 もともと日本人には「おしりを洗う」という習慣はなかったが、今や「洗わないと気持ちが悪い」というほどまでになった。洋式トイレが普及するのに伴って、ウォシュレットも浸透していった。2011年1月、累計の出荷台数は3000万台を超えた。2011年3月末の内閣府消費動向調査によれば、温水洗浄便座全体の家庭での普及率は70・9%にのぼり、今では、南極の昭和基地などにも導入されている。

 ウォシュレットはなぜ、これほどまでに日本人に愛されるようになったのか。

●遠藤周作にも批判されて 

 ローズ・ジョージ著『トイレの話をしよう』(日本放送出版協会)によると、60年代半ば、伊奈製陶(現・LIXIL)はスイスのクロス・オ・マット社から洗浄機器一体形便器を輸入・販売していた。価格は48万円で、当時の新車1台分もしたという。こうして温水洗浄便座の歴史が幕を開けることとなった。  

 国産第1号の温水洗浄便座は、1967年10月に伊奈製陶から発売された「サニタリーナ61」である。しかし高額で、素材の一部に鉄が使われており、ノズルから出る水のせいで錆びやすかったこと、また、当時は陶器の破損率が高く、大量生産が難しいということからさほど普及することはなかったという。  

 TOTOは1969年から、便座暖房機能をプラスしたシート型の国産品を生産した。当時は病院、福祉施設、高所得者層の住宅を中心に販路を広げた。ところがこの商品、水の温度が不安定なうえに、水が発射される方向が定まらないという欠点があった。作家・遠藤周作氏はエッセイで、

 「ものすごく熱いお湯(中略)一度しか使わないこんなもの」

 と書いたという。  

 しかし、日本人は毎日お風呂に入るきれい好き。「おしりを洗う」文化はなくとも、機能性を追求していけば、きっと受け入れられる素地はある――こう判断し、一般向け商品として開発することになったのである。

●肛門の位置はどこ?

 開発にあたって、立ちはだかった壁があった。  

 どこにお湯を当てればよいのか、すなわち、「肛門の位置はどこか?」ということだ。

 そんな数値データなんてあるわけがない。開発チームは社内に協力者を求めた。まず、便座に針金を張り、座ったときに肛門がきた位置に、紙で印をつけてもらおうと考えた。

 「いくら同僚でも、自分の肛門の位置を教えるわけにはいきません」

 こう丁寧に断る社員もいた。とりわけ女性社員は「恥ずかしい」と嫌がったそうだが、開発者の熱心さに根負けして、最終的には男女あわせて約300人分のデータを収集することができた。

 次なる課題は、お湯の温度である。おしりに当たって快適に感じる温度は何度か。開発者たちは実験室にこもり、お湯の温度を0・1度ずつ上げながらおしりにお湯を当て続けた。上限温度の設定のために、かなり高温のお湯も当てなくてはならない。ときには「熱っ!」と飛び上がりながら、1日16時間、交替でデータを取り続けた。

 さらに、マイナス10度の寒冷地や30度の暑さの中で使えるかという実験も行い、お湯の温度38度、便座の温度36度、乾燥用の温風は50度が最適であるという結論が出た。

 さて、そのお湯を、どんな角度で当てていくのか─―。

 再び実験が始まり、最適の角度が43度であることが導き出された。どんなおしりでもしっかりお湯が届き、かつ、おしりにぶつかったお湯がノズルにかかりにくいという「黄金律」であることがわかったのだ。

 越えるべきハードルはまだあった。最大の難関は、「38度の温度をいかに保つか」というもの。そこでICを使おうという声が上がり、家電メーカーに問い合わせたところ、「水が当たるところに使うなど言語道断。漏電したら大変なことになる」という回答が返ってきた。開発チームはICを取り寄せて回路作りに取り組んだが、実験中、研究員の肘がICに触れて100ボルトの電気が身体を流れたという事故もあったという。

 しかし、ここでブレイクスルーが起こる。ある開発スタッフが、雨の日に交差点で信号待ちをしていたときのことだった。雨のなか正確に動いている信号機を見て、「これだ!」とピンときた。そして、ひらめくや否や信号機メーカーへと飛び込んだ。

 信号機メーカーは、「ハイブリッドIC」という、特殊な樹脂でICをコーティングする技術を持っていた。そのICを回路に取り付け、プラスチック製の強化カバーで覆い、尿と同じ、塩分を含んだ水をかけてみたところ実験は成功した。これで漏電の問題をクリアすることができたのだった。

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