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最終年を迎えて、重くなった京都議定書の意義

小林光 慶応義塾大学特任教授(環境経済政策)

今年、2012年は、京都議定書第一約束期間の最終年である。

 昨年の東日本大震災前までの3年度の排出量は、議定書上の約束の達成に向けて順調な推移を示していた。その後、原発発電量の急激な減少、他方での節電といった事情の変化があった。日本が、果たしてこの国際約束を守れたかどうかは、来年度に入ってから分かる。仮に、守れていなければ、他の締約国の余った排出枠やCDMクレジットの移転を(なにがしかの対価を支払って)受けて、事後的に調節して目標排出量を遵守することになる。

図1 各国の京都議定書対応(削減手段の内訳)拡大図1 各国の京都議定書対応(削減手段の内訳)

 このように、京都議定書は、必ず守られるような国際的なセーフティネットの仕組みの付いた約束である。

 こうしたセーフティネット条項を忘れても、京都議定書における日本の約束とは、実は、経済の姿に対しては中立的、すなわち、環境を守ることによる影響を経済には与えないように当初は定められていたのではないか、と思うことが多い。もっと言えば、それまでの省エネ大国日本のパフォーマンスに敬意を払い、後で努力が必要になった欧米に対し悪平等のない範囲の努力を日本に求めるものが京都目標であったのではないか。

 二酸化炭素の排出量に枠がはまるということは、画期的で、枠の大小を別にして言えば、経済は、地球の法(のり)の範囲内で営まなければならないことを意味する。人間の体はもちろん、多くの経済活動が炭素を酸化して得られる熱で駆動されているからである。しかし、京都議定書に基づく枠は日本に関して言えば、経済の大きな掣肘にはならなかった。

 これは、当時の交渉当事者の真摯な努力によるものである。交渉の結果、京都のCOP3(気候変動枠組条約の第3回締約国会議)における議定書本文の合意、そしてマラケッシュのCOP7における運用の細目に関する合意がなされたが、これらにより、日本は、吸収量増による大きな削減枠を確保した。基準年とされた1990年頃の環境・エネルギー面での欧米に比べた良好なパフォーマンスが評価され、後から来る欧米諸国との間に悪平等がないような、差異化された国内目標を作る余地を獲得したのである。

 実際、図1で見るとおり、その後に作られた各国の国内目標について見ると、日本の目標は、欧州の競争相手たる主要な経済大国に比べ、経済に直結する二酸化炭素等の排出枠では、圧倒的に緩い(二酸化炭素のみについて正確に言えば、90年比で0.5%の排出増)ものとなった。

 この目標が、かねての日欧の間の環境・エネルギーのパフーマンスの差に対し、十分に配慮したものであったため、京都議定書がいよいよ法的効果を持ち始めた2008年頃の状況を見ても、欧州が相当に追い付き、あるいは、太陽光発電のように追い越し、日欧の差はなくなってしまった、と言うべきことに既になっている。

 図2は、供給側の代表的なファクターとして、系統電力の平均的な二酸化炭素排出係数の推移を国際的に比較したものであり、系統電力の環境パフォーマンスにはもう差がなくなった。本稿では詳述しないが、この背景には、二酸化炭素を出さない電力源としての原子力発電をいわば担保に、他方で石炭電力が急速に拡大され、これによる排出増を原子力がようやく相殺するにとどまった、という事情がある(ちなみに、原子力や石炭は、電力会社にとっての費用のみを言えば「安い」ので、電力価格は日本では微減ないし、据え置かれ、この面での内外差もなくなった。)。

図2 電気の排出係数の時系列各国比較拡大図2 電気の排出係数の時系列各国比較

 これまた本稿では省略するが、需要側のパフォーマンスの代表的な指標である、購買力平価で国際比較したGDP当たりの二酸化炭素排出量について見ても、日本は、1990年頃の優位をすっかり失い、近年は、ドイツ、イギリスと同程度になってしまった。

こうしたことになることは、国別に差異化した目標、そして、国ごとに得意さが異なる様々な削減手段を広くサポートした京都議定書の柔軟な仕組みによるものであって、直ちに悪い、というには当たらない。筆者としては、むしろ良いことと思う。日本は、基準年頃にあった環境・エネルギーの優位に対して十分な国際的な配慮を得たのである(ちなみに、その結果、東日本大震災による原子力発電所のほとんどの停止という事態でも、なんとか、京都目標は守れないことはないと思われる。)。

 しかし、過去の優位に安住ができなくなったのが、今の日本の置かれた立場である。

 南ア、ダーバンでのCOP17では、新しい合意が得られた。2020年からは、京都から離脱した米国はもちろん、中国やインドといった主要な排出国が皆参加した、新しい地球温暖化対策の法的な枠組みを発効させるとの方針が決まったのである。世界をカバーする大きな環境市場が登場することになる。

 来たるべき世界環境市場の中で、日本がどのような商売をして、その国際経済的な位置を得ていくのか、環境上の優位を失った日本は、戦略を真剣に考えなければならない。

 他方、足元では、石炭火力による排出増をかろうじて相殺する役目を果たしてきた原子力発電所のほぼ総ての停止、という事態が生じている。

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筆者

小林光

小林光(こばやし・ひかる) 慶応義塾大学特任教授(環境経済政策)

慶応義塾大学特任教授(環境経済政策)。工学博士。1949年生まれ、慶応義塾大学経済学部卒業。環境庁(省)では、環境と経済、地球温暖化などの課題を幅広く担当。1997年の京都会議(COP3)の日本誘致のほか、温暖化の国際交渉、環境税の創設などを進めた。環境事務次官(2009~11年)時代には水俣病患者団体との和解に力を注ぐ。自然エネルギーをふんだんに利用したエコハウスを自宅にしていることで有名。趣味は蝶の観察。

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