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中国の経済発展の勢いが止まらないが、コピー製品は市場に溢れ、知的財産権問題は後を絶たない。中国のイノベーションの課題について考えてみたい。

 中国は共産主義の近代化を急ぐために、1978年「改革・開放路線」に踏み切り、深せん、珠海、アモイなどに国家級経済技術開発区を創設し、海外の資本と技術を導入してきた。その後、高度経済成長が30年以上も続き、中国市場はまさに、「最後の巨大市場」として我々の前に姿を現した。

 海外から毎年1,000億ドル以上もの大量の資金が直接投資され、中国は文字通り「世界の工場」になっている。一方、2010年、中国が資源・エネルギー確保と企業のM&Aなどを目的に海外に直接投資した額は600億ドル(金融以外)を超えている。中国は世界から投資を受け入れるのみならず、海外にも積極的に投資するという構造が形成されつつある。

 中国政府は海外からの資本投資の恩恵を受けたものの、欧米の金融資本主義を警戒し、市場が「ハゲタカ」に食い荒されることを恐れてきた。中国政府は国内に投資される資本が実物資産取引の裏づけのあるものかどうかを厳しく審査してきたのだった。バブルの発生と富の流出を心配していたのである。

 中国政府は日本経済のバブルの経緯と崩壊を見るにつけグローバル資本を警戒するあまり、人民元の国際化や自由化を受け入れていない。歴史的視点で見ると、米国の金融資本主義と中国の「工場ナショナリズム」の富の収奪という覇権争いのようにも見える。

 中国政府はなぜ経済成長と大国化をそんなに急ぐのか。中国には急がざるを得ないという事情がある。まず、少子高齢化が訪れる前に豊かになる必要がある。そして、共産主義体制の維持のために最下層まで分配が行き渡るほどの7~8%の高い経済成長を継続していかなければならない。例えば、エネルギー開発では、積極的な原子力開発に加えて、風力発電などの自然再生エネルギー投資では米国を超えて世界一になっている。

 そのため、中国企業の状況は日本企業が高度経済成長を謳歌した1950~60年代とは状況が大きく異なっており、成長を急ぐあまり技術力の地道な開発と知見の蓄積は後回しにされてきている。

 ハイアール、百度、華為、BYDなど中国企業の技術レベルはさほど高くないといわれるが、世界ブランドを築きつつある。日本企業の技術レベルは高いが、製品が売れないという現象と対照的である。

 中国企業の手法はオープンイノベーションである。自ら研究開発し、それを商品化して得られた利潤を研究開発に再投資するという閉じたシステムではなく、国内外の技術を取得し製品化をいち早く行ったり、海外企業の買収により市場に参入しようというオープンな短期の資本回収のやり方である。最近の日本企業は円高を背景に積極的にM&Aを行うようになったが、歴史的に日本企業の海外進出は現地企業との合弁からスタートしてきたのと比べると中国式はスピード感がある。

しかし、問題も抱えている。

 中国のコピーなどの知財権問題が海外の批判を浴びるのは、ロイヤリティーが特許侵害による賠償金よりも低額であるという制度上の欠陥が放置されているためといわれている。また、海外の政府や企業は中国政府が意図的に知財権問題を放置していると指摘するが、解決に向けての中国政府の腰は重い。

 中国企業の製品化は世界から廉価な部品を買い求め、それを廉価な労働力で組み立てて、国内外に売りさばいて収益を上げるという手法である。テレビ、冷蔵庫、PC、携帯電話などで、いわゆるモジュール化が起こり、労働賃金の高い日本企業は撤退していった。日本企業が比較優位性を確保しているのは、自動車、デジタルカメラ、カラーコピー機などの部品が多く、摺り合わせ技術が必要で、微妙な調整がカギとなるハイテク製品のみとなった。

 研究現場に目を移してみよう。中国では研究者の競争は厳しく、定量的な評価が行き渡っている。そのため、論文の数を重視するあまり研究の質がおろそかにされたり、早期に製品化することが要望されるため、精緻な技術開発を行わずに(あるいは、放置されたままで)、製品が市場に出回ることになる。そのため、故障や不良品が多く、中国の消費者が国産品を敬遠する原因になっている。

 まず市場に出して、資金を回収し、その資金をさらに技術開発に投下するという循環により製品の質を向上しようという短期決戦の手法は、高速鉄道事故で顕在化したように事故を誘発し、社会問題化することにもなる。

 実験やデータをきちんと積み上げて製品化に近づいていく日本人技術者から見ると、スピード感はあるが危うく見えることであろう。日本人と中国人のマネジメントの違いは技術者気質にまで影響していると思われる。 ・・・ログインして読む
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筆者

寺岡伸章

寺岡伸章(てらおか・のぶあき) 寺岡伸章(日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席)

【退任】日本原子力研究開発機構核物質管理科学技術推進部技術主席。熊本県生まれ。東工大修士課程修了。旧科学技術庁・基礎研究推進企画官、タイ国家科学技術開発庁長官顧問、国立極地研究所事業部長などを経たあと、06年6月~10年9月まで理化学研究所中国事務所準備室長(北京)を務めた。中国の科学技術事情に詳しい。小説、エッセーの執筆も。※2012年3月末退任

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