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【科学朝日】1ミリの生物『線虫』から脳に迫る (collaborate with 朝日ニュースター、10月13日放送)

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 朝日グループのジャーナリズムTV「朝日ニュースター」は、通信衛星などを利用して24時間放送しているテレビチャンネルで、ケーブルテレビ局やスカパー!などを通じて有料視聴することができます。4月から始まった新番組「科学朝日」は、高橋真理子・朝日新聞編集委員がレギュラー出演する科学トーク番組です。WEBRONZAでは、番組内容をスペシャル記事としてテキスト化してお届けします。

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ゲスト:名古屋大学大学院理学研究科教授 森郁恵さん

高橋:こんばんは。科学の最先端にひたる『科学朝日』。案内役の高橋真理子です。本日取り上げるテーマは「1ミリの生物『線虫』から脳に迫る」です。線虫というのは細長いひも状の小さな生物です。カイチュウとか、ギョウチュウとかといった寄生虫のイメージが強いかと思います。しかし、線虫の研究は人間の脳の仕組みを解明する可能性を秘めています。線虫と人間。似ても似つかぬこの二つはどうつながっているのか。本日は、線虫と人間の脳の関係をじっくり探っていきたいと思います。ゲストはこの方、名古屋大学大学院理学研究科教授の森郁恵さんです。どうぞよろしくお願いいたします。

森: よろしくお願いいたします。

高橋: 本日のテーマである線虫ですが、あまりにも人間とかけ離れた形をしていますよね。

森: 確かに、見た目は似ても似つかないんですけれども、実は線虫は自然界ではバクテリアを食べていて、それをかみ砕く口と胃を兼ねたような器官も持っていますし、そのあと腸も持っていて、実は40秒に1回脱糞もしてるんです。生殖器官もありますし、卵も産みますし、子宮もあるし。

高橋:子宮もあるんですか。

森: あるんです。雌雄同体なんですけれども、オスが出てくることもあります。普段は雌雄同体なので、自分で精子と卵子を作って、自家受精をしています。でも、どんどん増えちゃうんですよね。だからいいというメリットもありまし、遺伝学もちゃんとできて、オスは精子を作り、雌雄同体と掛け合わさって。

高橋:オスだけというのもいるんですか。

森: オスは出ます。

高橋:メスだけというのはいないんですか?

森: それはいないんです。雌雄同体がメスの役割を果たして、オスはエマージェンシーというか、緊急の事態になった場合に、自然界で出るんですよ。やはり弱いじゃないですか、近親交配というのは。同じものが増えていくというのは環境が変わったときに弱くなるので、オスが出てきて、掛け合わさる。新しい遺伝の情報を入れるわけですよね。

高橋: ほう。

森: 実験室の中では1匹の雌雄同体は300個体の子孫を産む。その中の成虫になった雌雄同体とオスを一つのプレートの中に入れておけば交配して、掛け合わせができる。3日半でどんどん増えていきます。非常に早く実験はできますね。

高橋:生殖するとか、物を食べて便も出すというところは人間と同じであるということなわけですね。

森:そうですね。

高橋:それでは、線虫についてこれからじっくりとお話を伺っていきたいと思います。いったんコマーシャルです。

   〈CM〉

高橋:『科学朝日』。本日のゲストはこの方、名古屋大学大学院理学研究科教授の森郁恵さんです。あらためまして、よろしくお願いいたします。

森:よろしくお願いいたします。

高橋:ここに線虫の絵が出ていますけれども、写真と絵ですね。これが口になるんですか?

森:そうですね。これ、大人の雌雄同体なんですけれども、ここからここまでが1ミリちょっとあると思いますけど、ここで餌、自然界でバクテリアですね、研究室では大腸菌を食べさせています。ここで丸いところがあると思うんですけど、ここでかみ砕いているんですね。ポンプにもなっていて陰圧でグイッグイッって。

高橋:ツルッと吸いこんじゃうわけですね。

森:そうです。ツッツッと。そういうことになっていて、ここでかみ砕いて、実は、ここはずっと腸なんです。腸で、肛門があって、先ほど申し上げた脱糞をします。生殖細胞系もありまして、ここが実は子宮なんですけど。こっちから卵子ができてくるんですね。ここに精子嚢(のう)があって、卵子がここを通るときに精子と受精する。子宮の中では細胞分裂が始まる。このブツブツというのがありますよね。分裂が始まるので、幾つかになったときに、この陰門というんですけど、そこからポコンと。卵といっていますけど受精卵です。受精卵である程度発生が進んだものを産みます。要するに、彼らというか、彼というか、彼女というか、その役目は食べて子孫を残すという、そういう感じですね。オスは精子しか作らず、ちょっと写真がないんですが、ここのところに精子を入れるんですね。

高橋:入れる?

