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【科学朝日】素粒子物理実験が騒がしい(collaborate with 朝日ニュースター、1月12日放送)

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 朝日グループのジャーナリズムTV「朝日ニュースター」は、通信衛星などを利用して24時間放送しているテレビチャンネルで、ケーブルテレビ局やスカパー!などを通じて有料視聴することができます。昨年4月から始まった新番組「科学朝日」は、高橋真理子・朝日新聞編集委員がレギュラー出演する科学トーク番組です。WEBRONZAでは、番組内容をスペシャル記事としてテキスト化してお届けします。

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ゲスト 東京大学数物連携宇宙研究機構機構長 村山斉さん

高橋:こんばんは。科学の最先端にひたる『科学朝日』。案内役の高橋真理子です。2012年、新しい年の『科学朝日』は、基礎科学中の基礎科学、素粒子物理学からスタートします。昨年、欧州合同原子核研究機関(セルン)から、耳目を集めるニュースが飛び出しました。一つは「光よりも早い粒子があるという実験結果が出た」というもの。もう一つは、「ヒッグス粒子の兆候が見つかった」というものでした。もっとも、一般の方たちは、「だからどうしたの?」と受け止められた方が多かったのではないでしょうか。本日のテーマは「素粒子実験が騒がしい」。皆さんのモヤモヤした思いを私が代弁して、この道のエキスパートにぶつけていきます。ぶつける相手は、素粒子物理学の若きプリンス、村山斉さんです。こんばんは。

村山:こんばんは。よろしくお願いします。

高橋:村山さんは、東京大学国際高等研究所数物連携宇宙研究機構機構長という……

村山:すみません、長い名前で。

高橋:大変長い肩書を持つ研究者ですが、2007年にこの組織ができまして、そのときに初代機構長として就任されました。米国のカリフォルニア大学バークレー校の教授でいらして、そこからやってきたわけですよね。

村山:はい。

高橋:で、今も、バークレーのほうもやっていらっしゃるんですね。

村山:ええ。今もそちらも兼任しています。

高橋:その当時、2007年のときにですね、東大総長よりも給料が高いということで話題になりました。

村山:アメリカの大学は日本よりもずっと給料がいいので、現給保証と言うことでそうなってしまいました。でも実は、ドル建てなので、その後円高になってグーッと給料は下がってしまいましたけれども。

高橋:そうなんですか。じゃあ、今は総長よりは。

村山:低いと思います。

高橋:そうですか。さらにもっと広く日本の方々に知られるようになったきっかけになったのが、このご本ですね。『宇宙は何でできているのか 素粒子物理学で解く宇宙の謎』という新書ですけれども、これが科学書としては異例の売れ行きを見せたんですね。結局何部ぐらい売れたんですか。

村山:出版社によると、19刷で27万8,000部発行したそうです。

高橋:そうですか。この手の難しい本が5万越えてもすごいなという感じが……

村山:本人が一番びっくりしていますけれども。

高橋:27万8,000部ですか。この本の印税は、数物連携宇宙研究機構のほうに寄付されたんですね。

村山:はい。全部、出版社から直接東大に入るようになっていまして、私には1銭も入ってこない。大失敗です。

高橋:大失敗ですか(笑い)。そうですか。早速ですけれども、昨年、セルンから出てきた二つの大きなニュース、村山さんはどのように受け止めておられるんですか。

村山:そうですね、二つ大きなニュースがあって、一つは光速を超えたニュートリノ。これはどこかなんか怪しいなと実は思っています。

高橋:怪しいんですね。

村山:ええ。もう一つは、ヒッグスが見つかってきてるんじゃないかと。

高橋:ええ。

村山:これは本当に大事な問題に王手がかかってきてるって。これは非常に興奮しますね。

高橋:なるほど。それではCMを挟んでじっくりとお話を伺っていきます。いったんここでCMです。

【CM】

高橋:『科学朝日』。本日のゲストはこの方、東京大学数物連携宇宙研究機構機構長の村山斉さんです。あらためましてよろしくお願いします。

村山:よろしくお願いします。

高橋:本日のテーマは「素粒子物理実験が騒がしい」ということなんですが、普段は素粒子物理実験て静かにやってるんですよね。

村山:本人たちはいつも大騒ぎしてやってるんですよ。しょっちゅう、実験て、なにかうまくいかなかったり、仲間内で一緒にやるのも大変だし、お金の工面が大変だったり。しかもニュートリノを打つ実験なんていうのは、打つたびにすごい音がするんですね。ゴーン、ゴーンて。本人たちは騒がしくやってるんですけども、一般の方は何が行われてるかご存じないという意味では静かにやってるって、そういうことだと思いますが。

高橋:そうなんですね。機構長を務めておられる数物連携宇宙研究機構でも実験てやっていらっしゃるんですか。

村山:やってます。特に神岡鉱山の中でいろいろな実験が行われていて、その実験に三つ参加しています。

高橋:三つ。具体的にはどんな。

村山:一つの実験は、スーパーカミオカンデという実験で、もともと小柴(昌俊)さんがノーベル賞を取ったというのは、遠くの超新星が爆発したときに出たニュートリノが、なんと16万年かかってやってきたのをつかまえたと。それでノーベル賞を取られたわけですけれども、その16万光年よりももっと遠くの超新星から来るニュートリノをなんとかつかまえられないかと。そういう計画を今練っているのが一つです。もう一つは、これはずっと長いこと懸案なんですけれども、宇宙にはなぜか、物質はあるんだけども、反物質がない。もともと宇宙ができたときにはたぶん同じぐらいあったわけですよね。そのままだと全部、出会うと消滅してまたなくなってしまうから、宇宙は空っぽになる。なんとかしてその反物質のごく一部をちょっと物質に変えてやるということができないと、われわれは生き残れないわけですね。

高橋:はい。

村山:では、物質と反物質が入れ替わるような反応は本当にあるんだろうか。それを探すという実験が二つ目です。三つ目は、宇宙のほとんどの物質は、実は普通の原子、われわれが作っている原子ではなくて、暗黒物質というわけのわからないものだということもわかってきているので、その暗黒物質を直接捕まえたいという、そういう実験が三つ目。その三つの実験を今やってます。

高橋:それは、全部神岡を舞台にしている実験なわけですね。

村山:はい。そうです。

高橋:今回、ニュースの元になったのはセルンというヨーロッパのスイスとフランスの国境にある大きな研究所なんですけれども、ここに『朝日新聞』で使った図が出てきましたね。この鉄道線は山手線を表しているんですね。で、日本で一番大きい加速器というのは筑波にあるKEKBですね、これ一番下に書いてありますけれども、これが直径約1キロ。直径1キロということは、円周は1掛ける3.14だから約3キロということになるわけですけれども、その次の丸が、アメリカでこれが一番大きいんですかね。

村山:そうですね。

高橋:一番大きいテバトロンという名前の加速器。これはイリノイ州にあるんだそうですけども、シカゴがある州ですね。そこが周囲が6キロですね。だから直径2キロということになりますかね。それに対して、この赤いのがLHC、スイス、フランス国境にあるセルンの加速器ですけれども、1周約27キロと、ずば抜けて大きいというのがこれを見るとよくわかりますね。

