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東電福島原発事故の原因は津波による交流全電源喪失と言われている。今更仮定を述べてもしかたがないかもしれないが、工学的な観点のみで言えば、1号機から4号機に空冷式非常用ディーゼル電源が適切な場所に設置されていたならば、大量の放射性物質が外部に放出されるような大事故は防げたか、または事故になったとしても軽減された可能性はある。

 良識と良心のある原子力の専門家は反省するばかりでなく、事故を防げなかった構造的問題は何だったのかと真剣に議論している。工学的に顕在化した事故原因は物事の氷山の一角であり、その下部にはそれを支えている潜在的原因が深く刻印されているという議論は多い。

 米国スリーマイル島原子力発電所及びソ連チェルノブイリ原子力発電所で起こった過酷事故は日本では他人事と考えられ、ほとんど何も学ぶことにはならず、法的拘束力を持つ原子力規制に取り入れられることもなかった。日本の規制には安全目標もなく、品質保証重視行政に偏重していた。つまり、規制も木を見て森を見ずの状態におかれていた。

 原子力専門家の中にも地震や津波に対する原子力施設の安全性問題を提起する者もいたが、真剣に議論されることはなかった。和を尊重する日本人村では秩序を乱すと考えられたのかもしれない。仮に従来の方針を変更しようとしても、地元に原子力施設の安全性を強調している手前、ゼロベースで発想することは困難な状況におかれていた。組織が柔軟性を失いつつあったとも言えよう。国と電力の責任の所在も不明確だった。このような構造的問題が浮かび上がってくる。

 では、なぜ優秀な専門家は虚心坦懐に事物を見る目を失ったのであろうか。また、二度と同じことを繰り返さないようにするためにはどうすればいいのだろうか。

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筆者

寺岡伸章

寺岡伸章(てらおか・のぶあき) 寺岡伸章(日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席)

【退任】日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席。熊本県生まれ。東工大修士課程修了。旧科学技術庁・基礎研究推進企画官、タイ国家科学技術開発庁長官顧問、国立極地研究所事業部長などを経たあと、06年6月~10年9月まで理化学研究所中国事務所準備室長(北京)を務めた。中国の科学技術事情に詳しい。小説、エッセーの執筆も。※2012年3月末退任

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