森: 入れるんです。入れて、ここの雌雄同体の精子嚢のとこに侵入するんです。『おまえたち、どけ』という感じで。選択的にオスの精子と卵子が受精する確率がグッと上がるんですね。オスは精子だけ作って、『強いんだ』みたいな感じで。そして、掛け合わせ、いわゆるメンデル遺伝学ができると。実験というか、研究の上ではそういうことです。

高橋:目で見てオスと、雌雄同体は見分けがつくんですか?

森: 分かりますけど、糸くずみたいに見えるので。ちょっと(笑い)。分かる人でないと分からないみたいな。

高橋:そこは、やっぱりプロの研究者ならば分かる。

森: 分かりますね。でも、本当に、ちょっと老眼がくると見えないかもしれません。

高橋:そうなんですか(笑い)。でも、線虫にもいろんな種類があるそうですね。

森: そうですね。実は本当にすごく多くて、植物に寄生するものってたくさんあるんです。動物に寄生するといえば、いわゆるカイチュウとか、ギョウチュウとか、人だったり、家畜だったりの腸にいるというのが私が使っている線虫の遠い親戚です。植物で有名なところだと、マツノザイセンチュウとかありますよね。

高橋:あれは、『松の材』線虫なんですね。線虫の仲間なんですね。

森: はい。松を駄目にするのは線虫だけじゃなくて、昆虫なんかもかかわっているんですけれども、とにかくそういうこともするというので、実は、送ってもらうときに結構トラブったりします。

高橋:送ってもらうというのは?

森: 研究室に線虫を送ってもらうことがあるのです。C.elegans(シーエレガンス)という名前を出すと、やっとOKが出るようになりました。

高橋:研究で使うのは、C.elegansという名前が付いた線虫なんですね。

高橋:はい、そうです。だけど、植物検疫で引っかかるんですよ。動物に寄生する可能性はないんですけども、植物に寄生するやつはあり得るというので。本当に、検疫官といつもしゃべったりして。

高橋:外国から取り寄せたりするのですか、これを?

森:そうです。こちらからも行くし、向こうからも来ます。でも、やっとC.elegansというと、『あ、分かりました』という時代に、数年前になったぐらいです。

高橋:ああ、そうなんですか。C.elegansって、名前が何ともエレガントなんですけども。なんでこれは、C.elegansというんですか?

森:さっぱり分からないんですが(笑い)。

高橋:分からないんですか。

森:分からないですけど、このC.elegans以外にも、植物でも、ほかの動物でも『エレガンス』という種名はたくさんあるんです。『C』というのは、フワッと言いますけれども、Caenorhabditisというんですね。属名なんです。

高橋:線虫という意味なんですか?

森:はい、これが属。名前の付け方は、属があって、種名があるという形です。何とかelegansというふうに種名をつけているのは、たくさんあるんですね。私が思うに、C.elegansはこの胴体の長さと、この体の長さのこのバランスがとても美しい。

高橋:そうですか、美しいですか(笑い)。

森:と、私は思っていて(笑い)。突然変異体で、ロング・ミュータントという変異体があって、これが1.5倍ぐらい長いですよ。それはちょっとお見せしたくないですね。

高橋:そんなに違うんですか(笑い)。

森:サインカーブのような形を描きながら、スイスイと行くので、ちょっとエレガントな感じで。これが長くなると、何ていうんですかね、いつまでたっても尻尾があるみたいな感じになっていて、ちょっと気持ち悪い。

高橋:気持ち悪いんですか。

森: 蛇みたいな感じになって。ミミズは線虫じゃなくて、ミミズの場合は、専門用語でいうと環形動物です。

高橋:丸い形の動物ですね。節みたいなものがいっぱいあってね。

森: そうです。だから、グニュグニュと。

高橋:伸び縮みして動くんですね。

森: それよりは優雅かなって。個人的な意見ですけど。

高橋:優雅? 線虫って、1ミリとか、そういうちっちゃいのばっかりなんですね。

森:そうでもないですが。

高橋:大きい線虫もいるんですか?

