メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

情報文明の次に来るものと科学(下)

―地球化時代・コミュニティ・科学の行方―

広井良典 京都大学こころの未来研究センター教授(公共政策・科学哲学)

 「情報」と「コミュニティ」の関連を指摘してきたように、人間にとっての「情報」の形態の基本的変容は、それに伴って「コミュニティ」のあり方にも大きな影響を及ぼし、ひいてはそれを支える新たな原理(価値原理ないし規範原理)を要請していく。ひとつのポジティブな可能性は、しばしば議論されるようなグローバルに展開するネット・コミュニティが、地球レベルのつながりの意識や、ひいては「地球倫理」とも呼ぶべき原理を生成していくことだろう。ただしこの場合、私自身は「グローバル化の先のローカル化」という方向を志向しており、地球倫理といったものもローカルな多様性を一義的な出発点として構想されるべきものと考えている(拙著『創造的福祉社会』参照)。

 そして次の点に注意が必要である。それは、ここで論じてきたように、人間が「情報」の新たな形態をつくった際、それは新たな「つながり」を生み出す媒体にもなると同時に、逆に新たな境界や分断をつくり出す源にもなったという点である。

 すなわち、(狩猟採集社会における)「言語情報」ないし「言語」というメディアの発明は、それまでであれば交渉の少なかった個人や集団(たとえば家族)間のコミュニケーションを用意にし、新たなコミュニティの生成につながった。しかしながら、いったん一つの言語(及びその言語を使うコミュニティ)が出来上がると、それは、他の言語を話すコミュニティとの間に深い境界や断絶をもたらす方向にも働く。このように、言語(という情報媒体)は「つなぐ」機能と同時に「分断する」機能の両方をもった。逆に、「音楽は共通のコミュニケーション手段」などといったことが言われるように、むしろ「言語以前的」な、あるいは感覚的な媒体ないし情報のほうが、言語コミュニティ間の境界や垣根を越える意味をもちうる場合があるだろう。

 さらに農耕段階の後半期には、さきほど述べたように枢軸時代において、さまざまな普遍的な原理を志向する思想や宗教群が生まれた。これらは、複数の異なるコミュニティが共存していけるような、つまり個々の(言語)コミュニティを超えた文字通り普遍的な価値原理や規範を説くことを本質としており、実際に、地球上の主要な地域がそうした思想ないし宗教のもとに統合されていったのである(いわば現在につらなる「世界宗教地図」の原型ができたことになる)。

 しかしながら、少し考えてみれば明らかなことだが、そうした普遍的な原理や思想は、「自らが普遍的(ないし絶対的)である」と自負するがゆえに、それらが相互に共存することは困難さの度合いを増すことになる(原理的には真の意味での共存は不可能ともいえる)。実際に、枢軸時代以降の世界史の相当部分は、そうした普遍宗教間の対立の歴史でもあったわけであり、それは地球規模での交通、交渉などが一般的になった現在において顕在化している。

 グローバルレベルでのネット・コミュニティの展開という、新たな「情報」メディアの生成が、21世紀全体を見渡した上で人間にとってどのような影響をもつかについては現時点でおよそ定まった予測は困難かもしれない。ただ以上見たような「情報とコミュニティ」に関するこれまでの歴史的経験からすれば、それが新たな「つながり」の生成と同時に「分断」の大きな源泉になりうることも確かである。

・・・ログインして読む
(残り:約1210文字/本文:約2581文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

広井良典

広井良典(ひろい・よしのり) 京都大学こころの未来研究センター教授(公共政策・科学哲学)

1961年生まれ。84年東京大学教養学部卒業(科学史・科学哲学専攻)。厚生省勤務、千葉大学法政経学部教授を経て現職。この間、マサチューセッツ工科大学客員研究員。社会保障、医療、環境などをめぐる政策研究からケア、死生観などについての哲学的考察まで幅広く発信。『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書)で第9回大佛次郎論壇賞を受賞した。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

広井良典の記事

もっと見る