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204X年早春。僕の名は鈴木アトム、大学1年生だ。

 訳あって、小2以来連絡の途絶えている従妹、ヌクレに会いに行くことに決めた。

 彼女の一家はもともとこちら側にいたのだが、叔父が10年前事業に失敗し、新天地を求めて「中管」へと転出して行った。

 中管とは中間管理地域の略称で、かつて東北と呼ばれていた地方の最北部と太平洋岸ほぼ全域に広がる。こちら側との間に数十キロほどの緩衝地帯がある。

 反対されるから、親には言わずに家を出た。親友にだけは打ち明け、学期末レポートの提出を依頼した。

 それにしても、中管を訪ねるのがこんなに大変だとは思わなかった。違法ではないが、目に見えないバリアがある。情報が見えにくい。検索しても出てこない。話題にも上らない。

 入管パスカードを得る手続きだって、今どき2ヶ月もかかる。カードの読み取りエラーも多く、何度もやり直しさせられる。IDやパスを揃えていっても、新たに別のIDを要求されたりする。セキュリティー・チェックも異様に厳しい。まるで江戸時代の関所だ。

 列車や地下特急の乗り継ぎを繰り返さなければならない上に、本数が極端に少ない。だが実際利用客も少ないので、どちらが原因か結果かわからない。乗り継ぎの表示も曖昧で、こんなところにゲートが、と思う所にゲートがあったりして、何度も迷った。

 行くのはたやすく、帰るのがたいへんなのだと、僕は思いこんでいた(こちら側の汚染を防ぐために)。が、実際は逆だった。行った者は帰りたがらないのか。だがそれでは、こちら側で言われていることとは逆だ。どちらがユートピアで、どちらが地獄なのだろう。

 ともあれ僕は、

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筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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