村山:ええ。巨大ですね。

高橋:なんでこんなに大きいものをスイス、フランス国境に造らなければならなかったのか。

村山:ええ、やっぱり、加速器の実験の目的というのは、宇宙の始まりをなんとか実験室の中で再現したいわけです。宇宙の初めっていったい何が起こったんだろうかと調べようと思うと、宇宙の始まりはビッグバンですから、ものすごいエネルギーがあったと。そういうものすごいエネルギーで起きていた反応というのを実験室の中でもう一遍再現するんだと。それを調べることで宇宙の始まりを知っていきたいということが目的なわけです。ですから、粒子を加速してものすごいエネルギーでドカンとぶつけたい。それをグルグル回しながら、何遍も何遍もぶつけて実験したいわけなんです。ところが、ものすごいエネルギーを持っている粒子というのは、曲げようとすると、曲げるたびに光がワアッと出てしまって、せっかく高いエネルギーなのに、光を出してエネルギーを失ってしまうんです。ですから、ギューッと曲げようと思って小さい実験室を作ろうと思うと、曲げるたびにどんどんエネルギーを失ってしまって、加速するどころかどんどんエネルギーが減ってしまう。ある程度大きくしておけば、ゆっくりゆっくり曲げながらグルグル回れますから、それでなんとか高いエネルギーを保って実験ができる。それで、どんどんこういう大きな装置が必要になっちゃうんです。

高橋:カミオカンデはこういうタイプとは違うわけですよね。

村山:そうですね。カミオカンデは加速器を使っていません。宇宙を探る方法に二つあるんです。できるだけ高いエネルギーにいってビッグバンを再現しようというのが一つの方法。もう一つは、今の宇宙ではほとんど起きないような反応なんだけども、じっと我慢して待てばなんとか起きてくれるんじゃないか。それこそ、カミオカンデで探しているような、もしかしたら陽子が壊れるかもしれないという、そういう実験は、宇宙の年齢の137億年よりもずっと長い10の34乗年に1遍しか起きないような反応を探すというわけです。じっと待って探すというやり方か、とにかく無理やりやって作ってしまおうというやり方か。よくいうのは、徳川家康的なやり方は、ホトトギスが鳴くまで待つ。じっと我慢してやる。それがカミオカンデ的なやり方。それから、豊臣秀吉的に鳴かせてみようというのが加速器実験。そんな感じです。

高橋:信長はいないんですか(笑い)。

村山:殺してしまえというのはちょっと。殺してしまっては元も子もないと思うので。

高橋:なるほど。これは2008年10月13日付の『朝日新聞』の記事なんですけれども、左のほうにセルンの絵が描いてありますね。あれは地下なんですね。丸いリングがあるのは。

村山:ええ。地下です。

高橋:上のほうは山なんですね。

村山:ジュラ山脈というのがつながってます。

高橋:ええ。この中がどうなっているかというと、写真も出ますでしょうか。こんな感じでトンネルがずっとあって、その中にこういう土管みたいなのがグルッと回っていて、この土管の中で素粒子がものすごいスピードで回っていると。

村山:はい。これはみんなものすごいハイテクの機械なんです。それが27キロにわたってダアッと敷き詰められていると。あまりに大きいので、トンネルが曲がっているのは、ようく見るとわかりますけれども、ほとんど気が付かないぐらいじゃないですか。

高橋:真っすぐに見えますね。

村山:ええ。それぐらい大きいというのもこれで少しわかるんじゃないかと思います。

高橋:この土管の中は真空になってるんですか。

村山:真空になってますね。しかも、液体ヘリウムの温度まで下げているのでものすごく冷たいです。

高橋:これ、もっと小さい加速器というのは医療にも使われているんですよね。

村山:はい。

高橋:それは、その加速した粒子をがん細胞のところに直接ぶつけるというような使い方ですよね。

村山:はい。日本にも何千台もあるんです。

高橋:何千台もありますか。

村山:ええ。

高橋:そうですか。セルンのLHCは、何と何を加速してるんでしたっけ。

村山:この実験の場合には、陽子。水素の一番真ん中にある原子核が陽子なんですけども、その陽子をこちら側からもこちら側からも加速してぶつけるという、そういう実験です。

高橋:両方とも陽子なんですね。

村山:両方とも陽子です。

高橋:違う方向に走らせるのは。

村山:それは実は難しいんです。

高橋:そうですよね。

村山:ええ。放っとけば粒子は真っすぐ走ってしまう。それを無理やり磁石の力で曲げてるわけなんです。陽子はこっち向きに走っているのを磁石でこっち向きに曲げる。反対から同じ陽子がやってきたら、やっぱりこっち向きに曲がっちゃいますから反対の方向にいっちゃうわけです。ですから、これはものすごく工夫してやって、磁石があるんですけれども、N極とS極があったら、こっちはこっち向き、こっちはこっち向きという反対向きの磁石の力がかかってる。だから、こっち向きに行く陽子はこっち側の磁石でこう曲がる。向こうから来る陽子はこっち側の磁石で、やっぱりこっち側に曲がるという非常に凝ったことをやってます。

高橋:はあ。そうなんですか。ぶつけるときはどうするんですか。二つが走ってるときは別の道を走ってるわけですよね。

村山:別の管の中を走ってるわけです。

高橋:そうですよね。ぶつけるときはどうするんですか。

村山:ぶつけるときには、そもそも、粒子がやってきてもものすごく小さい粒ですから、そのままぶつけたのではスカスカッといってしまってぶつかってくれないわけです。なんとかぶつけようと思うと、これをギューッと絞ります。できるだけ絞る。できるだけ絞ったやつを、また磁石の力でコントロールして、ちゃんと正面衝突するようにするんです。

高橋:ふーん。

村山:とはいっても、やっぱり小さい粒々の集まりですから、ぶつかるのはなかなか難しいです。

高橋:ええ、そうでしょうね。

村山:そのぶつける束の中に、だいたい1,000億個ぐらいの陽子が入ってるんですけども、それをギューッと絞って両側から1,000億個やってきてぶつけようとする。でも当たるのはその中の10個ぐらいです。

高橋:1,000じゃなくて、1,000億個中の10個ですか。

村山:10個ぐらいが当たってくれる。

高橋:はあー。でも、その10個を当てるだけのためにもそうとういろいろなハイテクを使わないとできないということですよね。

村山:そうです。

高橋:これの実験が始まったのが2010年3月ですか。ヒッグス粒子探しを始めますという、これが新聞記事に出たのが3月31日ですけれども、このときの見出しが「「質量の起源探し」開始」となっています。質量の起源がなぜヒッグスなのかはまた後ほど解説していただくとして、このヒッグス粒子を探そうというのは、ずっと物理学の大きな課題になっていて、先ほど出てきたアメリカのテバトロンでも探していたんですよね。

村山:もちろんそうです。テバトロン以前にも日本の加速器でも探したことありますし、ヨーロッパのほかの加速器でも探していましたし、1960年代から基本的にずっと探し続けてるといっていいと思います。

