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〈物語〉どこかの国の愛国心

須藤靖 東京大学教授(宇宙物理学)

 ある遠くの国から日本に留学中の学生から驚くべき話を聞いた。いろいろな意味で考えさせられる点が多いので、紹介させて頂こう。

 彼の母国(仮に、N国と呼んでおこう)は、長い歴史をもつ国である。70年ほど前に、ある理由で国全体が壊滅状態に陥ったのだが、その後、驚異的な復興を遂げ、先進国の仲間入りをした。しかし、この20年間ほどは、社会のさまざまな場面で停滞現象が目立つようになっている。そのため、N国民の間では、閉塞感を打破すべくなんであれ変革を求める機運が高まっているらしい。

 その結果、長期間にわたり政権に居座り続けた与党が野党に転落、毎年のように総理大臣が交代、国民的に高い知名度をもつ個性的な知事や市長が相次いで誕生、さらには国際化という旗印の元に大学入学時期を春から秋へ変更、など、それらがどのような結果をもたらすかという議論は後回しにし、とりあえず試してみるべきだという選択がここ数年人気を博しているようだ。

 にもかかわらず、それらの成果はほとんど見えてこない。そのためか最近は、小中学校・高等学校における節目の行事において、国旗掲揚・国歌斉唱、さらにはその際に教職員が起立することまでが義務づけられ始めた。愛国心の欠如こそ、現在のN国の凋落傾向の原因なのだから、まずは教育の現場で愛国心を涵養すべし、という理屈らしい。

 N国民は基本的には勤勉でおとなしい上に、それなりの愛国心を持ちあわせている。したがって、やり過ぎとすら思える上述の流れに対しても、非難は表面化してこなかった。しかし、ある大学が入試問題において、そのような状況が本当に健全なのかどうかを問いかける文章をとりあげたところ、早速どこからか、N国の全高等学校に対してその大学を受験した学生数を調査すべしという指令が回されたらしい。

 さすがにこれには、おとなしいN国民もあきれてしまった。ここまで統制を強めてしまうと、むしろ逆に愛国心を抑える結果になるのではないかと憂慮する意見も出始めた。

 この遠い国での出来事は、その後、意外な展開を見せた。

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