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ヒッグス粒子の価値と値段

須藤靖

須藤靖 東京大学教授(宇宙物理学)

 万物は素粒子からなっている。これは、現代物理学が打ち立てた最も単純かつ深遠な世界観と言えるのではないだろうか。(現在知られている)世界をすべて説明し尽くすために必要かつ十分な素粒子のセット(いわゆる素粒子の標準模型)を理論的に特定し、その結果、「未知」の素粒子の存在を予言する。次に膨大な費用と時間と努力を投入して実験的に検証する。この素粒子の標準模型の確立に至る過程は、物理学のみならずすべての科学分野において、科学的方法論の威力を最も雄弁に証明してきた例だと思う。数え方にもよるが、この標準理論確立に貢献した約20名の理論・実験物理学者がすでにノーベル物理学賞を得ている。

 今回話題となったヒッグス粒子とは、この素粒子の標準理論において、唯一存在が確認されていない素粒子である。それがいかなるものかは、すでに別の場所で繰り返し紹介されているはずなので、ここでは繰り返さない。むしろ、12月13日にセルン(欧州合同原子核研究機関)で行われた発表前後の報道を通じて考えた最新の科学成果を共有することの意義を論じてみたい

 この世界を構成している未知の構成要素を発見する。その行為は極度に抽象的であり、ごく少数の選ばれた、浮世離れした学者が小さな実験室に閉じこもって研究に没頭しているというイメージがぴったりするのではなかろうか。むろん現実は全く異なる。

 今回の舞台となったスイスのジュネーブにあるセルンのLHC(大型ハドロン衝突型加速器)は、14年の歳月をかけて20カ国以上が5000億円を超える巨費を投じたビッグプロジェクトである。今回のヒッグス粒子探索に関与した2つの実験のうちの1つであるアトラス実験は、世界中から約150の研究機関(日本からは15の大学・研究機関)が参加し、2200人以上の研究者からなる国際共同研究とのこと。上述の偏見を完全に覆すスケールの実験である。

 ここまでくると、その実験自体がもはや国際社会の縮図と呼ぶにふさわしい規模観を帯びてくる。

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筆者

須藤靖

須藤靖(すとう・やすし) 東京大学教授(宇宙物理学)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。第22期・第23期日本学術会議会員。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に、『人生一般二相対論』(東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『この空のかなた』(亜紀書房)、『情けは宇宙のためならず』(毎日新聞社)、『不自然な宇宙』(講談社ブルーバックス)などがある。

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