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児玉龍彦現象――新しい科学者が現れた1年

尾関章 科学ジャーナリスト

 2011年は、日本の科学者が社会の風にさらされた年だった。

 なにもかにもが、東日本大震災とそれに続いて起こった東京電力福島第一原子力発電所の事故が引きがねとなった。科学界には、その発信が頼りにされた人がいる一方で、「御用学者」と批判されることになった人もいる。このことの検証は、科学者と科学ジャーナリストに課せられたテーマといえよう。

 年の終わりに、3・11後の日本社会に新しいタイプの科学者が現れ、存在感を示したことを記憶にとどめておきたい。

 東京大学アイソトープ総合センター長の児玉龍彦教授だ。7月の衆議院厚生労働委員会の参考人発言は、放射能災害で混迷する世の中に、衝撃をもって受けとめられた。

 「枝野官房長官が差し当たり健康に余り問題はないということをおっしゃいましたが、私はそのときに、実際にこれは大変なことになると思いました」「我々が放射線障害を見るときには総量を見ます。それでは一体、今回の福島原発の総量はどれくらいであるか」「はっきりした報告は全くされておりません」「何をやらなければいけないかというと、まず、汚染地で徹底した測定ができるようにするということを保証しなくてはいけません」

 たたみかけるような熱弁ぶりは、YouTubeに乗って全国に、いや全世界に広がった。これらの言葉が重みをもったのは「我々アイソトープ総合センターでは、現在まで毎週、七百キロメーター、大体一回四人ずつの所員を派遣しまして、南相馬市の除染に協力しております」という行動があったからだろう(発言は、衆議院サイトより引用)。

 以後、児玉さんは除染問題で、引く手あまたとなった。超党派の勉強会で環境省に「ノウハウがまったくない」と指摘したり、記者会見を開いて日本原子力研究開発機構主導のモデル事業を批判したりしている。野田政権の有識者会議でも、低線量被曝のリスクについて持論を展開した。

 12月22/29日付の英科学誌ネイチャーでは、今年、世界の科学界で「いい意味でも悪い意味でも影響を与えた」とされる10人に選ばれた。ネイチャー誌は、衆議院委員会の光景を描写して、児玉さんはこれによって「たちまち、福島災害の被災者を代弁する『熱血派の科学者(emotional scientist)』として知られるようになった」と評している。

 ここで忘れてはならないのは、児玉さんは決して「反体制」の科学者ではない、ということだ。

 私が児玉さんの名を初めて知ったのは、科学部医療班のキャップをしていた1990年のことだった。動脈硬化にかかわる遺伝子が見つかった、というニュースを小紙が載せたのだが、その発見者が「東大病院第3内科の児玉龍彦助手」たちだった。論文が載ったのがネイチャー、というのもなにかの因縁か。この話を取材して記事にした医療班の岩切勉記者は、しばらくして「ひと」欄でも児玉さんを紹介したが、そこで披瀝された発見談がおもしろい。

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筆者

尾関章

尾関章(おぜき・あきら) 科学ジャーナリスト

1977年、朝日新聞社に入り、ヨーロッパ総局員、科学医療部長、論説副主幹などを務めた。2013年に退職、16年3月まで2年間、北海道大学客員教授。関心領域は基礎科学とその周辺。著書に『科学をいまどう語るか――啓蒙から批評へ』(岩波現代全書)、『量子論の宿題は解けるか』(講談社ブルーバックス)、共著に『量子の新時代』(朝日新書)。1週1冊のブログ「本読みby chance」を開設中。

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