高橋:60年代から探してたんですか。

村山:ええ。

高橋:全くしっぽがつかめず。

村山:ええ。かれこれ50年。まだまだ。でも、やっと王手がかかったかなというところに来たというのがすごいです。

高橋:ああ。次の新聞記事出ますでしょうか。これは昨年2011年の5月12日の記事ですけれども、これは「「神の粒子」またも空振り」という見出しになっていますけれども、これはヒッグス粒子が見つかったという噂がこの年の4月に駆け巡ったけれども、実験チームからまだ見つかっていないという正式発表があった。こういう話です。このときは、神の粒子という見出しですけど、なんで神の粒子なんですか。

村山:これはもともと本のタイトルなんです。レオン・レーダーマンというノーベル物理学賞を取った人が、ヒッグス粒子を探すのがどんなに大事なことかということを一般向けにすごく面白く書いた本があるんです。すごく面白い本で、ぜひ読んでみていただきたいと思うんですけれども、そのタイトルに神の粒子と書いてあるんです。ですから、50年探してきたわけですけれども、私たちの宇宙の理解にすごく大事な基本的な粒子なので、これはすごく大事だということを言いたくて神の粒子というタイトルを付けた。それがこういうところで使われているんだと思います。

高橋:要するに、大事だということを意味しているわけですね、神という言葉で。

村山:そうですね。

高橋:あるときは神の粒子、あるときは質量の起源と。このへんでヒッグス粒子は何ぞやというところを教えていただきたいと思うんですけれども。

村山:ええ。そうですね。では、ちょっと話がさかのぼりますけど、そもそも、質量の起源ということは、質量、重さということを考えているわけですよね。

高橋:はい。

村山:重さというのは、アインシュタインの有名な式で、E=mc2(2乗)というのがあります。mというのが重さでEがエネルギーですから、重さがあるものはみんなエネルギーがあるんだとアインシュタインは言っているわけです。

高橋:cは光の速さですから、c二乗を掛けるというととてつもなく大きなエネルギーになるということですね。

村山:はい、そうです。それ、ちょっと考えると不思議なことだと思うんですね。素粒子って小さな粒なわけですけど、これをポッと置いとくじゃないですか。何もしてない。でも、重さがあるということは、もうここにすごいエネルギーがあるというわけで、なんで何もしてないのにエネルギーがあるんだろうか。

高橋:うーん。

村山:エネルギーといわれると、例えば、物が動いているとか、すごく高いとこに上げたとか、何かあったからエネルギーを持っているんだって普通は思うわけなんですけど、何もしてないこの粒がなんでエネルギーを持っているのか。そもそもこれはすごく不思議なことなんです。

高橋:うーん。

村山:私たち、例えば、体重計に乗って、今日はちょっと体重が重いなとか気にするわけですけども、あの重さというのは、実は、物が動いてるからなんです。私たちの体の中に、先ほど言った陽子というのがたくさん入っているわけですけども、陽子というのは、実は素粒子、点ではなくて、中に仕組みがあるんです。中にクォークというのが三つ入ってます。そのクォークというのは、1個1個はほとんど重さをもっていないんですけども、陽子の中をグングン光の速さで飛び回っていると。ですから、止まっているように見える陽子の中にクォークがブンブン飛んでる。そのエネルギーを私たちは体重計で測ってるんです。

高橋:それが陽子の質量であると。

村山:ええ。ですから、エネルギーがあるということは、やっぱり、誰かが何かしているんだというのが普通の考えなわけです。

高橋:ええ。

村山:じゃあ、例えば、その電子みたいな、これも素粒子だと思ってるわけなんですけど、私たちの体の中にたくさんあると。それは、止まってても重さがある。エネルギーがある。何もしてないのにどうしてエネルギーがあるんだろうか。これを解決してくれるというのが、ヒッグス粒子の偉いところなんです。

高橋:ふーん。陽子は中のクォークが動き回ってるから質量があるんだということで理解できると。だけど、電子は素粒子だから、本当の粒で中に何も構造はない。なのに、止まっててエネルギーを持っている。変じゃないか。

村山:ええ。

高橋:変だと今まで思ってなかったですね。

村山:ええ。普通は物に重さがあるのが当たり前だと思ってますから、考えるまで気が付かないんですけど、よくよく考えてみて、重さはエネルギーだと思うと、その重さがあるというのは、このエネルギーはどこからきてるんだろうなと、不思議になってくるわけです。

高橋:なるほど。それで、ヒッグスがどう関係してくるんですか。

村山:それで、ヒッグスというのは、宇宙の中に満ち満ちてる液体のようなものだというふうに考えられてるんです。

高橋:液体なんですか。粒子って言ってるじゃないですか。

村山:粒子がたくさん集まって、全体として液体のような振る舞いをしているという、そういうイメージだと思ってください。宇宙全体がそれで満ち満ちてて、われわれはその中を動いてるんですよ。

高橋:はい。

村山:そうすると、電子は止まっていると言いましたけど、実は本当は、重さがなくて光速で、光の速さで飛んでるというんです。光の速さで飛んでいるんだけども、周りに液体が満ち満ちてますから、その液体にコツンコツンぶつかると。コツンコツンコツコツってやってるっていうのが、われわれから見ると止まってるような気がしてるんですけど、実はいつも小突かれてるんです。小突かれてグングン動いてるので、そのエネルギーを私たちは電子の重さだと思ってる。

高橋:ああ。でも、ほんの少ししか動かないわけですね。電子の大きさぐらいの範囲でコツコツコツコツ動いてると。

村山:だから、私たちが普通見ると、そういうふうに動いてるというのは気が付かないわけなんですけれども、もし、例えば、この瞬間に宇宙に満ちてるヒッグスの液体がなくなったとします。そうすると、私たちの体は一瞬でバラバラになります。

高橋:どうしてですか。

村山:なぜかというと、私たちの体は原子でできてるじゃないですか。

高橋:ええ。

村山:原子というのは原子核の周りの電子がグルグル回ってくれてるわけなんですけど、ヒッグスがなくなったら電子に重さがなくなりますよね。突然光の速さで飛ぶようになりますよね。

高橋:飛んでっちゃうんだ、どっかに。

村山:ええ。だから、私たちの体は1ナノ秒ぐらいでバッとバラバラになってしまいます。これがないと本当に困るんですよ。

高橋:ないと困るけれども、今まで見つけようとしても見つからなかった。

村山:ええ。宇宙が液体で満ち満ちているはずだというのは、もちろんずっといわれていたんですけれども、じゃあ、何でできた液体なんだろうか。液体ですから、いろいろな粒々が集まってできていると思ってて、それをヒッグス粒子といっているわけなんですけど、それが何でできてるのかまだわかってない。で、このLHC実験のミソは、とにかく、宇宙のどこへ行ってもそれがあるというわけですから、エネルギーさえつぎ込んでやれば、そこに満ちてる、ここにあるものをゴンてはじき飛ばせるんじゃないか。はじき飛ばせば、ここにこれがあったんだなということがわかる。宇宙はこれで満ちてるんだなということがわかる。それが目的なんです。