森:カイチュウとか。

高橋:あ、そうか。そうですね、大きいのがありますね。聞いたことあります。

森: ギョウチュウはちっちゃいですけど、カイチュウは結構大きかったりしますよね。カイチュウは寄生しますけど、C.elegansは寄生しません。土の中でバクテリアなんかを食べながら、自活的に生きている。実は、こういうのって、体温を保てないですよね。14度から25度ぐらいの間しか生きられないです。変温動物というのは何度でも生きられるみたいなイメージがありますけど、そんなことはなくて。

高橋:自分が活動できる温度がある。

森:そうです。変温動物といいながらも、そういうのがあって。あとは海にすんでいる海洋性のものが結構多いですね。

高橋:多いんですか。

森:種類としては、昆虫よりも多いといわれていて。

高橋:線虫だけで昆虫よりも多いのですか?

森:はい。

高橋:それ、すごいですね。

森:とにかく取って来たら全部新種みたいな感じで。だから爆発的に進化しているような感じですよね。

高橋:次々新しい種ができている・・・。

森:というか、見つからないというか、ちっちゃかったりするので。大体土の中で、寄生性がないものでいけば、大きくてもせいぜい数ミリですよね。ですから、そういうのを採ってくると、何だか分かんなくて。専門の先生に見ていただいても、何か分からないというか、新種になりますよね。そういう経験はしていますね。

高橋:たくさん種類がある線虫の中で、このC.elegansが実験に使われるようになったのは何か理由があるんですか?

森: それは、分子生物学の創始者の一人といわれているシドニー・ブレナー博士がこれを選んだんです。

高橋:選んだ。

森: 1960年代の初頭ぐらいに、分子生物学がグーッときて、DNAが分かってきてという時代がありました。そういう分子生物学を使って、やりたいことがあるというか、やるべき問題があると。一つは、生き物がいろんな形になりますよね。指が5本あったりとか、顔がこうあって、目が二つあってという、こういう形づくりですね。いわゆる発生学の問題にチャレンジすべきだと考えられた。それともう一つ重要なのは、神経がどうやって動くことによって、私たちは記憶したり、学習したり、おしゃべりができるのかということを解明したい。そのためにモデル動物というんですけど、実験材料の動物として、シドニー・ブレナーはたまたまC.elegansというのを選んだ。

高橋:前からelegansという名前がついていたんですね。これには。

森: 近縁種をやろうとか、いろいろ思っていたみたいなんですけど、でもC.elegansに収まったんですよね、最終的には。それは歴史的な分類学みたいなことをやってる先生の文献なんか見て、これにしたということもあって。面白いのは、彼はそのころ、すごく有名人というか、科学に非常に貢献している人だったんですけども、線虫の研究は一から始めたんですよ。先ほど申し上げた点、雌雄同体とオスと掛け合わせができるとか、突然変異体を取るとか。人工的に発がん物質を掛けて、へなちょこの、ちょっと体がちっちゃいとか、体が麻痺(まひ)してるとか、そういうのを取っていって、それを染色体上にマッピングしていく。ショウジョウバエでやられたようなことをどんどんやっていって。でも、雌雄同体とオスなので、ちょっと違うんですよね。メスとオスがいるわけじゃないので。それをコツコツやっていった。その時に、『弟子にしてください』という人が、ちょうど博士号を取ったぐらいの人たちが彼の元へ集まったんですね。それは、イギリスのケンブリッジの分子生物学研究所なんですけれども、そこで博士研究員として、世界中から優秀な人がグッと集まってきて。だけど、線虫の論文はゼロなんですよね、その時期は。

高橋:その時点では、まだね。

森: だから、例えばハーバードで博士号を取った若手研究者の中には『おまえさん、自分の人生を無駄にするのか』みたいなことを言われた人もいるんですよ。

高橋:そのブレナーのところに行くことに対して。

森: はい、そして『線虫なんかやり始めて』と。そういう人たちの話も聞いてますが、でも、最終的にはそういう人たちはノーベル賞を取ったんです。だから、当時の、そんな若手の人たちも周囲に流されないぶれない自分を持っていて、すごかったなと思いますね。

高橋:まずは線虫はどういう体の仕組みをしているのかとか、基本的なことを解明したわけですね。

森: そうです。だから、誰々は何をするみたいな。

高橋:分業態勢をつくって。

森: 分業態勢を自然とつくったというか、そういうことですよね。線虫研究からの最初のノーベル賞にもつながったのは、細胞がどうやって分裂していくかを見た人がいたんです。観察を続けて、結局、この体は959個の細胞からできているというのを、1つが2つ、4つになりというのを全部見ていって決めた。それは10年かかっている仕事です。そこから分かってきたものはたくさんあって。とても重要な発見は、細胞の中には死ぬために生まれて来る細胞があるという。

高橋:それは、線虫で見つかったんですか?

