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【化学賞】ペンタゴン―小さな科学の妙

尾関章 科学ジャーナリスト

 いいところに目をつけた。ノーベル化学賞の発表を聞いて、まずそう思った。

 今年の受賞者に決まったダニエル・シェヒトマンさんの仕事は、役に立つ物質をつくったというよりも、新しい物質のありようを見いだした、ということに意味がある。結晶でもなく、非晶質(アモルファス)でもない。第三の固体といってもいいような物質の姿――準結晶を見つけたのである。

 結晶学に縁が深く、幾何学とも密接にかかわる。そんなことから物理学者や数学者の関心を集め、これまでの予想では物理学賞の候補として取りざたされることが多かった。なかなか獲れないな、と思っていたら、意外なことに化学賞がさらっていった。プレスリリースには「化学者の固体に対する概念を根底から変えた」とある。

 それまでの概念とは、固体の原子の並びに秩序を求めるならば、同じ構造が繰り返す周期性が欠かせないということだ。そして、この周期性には相性のよい図形がある。食塩の結晶に見られる正方形、雪の結晶に見られる正六角形……。だが、正五角形ばかりは周期になじまない。

 そのことで思い出すのは、今からふた昔も前の1988年、新聞の科学面で紹介した数値実験だ。当時、慶応義塾大学理工学部の教授だった米沢富美子さんのグループが、低温でアモルファスになったアルゴンの原子たちの振る舞いをコンピューター計算で再現してみせたのだ。その結果について書いた拙稿を引用しよう。

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