高橋:ふーん。ちょっと待ってください、はじき飛ばすために大きなエネルギーがいるんですか。

村山:ええ。その液体の中にずっとみんな、ヒッグス粒子でできた液体が宇宙中にあるわけじゃないですか。だけどそれは、液体の中だからおとなしく収まっているわけなんですけども、そこから1個だけ取り出そうと思うと、ゴツンとたたかないと出てこないんですよ。

高橋:だけど、宇宙がその液体で満ち満ちてるとすると、外ってないじゃないですか。全部液体が満ち満ちてるんでしょう。

村山:ええ、そうなんです。

高橋:どこに取り出すんですか。

村山:液体の中なんだけれども、粒々の集まりでできてるわけだから、全体の液体の中から1個だけの粒をはじき飛ばすんです。

高橋:でも、飛ばした先もその液体の中でしょう。

村山:もちろん液体の中なんですけども、ヒッグス自身も液体の中をゴツンゴツンやりながら運動できるんですよ。

高橋:はい。

村山:ヒッグスも重さがあると。その自分の重さも、実は、自分にゴツンゴツンやられて小突かれるので重さを持ってるわけですから、ゴンてやるとはじき飛ばされる。はじき飛ばされたヒッグスも宇宙の中をゴツンゴツンやりながら運動してるのをつかまえたいと。そういうことなんです。

高橋:ああ。はじき飛ばさないときは静かにしてるんですか。

村山:静かにそこに収まっちゃってる。ちょうどコップの中の水を思ってみると、この中に静かにしてるじゃないですか。だけど、水の分子を1個だけゴンとたたいたら、その水の分子が水の中をズブズブと走り出すことできますよね。

高橋:まあできるでしょうね。

村山:そんな感じです。

高橋:それをどうやって見るんですか。

村山:ええ。そのズブズブーッて走りだしたヒッグス粒子は、実は走っているうちにすぐ壊れちゃうんです。壊れちゃった後出てくるものを見つけることで、ここにこれがあったんだなということを確認するという、そういうやり方です。

高橋:どういうふうに壊れるかはわかってるんですか。

村山:これは本当はわかってないです。何でできてるかわかってないですから。でも、取りあえず、標準模型といわれている模型があって、その模型を信じると、このヒッグス粒子はこういうふうに壊れるはずだと。例えば、このぐらいの重さのヒッグス粒子があれば、これは光の粒二つに壊れるんだということが計算できるので、光の粒二つを見つけましょうと。見つけたやつをくっつけてみると、一つの重さに対応するかどうか調べられる。そうやって、本当にこれはヒッグス粒子なのかなということを調べていくという、そういうやり方です。

高橋:探すものは光だったりするわけですね。

村山:そうです。

高橋:今回の実験結果は、光を探した結果だったんですか。

村山:いろいろなやり方を組み合わせています。ヒッグス粒子も光の粒二つに壊れるときもあるし、もっとずっと重いWボソンという別の粒子があるんですけども、それに壊れる、そういうこともあるし、いろんな可能性があるので、できるだけいろんな可能性をしらみつぶしに調べていってしっぽをつかもうと。1個1個全部難しいんですよ、探すのが。だから、これだけ頑張って探してもなかなか見つからない、これだけ頑張って探してもなかなか見つからない、ありとあらゆることをやってなんとかしっぽをつかもうという、そういうやり方です。

高橋:セルンの発表は、まだ発見したとは言わなかったんですよね。その兆しがあるということだったんですけれども、それはなぜ発見したといえないんですか。

村山:素粒子物理とか、一般的に物理学だと、みんな結構厳しいことをいうんです。発見したというのは、やっぱり発見というとすごく大変なことですから、「本当にそれ発見なの?」と。みんな周りの人は、すごく、ちょっと懐疑的に、「これ本当に正しい発見なんだろうか」というのを調べるわけなんです。ですから、一般の人は、「99%確実で」といったら、「これはもう本当だね」と思うわけなんですけども、物理学者はそれを許さない。99.999%ぐらいまでいってはじめて、「ああ、それなら本当かな」というふうにみんな納得してくれると。で、まだ99%ぐらいなんです。これだとみんな、「これは本当に発見ですね」とは納得してくれないんです。

高橋:ふーん。それは、出てきたものから元を推測してるという、そのやり方で、99%だというところまでしかいえないということなんですね。

村山:ええ。そこで一番問題なのは、陽子と陽子をぶつけて実験するわけですけれども、陽子というのはクォーク三つが詰まった、いってみればお饅頭みたいなものなんです。お饅頭同士をビシャッとぶつけると、ビシャビシャビシャッといろんなものが出てきますよね、結構周りにいろんなものがあるわけなんですよ。そういう邪魔なものがたくさんある中で欲しいものを探すので、よく、干し草の山の中から針1本探すというようなことを言います。ですから、邪魔なものがたくさんあるので、見つけたものが、そういう邪魔なものを間違ってそう思ってしまったのか、本当にそれを見つけたのか、それを区別するのはなかなか難しいわけなんです。

高橋:今回、二つのチームが独立に実験して似たような結果出たから確からしいという話も聞いたんですけども、それはそういうことなんですか。

村山:ええ。それは本当にそうです。それぞれの実験グループは相手のグループの結果を全く知らずに自分たちのデータだけを見てヒッグス粒子を探してきたわけなんです。そうやって探してきた結果、どうもここらへんにありそうだと、それぞれのグループが発表したと。

高橋:「ここらへん」というのは質量、重さのことですね。

村山:ええ。その結果を突き合わせてみると、どうも二つのグループとも同じぐらいの重さの兆候があるといっているわけです。それで、がぜん、「これはもしかしたら本当かもしれない」という気がしてくる。

高橋:その重さというのは、理論で予測されていた重さなんですか。

村山:ええ。さっきの標準理論というのを使うんですけれども、その理論を使うと、ここからここまでの範囲でなきゃ困るという範囲があるんです。その範囲の中にきちんと収まっています。ですから、そこに見つかれば、「確かにもっともだな」という、そういう値です。

高橋:1960年代から探して今まで見つからなかったのは、そこのエネルギーを出すような大きな、さっきみたいなLHCみたいなものを造ることができなかったからということなんですか。

村山:そうです。

高橋:1960年代からそれぐらいの重さだと思ってたんですか。

村山:いや、1960年代のころは全く見当が付きませんでしたから、とにかく軽いところから順番に探していくわけです。これはさっきのアインシュタインのE=mc2ですけれども、重い物はエネルギーがある。つまり、重い物を作ろうと思うとエネルギーをたくさんつぎ込まなきゃいけないわけですから、エネルギーが小さい加速器では重い物を作れない、軽いものしか作れない。その当時あった加速器で、取りあえず軽いところから探していこうと順番に探していったわけなんですけど、これをやっても見つからない、ここまでいっても見つからない、ここまで見つからない。一番最近の実験は、アメリカのテバトロン実験で、これでもまだ見つからない。で、やっとLHC実験が始まって、これならさすがに見つかるんじゃないかなと。で、1年間以上探してみたところ、その二つの実験グループが、どうもありそうだということをいい始めて、だから、いってみれば、見つかったというよりは王手がかかった、そこまで来ましたよというのが今年のニュースだと思います。