森: 見つかったんです。

高橋:ああ、そうなんですか。

森: 例えば応用としてはがん細胞のほうに持っていこうとか、そういうことも分かってきて。2002年に、シドニー・ブレナーも含めて3人の人がノーベル賞を取った。

高橋:神経系も完全に分かっているんですよね?

森: そうです。それに関しては、ジョン・ホワイトという人が中心となって、これは1個体をこういうふうに横断というか、こういうふうに切っていった。

高橋:スライスして。

森: スライスが2万枚。1ミリを2万枚に切り、電子顕微鏡写真をずっとトレースしていって、この神経細胞と、この神経細胞は、

高橋:つながっている。

森: というのを決めるのに15年かかったんです。

高橋:いや、気が遠くなりますね。

森: それは基本的にはイギリス人なんです。すごいですよ。その2万枚の写真が今でも保存されていて。うちの大学院生が1カ月ぐらいに留学していて、感動していました。『見た』と。

高橋:こんな小さな生物ですけれども、細胞がどうやって分裂して、この形になるのかも分かってるし、その中の神経細胞が、どれがどこに、どうつながっているのかも全部分かっていると。

森: そうなんです。

高橋:そういう生物はほかにいるんですか?

森: いないですね。

高橋:だから、これが実験によく使われる。森: そうです。そこに魅力を感じる人は行きますよね、そっちへ。

高橋:画面に神経細胞の、ニューロンのことが出ていますけど。

森: 先ほどの餌を食べるとかというところに、感覚器官も集中してあるんですね。味やにおいなどいろいろ感じるところがあるので、ここが重要なんですよね。この辺にあるのは、ちょっと横に大きくなっているものはいわゆる、先ほどの動きが、サインカーブできれいに動くために必要な・・

高橋:運動神経みたいなものですか?

森: そうです、運動神経です。いわゆる軸索という突起がここに束になっているんですよ。ここの間でシナプス結合をお互いにして、連絡し合っているので、ここは線虫の脳、ブレインというふうにいわれているんですけれども。

高橋:森先生ご自身のご研究は、この線虫を使ってどういうものを目指していらっしゃるんですか?

森: やはり神経回路をやろうと。もともと、九州大学で助手として赴任してからですね。そこでやろうと教授と決めて、始まったんですけど。どう考えても、この神経の配線図が分かっているとか、そういうことを使わない手はないなと思って。それで面白い、ここに出てきましたけれども、先ほど申し上げたように、ここの頭の先端のところに感覚器官があって、ここで温度とか、味とか、においとかを感じるんですね。私たちがやっているのは温度なんです。温度をここで感じて、ここでいろいろな情報処理をして、それで温度走性っていうんですけども、面白い行動をするんですね。それをやっています。実は温度を記憶していないとできないんです、この行動は。あとは、温度と餌があるかないかというのを学習していないと、連動して関連させていないとできない行動なので。

高橋:じゃあ、線虫は記憶もできるし、学習もできる。具体的にどういのが温度走性なんでしょうかね。図が出ますか?

森: これは温度走性という面白い行動がありますよと一番最初に出た論文の実験です。直径9センチのシャーレに寒天を薄くまいて、これを反対側にしているんですね。部屋の温度は25度にしています。これはガラスの瓶なんですが、この中に凍った酢酸を入れているんです。酢酸の融点が17度ぐらいなので、真ん中が17、18度ぐらいで、縁のほうが室温なので25度。サーモグラフィーで見ると、真ん中が低くて、均一ではないんですが、放射状の温度勾配ができる。この75年の論文の実験を私たちも再現しているということなんですが。こういうところに線虫を、例えば「×」のところに1個体ですね、大人の線虫を置いて。

高橋:1匹だけしか置かないのですか?

森: 何匹置いてもいいんですけど、どういうふうに動いたか軌跡を見たいので。例えば、これですよね。15度で、餌を食べさせた後に、餌がないシャーレに入れる。寒天しかないんですが、ここに線虫をコトッと置き、1時間ほったらかしておくと、温度勾配ができてますよね、レコード盤みたいに。15度で飼育すると、低いほうに行く。20度で飼育すると、大体この辺なので、20度に到達すると、そこでグルグル回るんです。到達した温度のところにずっと、ただいるんじゃなくて、サインカーブをかきながら、ずんずん回っているという。25度で飼育した場合は、やはり縁のほうに行って。

