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サル学から考える少子高齢社会の行方

山極寿一 京都大学総長、ゴリラ研究者

 第1期ベビーブーム世代が定年を迎え、日本は多くの高齢者人口を抱えることになった。2011年はわずかに出生率が上昇する兆しを見せたが、それでもまだ1.39で、人口は減っていくことに変わりはない。その変化に従って、私たち日本人は徐々に暮らしをつくり変えていかねばならない。そこでは、右肩上がりの経済成長に合致した核家族ではなく、新しい形の家族や共同体が必要となる。いったいどういった社会が、求められているのか。これまで経済や社会の観点からこの問題を扱った論考は数多い。私はそこに生物学の視点を加えてみたいと思う。

 実は、ヒトの仲間のヒト科類人猿は、みな少子社会に生きている。寿命は40~50年あり、メスは子どもを産める期間が20年余りあるが、生涯につくる子どもの数は4、5頭に過ぎない。そのうち繁殖できる年齢まで生き残るのは2頭以下なので、類人猿の生息数は減少の一途をたどっている。

 なぜそれほど少ない数の子どもしか産めないのか。それは、出産間隔が長いからだ。類人猿の赤ん坊は長い間お乳を吸って育つ。ゴリラで3~4年、チンパンジーで5年、オランウータンで4年も授乳する。その間は排卵が止まり、母親は妊娠できないから、出産間隔が長くなる。でも、授乳が終わると、類人猿の子どもは、すでにおとなと同じ堅い野生の食物を食べる歯と胃腸を備えている。

 ところが、人間の子どもは、ずいぶん変わった成長をする。乳離れは2歳以下と早いのに、6歳にならないと永久歯が生えないから特別な食べ物が必要になる。自立した暮らしができるまでに20年近い歳月がかかる。その結果、たくさんの手のかかる子どもを抱えることになるのである。

 これははるか昔に、人間の祖先が安全な森林から肉食獣の多い草原へと進出した頃、幼児死亡率の増加に対処するためにとった多産戦略の結果である。そして、多大なエネルギーを消費する脳が発達したおかげで、大きな脳を完成させるために成長期間を延ばす必要が生じた。この多産と長い成長期を支えるために、人間は共同の保育を始め、家族をつくり、寿命を延ばして老齢者が子育てを助ける共同体を生み出したのである。

 多産は授乳期を縮めることによって可能になった。だから、母乳に代わる食物があれば授乳期間を調節できる。妊娠するか否かを選択することもでき、事実人間は昔からその方法を考案してきた。しかし、子どもの成長期間を縮めることはできない。少子になって子どもの数は減ったが、長い間手がかかることには変わりはないのである。人間にとって寿命を延ばすことが、子どもの生存を助ける条件だった。少子になって、人々が子育てに直接かかわる機会は減少した。社会から子供の姿が消えつつある。これが現在、私たちが直面している課題である。

 人間の社会性は、それぞれが子育ての多様なかかわり方を分担することによってつくられてきた。今、人々の生きる目標は子育てから離れ、自己実現へ向かい始めている。個人の幸福や栄誉を求めて競い合い、その達成度によって格差を自覚する社会になりつつある。子育てはそのための手段にすらなりつつある。

 現代の人々は他人に頼らなくても生きていける。世界の情報はインターネットで簡単に得られるし、必要品は通販で入手できる。だれとも顔を合わすことなく、声を交わすこともせずに暮らすことができるのだ。個人の便利さと効率化を追求する社会では、それを妨げる子どもの姿はだんだん希薄になる運命にある。子どもにとってもおとなの世代と接触する機会が減り、多様な生き方を学ぶ道が閉ざされていく。

 しかし、たとえ子育てと直接関係がない人々も、次世代のために協力し合うことを忘れてはならない。子どもたちの未来をつくることは、今の時代でも自己の利益を考えずに人々が協力し合える共通の目標である。そのためには個人の暮らしに閉じこもるのではなく、みんなが楽しく寄りあえる場所づくりが必要だ。今、フリーマーケットや小さなコンサートが流行っているのは、地域のコミュニティをみんなが求めている表れだろう。これからは独り暮らしの高齢者や子どものいない夫婦が増える。国際結婚や同性のカップルも増えるだろう。そういった多様な人々が家族のように付き合え、子どもたちと触れ合える場所を増やしていくことが、共感力の高い社会をつくるために不可欠だと思う。

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筆者

山極寿一

山極寿一(やまぎわ・じゅいち) 京都大学総長、ゴリラ研究者

京都大学総長。アフリカの各地でゴリラの野外研究に従事し、その行動や生態から人類に特有な社会特徴の由来を探り、霊長類学者の目で社会事件などについても発言してきた。著書に『家族進化論』(東京大学出版会)、『暴力はどこからきたか』(NHKブック ス)、『ゴリラは語る』(講談社)、『野生のゴリラに再会する』(くもん出版)など。

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