高橋:軽いところから順番に探していったということですけれども、軽い領域にはほかの粒子もいろいろあるわけですよね。それとヒッグスを見分けるのはどうやって見分けるんですか。

村山:全く性質が違うんです。ヒッグス粒子というのは、今まで見たこともないような特別な粒子なんです。今まで見たことある粒子、例えば、光は粒々で飛んでくるわけなんですけれども、光の粒というのは、実はクルクル回って飛んでくる。スピンといいます。光の場合にはそのスピンの大きさが1だというふうにいうわけです。それから、私たちの体にある電子の場合には、やはりこれも回りながら飛んでるんですけども、光の回り方の半分、2分の1だというふうにいっています。今まで見つかったどの素粒子を見てもなんらかの方法で回ってるんですね、クルクルクルクル。永遠に回り続けてる。ヒッグスに限っては、全く回らない粒子、こういうのは見たことないんですよ。だから、新しい粒子が見つかって、この粒子はグルグル回ってない、スピンがないんだということがわかると、これはともかく今まで見たのと全く違う種類の粒子だということがそこではっきりするわけです。

高橋:なるほどなるほど。今回もそこは確かめられているわけですね。

村山:まだそこまでいってないです。

高橋:いってないんですか。

村山:まだ見つかったと言ってないわけですから。

高橋:王手だから。

村山:王手ですから。

高橋:王手は、質量領域を狭めて、ここにありそうだというだけで、それが本当にスピンゼロかどうかはこれから。

村山:これからです。

高橋:それはどうやったらわかるんですか。

村山:それは結構難しいんですよ。ものができたときに、壊れて、壊れたものを見て、もともとのものがグルグル回っていたかどうかを判断するわけなんですけど、言ってみれば、グルグル回っているものが壊れてバッとものが出てくると、周りに、グルグル回る角運動量というのがありますよね。出てきたものが持ってる回り具合というのを調べて、大元はどれだけ回っていたのかを調べる。これは、ヒッグス粒子が見つかってもなかなかすぐは測れないです。結構難しいことなんですよ。

高橋:でも、それを測らないと見つかったと言えないんじゃないですか。

村山:ええ。だからこれは結構ロングターム(長期的)な話で、まず最初にLHC実験で期待してるのは、ともかく新しい粒子が見つかりましたって。そこに今年中にいけるんじゃないかと期待してるわけです。見つかったはいいけれども、これが本当に50年間探してきたヒッグス粒子なのかということを確かめるには、まだまだ精密な測定を続けていく。これはまだ数年、もしかしたら10年がかりかもしれない。

高橋:はあ。でも、それは、LHCの装置を使えばいずれわかることなんですか。

村山:本当にわかるかどうかは、実はやってみなきゃわからないです。

高橋:そんな難しい話なんですか。

村山:ええ。その中で一つ期待されてるのは、もしLHC実験をやってヒッグスが見つかったと。いろいろ調べていくんだけれども、本当にこれがヒッグスかどうかという確認が、どうしてもなかなか難しい。そのときに期待されているのは、別の加速器実験をやるのがいいんじゃないかと。で、リニアコライダーという計画があります。リニアコライダーの場合には……

高橋:リニアというのは線形、真っすぐという意味ですね。

村山:そうなんです。ええ。

高橋:さっきのは丸い加速器でしたけれども、今度は真っすぐの加速器を作りましょうという計画ですね。

村山:はい。真っすぐの加速器で、今言った陽子と違って、今度は電子を加速しましょうというんです。陽子は先ほど言ったようにお饅頭同士をぶつけるわけですから、ビシャビシャとややこしいと。そうじゃなくて、お饅頭の中の小豆同志をぶつければもっと簡単な実験ができる、もっとわかりやすいと。電子というのはその小豆だと思っているわけなので、小豆と小豆の反物質をぶつけるんだというわけなんです。そうすると、出てきたヒッグス粒子がどういうものかというのを調べるのに、もっと都合がいい環境なので、もともとスピンがあるのかどうかということももっと調べやすい。もちろん、LHC実験でわかればそれに越したことはないんですけども、もしそれでもだめだったらそういう方法があるというところまで今検討されてます。

高橋:まだまだヒッグスが見つかったといえるまでには相当な道があるということがわかりました。

村山:これはなかなか簡単じゃないですね。

高橋:ただ、その兆候が見つかっただけで一般の新聞でもテレビでもニュースとして取り上げた。われわれ報道する側からいうと、研究者の方たちが興奮されているので、これはきっと大ニュースだろうと思って報道するわけですけれども、受け止めるほうは「はあ?」という感情ではないかなと思うんですよ。

村山:それはわかります。

高橋:やはり、最初に私が言いましたように、だから何なのということを、少なくと私の身の回りの人に聞いてもそういう受け止め方が多いわけなんですけども、そういう素朴な受け止めをされる方にはどういうふうに説明されますか、この実験結果の意義というものを。

村山:その意義の一つは、やっぱり、私たちみたいな存在があるということはヒッグスのおかげなわけです。ヒッグス粒子が宇宙に充満してなかったら、先ほど言いましたように私たちの体は一瞬にしてばらばらになってしまう。どうして私たちが宇宙にいるんだろうかという、すごく素朴なことを考えたときに、これは実はヒッグス粒子のおかげですねと。その粒子はまだ会ったことないわけなんですよ。

高橋:そうですね。ついに会えた。

村山:ついに会えたんじゃないかな。もしくは今年会えるんじゃないかというとこまできてるわけですから。

高橋:われわれがこうしている大元のありがたい粒子様がいると。

村山:本当にそうですよ。

高橋:そういうことですか。

村山:ええ。

高橋:なるほど。わかりました。ヒッグス粒子についてはだいぶ理解が深まりましたので、今度はもう一つの大物、光よりも速い粒子の実験について、これはCMの後に伺います。いったんここでCMです。

【CM】

高橋:「科学朝日」。本日のテーマは「素粒子物理実験が騒がしい」です。ゲストは東京大学数物連携宇宙研究機構機構長の村山斉さんです。

 さて、ヒッグス粒子発見かというニュースよりもさらに大きな関心を呼んだのが、光の速さよりも速い粒子発見かというニュースです。これはそもそもどういう実験だったのかということを示すスライドを村山さんが作ってくださいました。ちょっとご説明いただけますか。この棒を使って説明してください。

村山:先ほど言いましたヒッグス粒子を探している実験をしているセルンというこの研究所ですね、これがスイスとフランスの国境の所にあるわけなんですけれども、そこからイタリアの地下実験所、日本では神岡鉱山なんかに地下実験所がありますが、イタリアではグランサッソというローマの郊外の所に実験所がありまして、そこに向かってニュートリノを打ち込むという実験です。やることは単純なんです。いつ打ったかというのはわかっていると。いつ届いたかというのを測る。そのタイミングを測ることでどれだけ時間がかかったかがわかる。そのどれだけ時間がかかったかというのと、この間の距離を知っていれば、どれだけ早くニュートリノがここからここに行ったかわかりますよね。その速さがわかりましたと。測ってみたら、どうも光の速さよりも速いように見えると。これでびっくりしたわけなんです。