高橋:あったかいところに行って。

森: これは、専門用語になっちゃうんですけど、可塑性というのがありまして。例えば、こういうふうに移動している線虫がここにいますよね。1時間たって、こういうふうに動きましたと。この白図が動いた跡なんですが、これを今度15度で飼育し直す、餌を与えて。そうすると、こういう行動になるわけですね。

高橋:そっちになるわけですね。直前の記憶をもとに動くということですね。

森: そうです。3、4時間で条件付けというようなことができる。どの温度が好きというのはあるかもしれませんけど、そうじゃなくて、飼育した温度を覚えている。その時、餌がないといけないですが。お話しはしなかったんですけど、お腹を空かしている状況で飼われている時はですね、その温度から逃げるんです。

高橋:嫌な記憶があるわけだ。あそこは餌がなかったと。

森: そうです。だから、こっちへ行きそうになって、『ああ、こっち、駄目だ』とか、戻ったりとかして。だから、学習はしていると思います。温度を記憶しているだけじゃなくて、餌があったかないかということも、関連づけている。それは学習もしているということになりますね。

高橋:線虫には、こういうユニークな行動があると分かりました。もちろん、その背景には学習ができるし、記憶もできるんだという、線虫の神経の働きがあると。でも、この行動がありますというだけじゃ、研究になりませんよね。

森: そうです(笑い)。

高橋:その次は、この行動を決めているのは、神経の中のどういう仕組みなのかというところの解明ですが、そこが先生の研究テーマになるわけですよね。

森:もちろん、そうです。一つは、先ほどからずっと言っているように、神経回路を決めたいと思い、実験をしたというのがあります。まだ九州大学にいたころなんですけど、線虫に麻酔をかけて。神経細胞には全部名前がついているんですよ。959個に全部名前がついている。実は、これは、神経細胞の位置ですね。細胞体というか、位置なんですね。

高橋:そうなんですか。この緑のバックは何なんですか?

森: これが、こういうふうに餌を食べて、ここでグラインドするという。

高橋:要するに、腸ですか?

森: 腸はこちらですね。

高橋:あ、そうか、口から。

森: 胃でもあり、口でもあるみたいな感じで。ここが、軸索の束で、ここがシナプス結合がたくさんあるんですけど、そこのとこは、やっぱり物理的にここにないわけですね。

高橋:細胞はないわけですね。

森: はい、細胞がない。

高橋:線がいっぱいあるわけですね、あそこには。

森: そうです、線がグーッとたくさんあって。こういうのをレーザー光線で、2ミクロンぐらいなんですけど、熱で麻酔をかけて、そこに焦点を当てて殺すんですよ。

高橋:細胞を1つ。

森: このニューロンだけというか。

高橋:そんなこと、できるんですか。ものすごい細かい作業ですね。

森: できます。

高橋:見えるんですね、この神経細胞一つ一つが。

森: はい。とても重要なことを言い忘れちゃったんですけども、この線虫は体が透明なんです。

高橋:透明なんですね。

森: 透明なことで、メリットがものすごくありますよね。なので、ちょっと修行はいるんですけども、ちょっと修行すれば分かります。いわゆるその配線図はもう既にできてます。302個のやつは分かってるので。

高橋:そうすると、ある程度狙いを定めて。

森: はい、狙いを定めて、ズンドコやっていくと。いわゆる温度走性行動ですよね。あれに異常が出るかどうかというのをやっていくという仕事をしました。温度走性に非常に重要な神経回路のところは決めたんです。

高橋:それが、森先生のお仕事。

森: はい、名古屋大学に来る前ですけども。それは大変でしたが(笑い)。やっぱり大変な仕事でしたけども、でもやり通したみたいな。

高橋:そうですか。そうすると、どれだけの神経細胞が温度走性にはかかわっていますか。

森: 結局は、コアとなるところは5個しかなかったんですよ。運動ニューロンとかを殺しちゃったら動けなくなっちゃうので。これですよね。これは温度を感じるニューロン。これを決めて。この六角形は介在ニューロンで、情報処理をしているというふうにいわれているものなんです。ちなみに、脳は介在ニューロンなんですよ、基本が。

高橋:人間の脳はということですか?

森: はい。なので、私はこの時点でここがかかわっているというのが分かったら、この温度走性のシステムから離れられなくなっちゃって。要するに、脳をやりたいわけですから。ある種介在ニューロンというのは情報処理をたくさんしていて。例えば、このRIAというニューロンはいろんなところからいろんな刺激が来るんです。なので、何を優先するかということもたぶんやっていて。あとは、このAIYとAIZというのが、実はAIYを殺すと、とにかく低い温度にいっちゃう。このAIZを殺すと、とにかく高い温度にいっちゃって、恐らく、これとこれは何かバランスを取っているんだろうということは分かりました。これはXだったんですけど。

高橋:わかんなかったんですか?

