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 【この論考の詳しいバージョンは、岩波書店刊『科学』3月号に掲載予定】福島第一原発の事故をめぐる問題に象徴されるように、「3・11」は、科学技術のあり方についての根本的な再考を私たちに提起してきた。しかし、意外にも十分に論じられていない本質的な話題として「経済成長と科学」というテーマがある。

 「そもそも科学(ないし技術)は何のためにあるのか?」という最も基本的な問いを立てた場合、その「何」にあたる主要な柱として、ある時代以降大きな意味をもつようになったのが、「経済成長」という価値ないし目標だっただろう。とりわけ、電力供給やエネルギー政策は、経済成長に関する国家の基本戦略にかかわるものなので、それに関連する科学・技術のありようが、経済成長という目標と密接不可分のものとなることは半ば必然の帰結と言える。したがって、3・11後の科学・技術のあり方を問うことは、「経済成長と科学」というテーマを議論すること抜きには完結しないのではないか。

「成長のため」は20世紀後半から
 この問題についての大きな視座を得るために、近代以降の長い歴史の流れの中での「科学」のあり方の変容を、社会ないし時代の構造とのかかわりにおいて、まずとらえ返してみよう。

 第1のステップは、17世紀の西欧で起こった「科学革命」であり、これがいわゆる近代科学の成立にあたる。この時代は同じく欧州を起点とする「市場経済」の拡大ないしグローバル市場の形成期とも重なっており、科学革命を伴って欧州が世界を「制覇」していくことになる。

 第2ステップは、19世紀を中心とする「科学の制度化」だ。これは18世紀後半に起こった産業革命を契機とする急激な産業化ないし工業化の進展で生まれたもので、研究機関などを含めて国家が科学にかかわるさまざまな制度を整え、それまではパトロンの私的な庇護の下でのアマチュア的存在だった「科学者」が職業として成立する。また、今日私たちが考えるような大学・学部や学会ができあがり、並行して現在に続く物理学、化学、生物学、経済学、政治学などの学問分野が確立し制度化されていく(科学の制度化については、たとえば中山(1974)参照)。

 第3ステップは、20世紀後半のいわゆるケインズ政策の時代であり、ここで初めて「経済成長」が、GNP増といった指標を伴って国家の政策目標に掲げられるようになる。そして、政府がそのためのさまざまな公共投資をすることになり、経済成長という目標と連動したかたちでの大規模な科学技術予算の投入が行われるに至る。科学史家の広重徹はかつて「科学の体制化」という議論を展開したが(廣重〈1973〉)、実質的にはそれはここでのケインズ政策的な文脈と重なっていると言える。

 ちなみにこれらの点について、元ハーバード大学学長のデレック・ボックは、近著『幸福の研究(原題はThe Politics of Happiness)で、「経済成長を最優先することが、20世紀における最重要の思想であったことは疑いない」という歴史家ジョン・マクニールの言葉にふれながら、「経済成長が政府の目標として最重要となったのは比較的最近のことである。米国では第二次大戦後になってはじめて、景気循環の抑制や大量失業の回避といった長年の優先事項に代わって、成長が経済成長の主要目標となった」と述べている(ボック〈2011〉)。

 こうして20世紀後半の科学・技術は、このような「成長のための科学」という大きな枠組みの中に規定されるかたちで展開していくことになる。

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筆者

広井良典

広井良典(ひろい・よしのり) 京都大学こころの未来研究センター教授(公共政策・科学哲学)

1961年生まれ。84年東京大学教養学部卒業(科学史・科学哲学専攻)。厚生省勤務、千葉大学法政経学部教授を経て現職。この間、マサチューセッツ工科大学客員研究員。社会保障、医療、環境などをめぐる政策研究からケア、死生観などについての哲学的考察まで幅広く発信。『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書)で第9回大佛次郎論壇賞を受賞した。

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