高橋:次のスライドが出ますか、これですね。

村山:はい。

高橋:ニュートリノを打つというのは、地中を通していくんですね。

村山:そうなんです。地球は曲がってますから、セルンから真っすぐ打ってしまうと、はるか上空に行ってしまう。届かないわけです。この実験所に打つためには、ある程度初めから下に向けて打っておく。下に向けて打っておくと、ちょうどうまいところで地球のこっち側に出てくるんだと。これを捕まえようという、そういう方法です。

高橋:その角度ってどうやって決めるんですか。

村山:それは、距離がわかっていれば、地球の曲がり具合、地球の半径もわかってますから、単純に三角関数でどのくらい下に打てばここに出てくるということは計算できるわけです。

高橋:その計算どおり出てくるんですか。

村山:ええ。ちゃんと出てきます。こういう実験は、実は日本がパイオニアなんです。日本の筑波の高エネルギー加速器研究機構というところに加速器があります。そこで作ったニュートリノをスーパーカミオカンデに打ち込むという実験が2000年ごろですかね、既にやられていて、ニュートリノにちょっと重さがあるという証拠を確認した。これもすごく偉大な結果でした。そのときにも、少し下に向けて打って、ちゃんと、打ったタイミングから期待されるタイミングで向こうに受かったということがわかってます。

高橋:さっき、すごい音がするとおっしゃっいましたよね、ニュートリノを打ち出すと。打ち出すというのは具体的にはどういうことをするんですか。

村山:もともとニュートリノというのは電気を持ってないし、ほとんどお化けのような素粒子ですからコントロールするのは難しいわけです。こうしている間も私たちの体を毎秒何十兆個のニュートリノが通り抜けているわけなんですけども、全く気が付かないくらい。

高橋:お化けというのは、そういうふうに、スースーどこでも出入りしちゃうという意味ですね。

村山:ええ。宇宙中どこにでもあるんですけども、全然気が付かないわけなんです。

高橋:それちょっと、さっきのヒッグスも宇宙中どこにでもあるという話でしたよね。

村山:ええ。

高橋:ニュートリノも似たように宇宙中どこにでもある。

村山:ええ。宇宙の何もないように見えるところに行っても、角砂糖1個あたり300個ぐらいのニュートリノがどこに行ってもある。ビッグバンでニュートリノがたくさんできたんです。それが今もウヨウヨしてるはずなんです。

高橋:ヒッグスとは何が一番違うんですか、ニュートリノは。

村山:ニュートリノはスピンを持ってます。ですから、グルグル回る粒子です。

高橋:ヒッグスはそれがゼロだというとことが大きな特徴でした。

村山:それから、ニュートリノはほとんど反応しませんので、ほかの粒子を小突きません。

高橋:ヒッグスは電子を小突くけれども、ニュートリノは全くそういうことをしない。

村山:ええ。ニュートリノは私たちの重さの元にはなってくれないんですけれども、ヒッグスはなる。ニュートリノは、むしろ全く邪魔しないように、そのまま静かにそこにいるという感じです。

高橋:いずれにしても宇宙全体に満ち溢れていると。それをどうやったらドーンと打ち出せるんですか。

村山:ニュートリノはコントロールできませんから、コントロールできるものをまず使って、セルンの場合には陽子、先ほどのLHCで使ったのと同じ粒子を使います。その陽子を加速して標的に当てるわけです。陽子が飛んでくるのを標的に当てると。そこからビシャビシャビシャッといろんなものが出てくるわけです。そこで特に大事なのは、日本の湯川秀樹さんが提唱したπ中間子という粒子です。そのπ中間子がたくさんできると、これもいずれ壊れるんです。壊れたのにニュートリノが入ってますから、もともと陽子をガンとぶつけるんですけども、いずれニュートリノがたくさん出てくるというわけで、ニュートリノを打ち込むことができるようになるんです。

高橋:具体的には陽子をボンとぶつけているということなんですね。

村山:ええ。

高橋:で、ニュートリノがたくさんこっちに届きますと。そうすると、光の速さは0.024秒なのに、着いたニュートリノは、0.000000065秒だけ速かったという結果だったそうですが、そもそもこんな短い時間をちゃんと測れるんですか。

村山:皆さん測ってるんですよ。

高橋:え?

村山:皆さんが自宅でお使いのパソコン、最近は、例えば、CPUは1ギガヘルツとかいって、当たり前にそういうコンピューターを売ってますけども、1ギガヘルツというのは、0.000000001秒ごとに計算をしてますから、これよりもはるかに細かい時間を測ってるんです。

高橋:そうなんですか。ギガというのは10億ですよね。

村山:そうです。10億分の1秒をちゃんと測ってる。

高橋:10億分の1秒ずつ動いてるパソコンをわれわれは使っている。

村山:ええ。それに比べたらずっと大きな数ですから。現代のエレクトロニクスでは、このぐらいの時間を測るのはある意味で当たり前なんです。

高橋:へえー。そうですか。それで、もしもこれが本当だとすると、光より速いものはないというのは、アインシュタイン様の相対性理論の基本原理ですよね。

村山:はい。

高橋:これを破ってしまうというのは、本当に大ニュースで、それはヒッグス粒子というわけのわからないものが見つかったというよりも、多くの方の関心を呼ぶのは自然の道理だと思うんですけれども、これは、もしそうだとすると大変なことですよね。

村山:これは大変なことです。やっぱり、アインシュタインの相対性理論というのは、今の私たちの宇宙の理解、現代物理学の2本柱の一つなんです。一つは量子力学といって、小さいものを特に扱う、そういう物理学です。相対性理論というのは、どっちかというと、特に大きいものを扱う物理学ですけれども、その2本柱で立っている。ですから、その2本の柱の上に巨大な建造物が今できてるわけなんですけども、これが本当だとすると、この1本の柱がいきなり崩れちゃう。今の物理学がガラガラガラと全部壊れちゃうような、そういう、ちょっと怖いような、面白いような、そういう感じがします。

高橋:必ず言われるのが、これが本当だとすると、タイムマシンができるんだというお話なんですが、その理屈をちょっと説明していただけますか。

村山:そもそもこれはアインシュタイン自身が言ったことなんですけども、「光よりも速い粒子があると、過去に電報を送れる」ってアインシュタインは言いました。タイムマシンというと、人間が昔に戻れるというふうに思うわけですけども、人間は送れないかもしれないです。でも、情報は送れるかもしれないというんです。どういうことか。今、セルンから打ったニュートリノが、グランサッソ研究所に着くときに、光よりもほんのちょっと早く着いたということを言ってるわけです。アインシュタインの相対性理論というのは、名前どおり相対性理論ですから、いろんな人の見方の違いを比較しましょうという、そういう理論なわけです。止まっている人から見ると、このコップは止まって見えます。私が走ると、私から見たらこのコップが走っているように見える。

高橋:後ろに走ってるように見えますね。

村山:動いてる電車から見ると、止まってる人がすごいスピードで走ってるように見えるというわけですから、違う物の見方をしたときにどういうふうに違って見えるかというのを教えてくれるわけなんです。ですから、私たちから見ると、セルンの加速器はちゃんと止まってて、打った、打った先のグランサッソも止まってるわけなんですけども、これを走ってる人から見たらどうなるか。走ってる人から見ると、この0.0024秒が、だんだん、走ってる人から見ると、もうちょっと早く着いたように見えるわけです。

高橋:え、ちょっと待って、走ってるというのはどっちの方向に走ってるの?