森: 1995年の時点ではわからなかったんですが、2008年になって、これ、においニューロンだったと分かりました。においニューロンも温度を感じることが分かったというのが驚きでしたね。もう一つは、例えばこのAFDの中でどういうような化学的な連鎖反応といいますか、専門用語になると、シグナル伝達経路というんですけど。

高橋:化学物質を介して信号を伝えるということですよね。

森: はい。分子レベルでそういうことも知りたいわけなので、突然変異体を取ったんですね。温度走性が異常になる突然変異体というのが、線虫の場合は取れるので実験しやすいですね。もっと高等な動物になると、嫌がったりとか。

高橋:嫌がったり(笑い)。

森: たくさんの数がかせげないというのもあるので。それで突然変異体を取りますよね。突然変異体というのは、どっかの遺伝子に損傷がある。

高橋:そうですね。

森: そのために異常になりますよね。損傷がある遺伝子を発見するわけですよ。それは通常は、どこの神経細胞で働いているかというと、大体こういうところにいた。

高橋:なるほど。

森: だから、やっぱりこれが重要かなと。もちろん、これだけじゃないと思ってるんですけど、やっぱりここは非常にコアな、温度走性行動というのを決めているのにコアの神経回路だなというところで、ますます重要になったかなという。

高橋:さっき、ここ、介在ニューロンが脳だっていうお話でしたが、例えば目だったら、目のところにあるのが感覚ニューロンで、奥に行ってあるニューロンにこの名前がついているわけですね。介在ニューロンという名前ですね。

森: そうですね。脳だと1000億個。

高橋:人間の脳ですね。

森: 100億個から1000億個といわれているので。『まあ、線虫だったら何とかなるんじゃないかな』という、ちょっとあまい考えというか。そうやらないと、科学者は何もできない、前に進めないので。『302個だからできんじゃないのかな』と、いつも考えています。

高橋:関係するニューロンが五つだったというのは、ご自身としては『あ、こんなに少ないのか』という感じですか?

森: 思いました。こんなにある意味でクリアに出るのは、ほかにはないんですよ。

高橋:線虫の行動でもということですか?

森: においとか、ほかの化学物質に対する応答性もたくさん研究されているんですけど、20個とか。

高橋:関係する神経細胞がね。

森: はい、30個とか。30個になったら、10分1になっちゃうわね、全体が302個しかないので。だから、これは1個1個がたぶん重要な役割をしていて。私たちが思っているのは、『線虫だから特別だよ』ということではなくて、単純に数が少ないだけであって。

高橋:同じ仕組みが。

森: はい、同じなんじゃないかなと、やっぱり思っていて。高等動物、おサルとか、マウスとかやっている方でも、そういう考えの方たちも結構出てきていますね、今は。『線虫なんかはどうでもいいや』じゃなくって、線虫で分かったことは、ほ乳動物の非常に高等なものでもあてはまると。

高橋:成り立っていると。

森: はい。そういう考えは出てきていると思います。新しい考えとして。

高橋:まだまだお話を伺いますが、いったんここでコマーシャルです。

〈CM〉

高橋:『科学朝日』。本日のゲストはこの方、名古屋大学大学院理学研究科教授の森郁恵さんです。さて、ここまで、線虫のお話をいろいろ伺ってきました。これから森さんが研究者として成功されるまでの過程をちょっとお伺いしたいんですけれども、大学はお茶の水女子大の・・。

森: そうです。修士課程まで。

高橋:生物学科を修められて。

森: そうですね。

高橋:博士課程から、アメリカのワシントン大学ですか。

森: そうです。

高橋:なぜワシントン大学を選ばれたんですか?

森: やっていたことが集団遺伝学とかだったので、行くところがなかったという。

高橋:そうなんですか。

森: そのころお茶大には博士課程がはっきりしていなかったんですよ。私の同僚でも、ほかの例えば東大とか、都立大とか、東北大とかの博士課程に行っている人が多くて。私がやっていたのが集団遺伝学とか、理論生物学みたいなものだったので、日本ではちょっとないんです。お茶大の先生も、その先生の先生もみんなアメリカで博士号を取って。

高橋:勉強されてきた。

森: そういう方たちだったので、『研究者になるならアメリカに行け』みたいな感じで。『分かりました』みたいな感じでそのまま行ったという(笑い)。

高橋:いかがでしたか、初めての留学。

森: いやあ、それはもう『どうにかなるやろ』みたいな感じだったんですけど、それは大変でしたね。もう退学とのせめぎあいです。

高橋:勉強は厳しかったということですか?