村山:ニュートリノを打ちますよね、それを追いかけてる人というのがいるとします。追いかけてる人から見ると、一生懸命一緒に走ってますから、最初に思った時間よりも、もっと早く着いたようにその人は思うんです。

高橋:自分も走ってるから。

村山:ええ。これはアインシュタインの相対性理論のすごく不思議なところですけれども、時間の長さというのが、見る人によって伸びたり縮んだりしてみえると。ですから、ニュートリノを追っかけてる人から見ると、0.0024秒よりももう少し早く着いたように見えるんです。もっと速く走った人から見ると、もっと短く、時間がたってないように見えると。ものすごく速く走ってる人から見ると、実は、打った瞬間に着いちゃったように見えるわけなんです。ですから、0.0024秒かかるはずなのに、人によってもっと早く着いたように見える。ほとんど時間かからないように見える。その瞬間に着いちゃったように見える。それを追い越すと、マイナスの時間で着いたように見える。つまり、打ったはずの時間よりも、その前にもう着いちゃったように見えちゃうんです。

高橋:えっと、セルンからグランサッソに人が走る。光の速さとほとんど同じ速さで走ったとすると、その人にとっては一瞬で光がグランサッソに着いたように見える。

村山:ええ。

高橋:そういうことですね。自分もグランサッソに着いちゃったから。

村山:ええ。それよりももっとさらに速く走ると、同じ瞬間に着いちゃったように見えたよりももっと速く走りますから、ニュートリノが出たよりもニュートリノが着いたほうが先だというふうに見えるわけなんです。

高橋:なるほど。

村山:ですから、過去に信号を送れたということになりますね。

高橋:ニュートリノを出すより先に着いていた。

村山:ニュートリノが着いちゃった。これはやっぱり、あっちゃまずいわけです。そんなことが。

高橋:あっちゃまずいですよね、それはやっぱり。

村山:ええ。原因よりも結果のほうが先に起きるといってるわけですから、本当にパラドックスが起きるわけです。よくSF映画で過去に行ってしまって、例えば、『Back to the Future』という映画だと、自分のお父さんとお母さんが出会うのを邪魔されそうになってると。これが邪魔されたら自分の存在が危ういといって大騒ぎになるわけですけども、そういうふうに原因を変えることができるようになったら、これは本当にまずい。因果律が壊れてしまいます。ですから、普通は、過去に影響を与えてはいけないと思うわけですから、そうすると、相対性理論を信じる限り、光より速いものがあってはまずいんだというふうに考えていたわけです。

高橋:それは相対性理論の中に入ってる話ではないんですか。

村山:ええ。相対性理論でこういうことがあってはいけないとはいえないです。だけど、相対性理論を取りあえず信じて、なおかつ、因果律も信じましょうと。結果が原因を変えることがないというのも信じると、光よりも速いものがあっては困ると。確か、そのスライドを作ったんですけど、三つの条件……

高橋:因果律を信じるのは誰でも信じますよ。常識の話ですよ。

村山:そうですよね。

高橋:だからそこは全然難しくない。原因の後に結果が出るというのは当然ですよね。

村山:その因果律を信じるとしたら、相対性理論を信じるか、光より速いものはないということを信じるか、どっちかだということになります。両方はだめなんです。

高橋:因果律を信じるというのが、タイムマシンは不可能という意味ですよね。

村山:そうですね。そうすると、相対性理論が間違っているのか、今度のニュートリノ実験結果に何か問題があるのか。二者択一です。両方は取れません。

高橋:なるほど。どれか一つが間違っているという中で、われわれ常識人としては、タイムマシンは不可能というのが、当然だろうと。原因の跡に結果がくる。それがひっくり返ることはありえない。そう思っちゃうと、アインシュタインの相対性理論が正しければ、光より速いものはない。

村山:うん。

高橋:光より速いものがあれば、相対性理論が間違っているということになるわけですね。

村山:そのとおりです。

高橋:これがもし試験問題に出たら、それは私としてはニュートリノの実験結果が間違っているというのに丸しますけど。

村山:でも、間違ってるんだったら何が間違ってるかがはっきりわからないといけないですよね。

高橋:そうですよね。

村山:この実験グループはもちろんすごく真面目にちゃんとやったわけなんですよ。一番難しいことの一つは、こっちで打ったというタイミングと、こっちで捕まったというタイミングを比べるわけなんですけども、両方の時計をちゃんと合わせておかないといけないですよね。

高橋:そうですね。

村山:もちろん先ほど言いましたように、10億分の1秒は簡単に測れるわけなんですけども、その精度で735キロメートル離れた二つの時計をちゃんと合わせる。これはやはりなかなか大変なことなわけなんです。本当にその二つの時計をちゃんと合わせたんだろうか。これはやっぱり一つ気になります。それから、もし、こっちの実験装置ですけども、その場所が1メートルぐらいずれてたら、3ナノ秒ぐらい答えがずれちゃいますから、この実験室の場所をちゃんとわかってるんだろうか、この距離ちゃんと測れてるんだろうか。それも気になります。

高橋:そうですね。

村山:それもやっぱりすごく真面目にやってるわけなんですけども、本当にこれちゃんとやってるんだろうか。それを今、何遍も何遍もいろんな工程をやり直して調べてるところなわけです。

高橋:時計を合わせるって、やっぱり、そこも光を発射して調べるしかないんじゃないですか。

村山:うん。ところが、地球は曲がってますから、セルンからグランサッソに光を打ち込んでも途中で止まっちゃいますよね。

高橋:ニュートリノだから行くけれども。

村山:ええ。ニュートリノを使うのはすごいミソなんです。ニュートリノだから地球上のどこからどこにでも打てるわけなんですけども、光は打てないですよね。

高橋:そうですね。

村山:打ったら宇宙空間に行っちゃいますから。

高橋:ええ。

村山:しようがないので何をやってるかというと、人工衛星を使うわけなんですよ。

高橋:はい。

村山:カーナビで使っているのと同じ、GPSの衛星を使って、そこからくる信号をセルンでも受ける、グランサッソでも受ける。それを比較してなんとか時計を合わせようとするわけなんですけれども、GPSの精度では足りないんです。ですから、GPSを使うんですけれども、それをさらに工夫して、もっと精度を上げて時計を合わせるという、なかなか凝ったことをやらないといけない。