森: 勉強というか、まず資格試験とかを受けさせられて。筆記試験なんですけど、それに2度落ちたら退学です。アメリカって、セカンド・チャンスをくれるので。日本でそれができるかどうかというのは、私は非常に疑問なんです。日本だと『一事が万事』とか言われちゃって。でも、アメリカは、これは駄目でも、こっちはできるとか。こう能力には長けてるけど、これが駄目だとか、その人のいいところとか、悪いとこがあって、それを認めてくれる国なので。

高橋:厳しい試験はあるけれども、落ちた人にはまた別の可能性が用意されているという。

森: そうです。落ちたからといって、みんなで『あの人、落ちたの』とか言わないんですよ。『こういうのには向いてなかった』というだけの話で。研究者にはある種の性格とか、ありますよね。ある種の能力というか。『それじゃなかったのね』というだけの話で。でも、私は留学しているので、やめるわけにもいかないというので。英語の問題もあり、大変でしたね。結構それは大変でした。

高橋:でも、頑張って合格したわけですね。

森: それは合格しました。その後に、親知らずが4本痛くなり(笑い)。生まれて初めて全身麻酔をかけられ、4本いっぺんに抜いて。麻酔から覚めたんです、私。大学の歯学部口腔外科というとこでやって、先生から『歩ける?』といわれて。『歩ける?』と言われると、脳の問題かもしれませんけど、いいかっこうをしたくなるって。

高橋:頑張って歩いちゃう。

森: 『歩けます』みたいな。『歩けます』と言ったら、『じゃあ、お帰りください』と言われて。その後、家で大変でしたね。介抱されて、友だちに(笑い)。『救急車、呼ぼうか』みたいになっちゃって。

高橋:そういう大変さもあったわけですね。

森: それもあったし、移民局がうるさいとか、ある程度の成績を取らないといけないというのもあって。あと、研究そのものも、私の先生は先ほどから話しているシドニー・ブレナーの第1世代の弟子なんですよね。この先生が非常に厳しくって。研究の基準というのが博士研究員なんですね。

高橋:博士を取った後の研究員ということですね。

森: はい、そうです。研究員が基準なので・・

高橋:博士号を取る前の人は・・

森: おまえなんか、駄目だみたいな感じで。アジアの英語もよく分からない留学生は何だみたいな感じで。でも、いいのはローテーション・システムというのがアメリカにはあって、3カ月ずつ、どさ回りさせられるんですね。ショウジョウバエの研究室に行こうと思っていたんですけど、『線虫もちょっとやってみるかな』って3カ月いるつもりが、5年半いたということになります。要するに、ショウジョウバエは捨てたというか。

高橋:お茶大にいる時は、ショウジョウバエをやっていたわけですね。

森: そうです。

高橋:アメリカへ行って、線虫にはまってしまった。

森: それは、ちょうどいろいろ分かったころだったんですよ。この配線図が分かりましたとか、細胞が分裂しているパターンが全部分かって、死ぬ運命の細胞があるというのも分かった。そういうのが全部分かって、『これは線虫に移ろう』と思って移ってしまいましたね。

高橋:日本に帰っていらした時は九州大学に行かれた。

森: そうです。助手で取っていただいたので。

高橋:それは、その口があったから帰ってきたという感じですか?

森: そうですね。『線虫のラボをセットアップしてください』と言われて、結構セットアップしました。アメリカではそこそこの大きなラボにいたので、何でも不自由なく、『イクエ、どれがいい?』とか言って、『これ』とか言って、それを買ってくれるとか。そうだったんですけど、日本だと、それが手に入らないですよね。

高橋:ゼロから、全部必要なものをそろえて。

森: そうです。だから手作りのものでいろんなものを作ったりしましたね。本当にアメリカではテクニシャンの研究補佐員の人がやってくださっていて、私たちは本当に甘やかされてたんです。

高橋:アメリカではね。

森: だから、それを日本でやらなくていけなくなり、要するに、学生さんとかに教えなきゃいけなくなるので、それも結構大変でしたね、最初のころは。

高橋:名古屋大にはどういうきっかけで移られたんですか?