高橋:GPSからの距離の測り方というのも問題にはならないんですか。

村山:それももちろん心配ですけども、カーナビはちゃんと機能してるじゃないですか。あれはどうやってうまくやってるかというと、GPSの人工衛星は1個だけの信号を使うわけじゃなくて、少なくとも四つの衛星から来る信号に合わせて割り出してるわけなんです。この場合でも、セルンでは、四つ、五つのGPSの信号をちゃんと受けます。グランサッソのほうでもその信号を受けます。ここでまたちょっと心配になるのは、グランサッソの研究所は地下にありますから、GPSの信号が来ないわけなんです。それは、山の上で受けて、そこから光ファイバーでその信号を送っていって調べるということを、また凝ったことをやらなきゃいけないので。凝ったことがたくさんありますから、どこかに何か問題があるのかなと気になるわけなんですけども、今のところまだ問題は見つかってないんです。

高橋:なるほど。素粒子物理実験というのは、どんどんエネルギーが大きくなってきて、たぶん、セルンのLHCが最後の実験装置だろうといわれている中で、リニアコライダーというのも今提案されていますけれども、それにしても大型化にはいずれ限界が来るということで、もう行き詰まりであるというようなことをおっしゃる物理学者もいらっしゃいます。その点については村山さんはどのようにお考えですか。

村山:それはそんなことはないと思います。例えば、昔のことを思って見ると、19世紀、もちろん化学はすごく進歩したわけなんですけども、化学というのは原子の周期律表があって、こういう元素があれば、反応してこれができますという、そういう学問だったわけです。でも、考えてみると、そのころ原子見た人誰もいないんです。今でこそ電子顕微鏡を使って原子1個1個の写真が撮れますけども、そんなこと全く見えないのにあそこまでのことがわかってきたわけです。ですから、加速器を作るというのは確かにすごく大変なことで、それで直接物を見ることができなかったとしても、間接的にいろんなことがわかるということは、やっぱり人間結構賢くやってきた。ですから直接加速器を使わなくてもわかることはたくさんあると思います。それからもう一つは、加速器の技術自身もまた新しいテクノロジーがだんだんできていて、本当にLHCみたいな27キロ必要なこの実験装置を一つの大きな建物の中に入れてしまえるぐらい、そのぐらいの加速ができるという、そういうテクノロジーも今開発されてきてるんです。

高橋:そうなんですか。

村山:まだなかなか使い物にならないですけれども、今までの加速器でできるような加速に比べて1,000倍ぐらいの加速の傾きがあるという、そういうテクノロジーも開発されているんです。

高橋:レーザー光を使うやつですね。

村山:そうです。

高橋:そんなに小さくできるんですか、それを使うと。

村山:ええ。ですから、まだまだそういう可能性はあるんじゃないかと思ってます。

高橋:そうすると、確かに、この村山さんのご本を読んでも、宇宙に残された謎ってまだまだたくさんあると。

村山:ありますね。

高橋:96%はわかっていないと。

村山:わかってない。今まで何やってきたんだろうか。

高橋:わかってるのは4%というこの数字を聞くと皆さん「は?」と思われると思うんですけども、4%というのは物質の量ですよね。宇宙の構造を調べてみると、23%は暗黒物質という何だかよくわからないもので占められていると。残りの73%が暗黒エネルギー。

村山:これはもっとよくわからない。

高橋:これ、どうですか、どうやって解明していくんですか、村山さんは。

村山:暗黒物質は、物質ですから粒々です。粒々というのはエネルギーさえつぎ込めば作れるはずです。例えば、このLHC実験でも暗黒物質を作れるんじゃないかと思ってるわけなんです。1個1個の粒々というのは、さっきのE=mc2で、エネルギーをつぎ込むとエネルギーに応じて重い物を作ることができる。暗黒物質は今まで何であるかわかってないということは、人間が作ることができなかったというわけなんですけども、それもたぶん、さっきのヒッグスと同じように、エネルギーが足りなかったんだろうと。もっとエネルギーをつぎ込めば暗黒物質も作れるんじゃないかと。LHCでできるんじゃないか。これは結構期待がかかっています。

高橋:ちょっと質問。

村山:はい。

高橋:そうすると、さっき見つかった、今ヒッグスだといわれているものが暗黒物質である可能性というのはないんですか。

村山:ヒッグスはできてすぐ壊れるというお話をさっきしましたけれども、暗黒物質は今宇宙にたくさんあるわけです。宇宙ができて137億年たって、まだここらへんにあるおかげで私たちが安全に暮らしているという、これもまたありがたい粒子なわけですから、今ないと困る。137億年は少なくても生きてもらわないと困るわけです。ヒッグスはできたと思った瞬間にすぐ壊れちゃう。これは役に立たないです。

高橋:それは全然違うわけですね。

村山:ええ。何か別のものです。

高橋:なるほど。もっとエネルギーを高くしていくと、そういう安定な何かしらの粒子があるかもしれないということなんですね。

村山:それを期待しているんですね。

高橋:で、暗黒エネルギーのほうは?

村山:これはもっとよくわからないんですけども、去年の末のノーベル物理学賞が、この暗黒エネルギーの発見に与えられたわけですけれども、これは何なのかと。もともと宇宙ってどんどん大きくなってる、膨張してるという話はよく聞かれると思いますけれども、宇宙の膨張ってとんでもないことのような感じがしますが、これもアインシュタインによると、実は簡単なことだというんです。しょせん重力ですと。

高橋:はい。

村山:アインシュタインにとっては何でも簡単なんでしょうけども。実は、ボールを持って立ってます。このボールを、まず上に「エイヤッ」と投げるとすると、投げる勢い、これがビッグバンです。投げ上げたボールがだんだん上がっていくというのが、宇宙が大きくなっていくことにあたる。全く同じ方程式なんです。

高橋:はい。

村山:そう考えてくると、私なんかがボールを投げると、すぐそこらへんで止まって落っこちてきますよね。だから、宇宙の膨張も、バーンと始まってもだんだんゆっくりになって、止まって、またつぶれるんじゃないかと、そういうふうに思っていたわけなんです。もしロケットで打ち上げれば、地球の重力を振り切って飛んでいくかもしれないですけれども、そのときでも、上がっている間はだんだん遅くなります。だから、宇宙の膨張もだんだん遅くなるはずだと思ってたわけなんです。

高橋:はい。

村山:ところが、去年のノーベル賞を取った研究では、宇宙の膨張の歴史をちゃんと調べてみましたと。そうすると、遠くの宇宙を見て測った膨張の速さ、つまり、昔の膨張の速さと、近くの宇宙を見て測った膨張の速さ、最近の速さ、比べてみたら最近のほうが速いというんです。つまり、投げ上げたボールがだんだんゆっくりになってきたかなと思うと、最近になってググググッとエネルギーを上げて加速してると。なんかエネルギーが増えているというわけです。これを暗黒エネルギーと取りあえず呼んでるんですけども、本当に何だかわからない。

高橋:まだまだ調べることはたくさんあって。

村山:尽きないですね。それが面白いんですけども。

高橋:そういうことですね。本日は昨年の素粒子物理学の大ニュースについて素粒子論研究の第一人者、村山斉さんにうかがいました。『科学朝日』このへんで失礼いたします。次回もどうぞお楽しみに。