森: 助手を9年ぐらいして、もうそろそろいいだろうみたいな感じで、応募して運良く採ってもらった。助教授だったんですけど、独立という形で採っていただいて、今年で14年目に入った。名古屋が一番長い感じです。

高橋:そうですか。2006年でしたか、猿橋賞をお取りになって。日本の中で、優れた女性研究者に贈られる一番有名な賞ですけれども、あの時は朝日新聞の『ひと』欄でも、先生のことを紹介させていただいたわけですけれども。その記事の中に『小学校の時に、裁縫箱はブルーを選んだ』というエピソードが紹介されていて、非常に印象に残っています。小学生時代から男の子になりたかったとか、そういうことですか?

森: じゃなくって、私はランドセルは黄色だったんですよ。幼稚園みたいなところで『どれがいい』と言われて、『あ、黄色がある』と思って。黄色が好きな色だったんで、『これ、買って』と言って、買ってもらったんです。

高橋:1人でしょう、黄色。

森: そんな感じです。それで学校に行ったら、女の子は赤で、男の子は黒で、『ああ、自分は黄色か』というぐらいなんですよ。4年生から家庭科が入ってくるんですよ。その時に先生が、男子はブルー、女子はピンクと決めて注文をしようとしていたので、とっさに『先生、私、ブルーにしてください』って。それは、小学生の10歳の抵抗ですよね。

高橋:決められていることが嫌だったということですか。

森: 社会に出て、その規範ですよね。一番最初に社会の規範を体験するのが小学校なんですよね。そこで、ボーボワールじゃないですけど、女は『第二の性』だみたいな感じで、ピンクのかわいらしいのを着とけみたいな、使っとけというのが嫌だったんですよ。でも、本当はピンクが好きだったんです。

高橋:そうなんですか(笑い)。

森: もう3年間・・

高橋:『ピンクにしとけば良かったな』と思って。

森: 3年間思い続けて・・

高橋:そうなんですか(笑い)。

森: という感じでしたね。小学校の時からそんなでしたね。

高橋:今、日本で女性研究者としてバリバリ活躍されているわけですけれども、どうですか、日本の女性研究者を取り巻く環境というのは?

森: それはすごく良くなったと思います。

高橋:良くなった。

森: 正直、私の時は、まだまだ『地雷を踏む』というか。男性が多いので、男性がつくってきた社会の中に女性が入っていくというので、いろいろあったんですけど、今はすごく良くなりましたね。今はすくすくと、皆さん、育っている感じはすごくあって、すごく応援してます。

高橋:研究室の学生さんは、男女比ってどんな感じですか?

森: 男女比は、ある時期、ちょっと男性がグッと増えたんですね。だけども、女性がまた来て、結構しっかりしていて、ちょっといい感じの人が来ています。

高橋:女性研究者を積極的に育てようとされているんですか?

森: ちょっとえこひいきしちゃいますね。

高橋:えこひいきしてますか。

森: ある意味で、心の中で。

高橋:それは、今の日本では必要なことだというお考えなんですね。

森: 思いますね。猿橋賞は必要だというふうに感じるのと同じように、それはやっぱりあるべきだなと、それは感じますね。

高橋:そうなんですね。きょうは、線虫のいろいろなお話とともに、日本の女性研究者を取り巻く環境についても、もっと言いたいことがおありになったら・・

森: もうありません(笑い)。

高橋:どうぞ、最後に一言、言いたいこと、おっしゃってくださいませ。

森: 研究は、私の中では一番のものなので、今後やりたいことがあるんです。記憶の本質というのは実はよく分かっていないんです。こんなことを言うとちょっと語弊があるかもしれませんけど、本質を分かるまで、今一歩というところに来ている感じなので、線虫から発信したい。例えば、アメリカでラボを持つという可能性もあったんですけども、そういうのはもう捨てて、日本から世界に発信するということをやるために、私は日本で頑張るという気持がすごく強いです。

高橋:そうなんですね。

森: 正直、アメリカに行くと、本当にリラックスして。構えてなくていいというか、『男に負けるか』みたいなことをしなくても認めてくれるというか、リラックスできるんですけども、それはいいんです。ストレスがかかってるんです、正直。

高橋:日本にいるとね。でも、『日本のために頑張るぞ』となってるわけですね。

森: そうです。それは男女関係なく。私の気負いだけなんですけど、1人で空回りしているかもしれませんけど、そういう気持はすごくありますね。

高橋:そういうお気持ちがあれば、きっと素晴らしい大発見がこれからやってくると思います。

森: そうなればと思いますけど(笑い)。

高橋:そうですね。本日はどうもありがとうございました。

森: ありがとうございました。

高橋:『科学朝日』、この辺で失礼いたします。