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 世の中に絶対の安全などというものはない。想定外とも言えるような事象も連続して起こる。「100年に1度」の金融危機は10年ごとに襲来しているように見受けられるし、スリーマイル、チェルノブイリ級の原発重大事故も、ならせば十数年に1回という頻度だ。

 一方で、日本は長期間低線量被爆のリスクという極めてリスク判断の難しい問題も抱え込んでしまった。リスクと向き合わないで何らかの意思決定をすることはほぼ不可能である。しかし、その向き合い方が極端な場合や、あまりにも視野が狭いと思われることも多い。

 原発事故については、被曝リスクが関心の中心になっている。これは当然のことであるが、それゆえに、より大きな図柄を見逃しているようにも思える。

 たとえば、今回の福島第一原発の事故において、「放射能では一人も死んでいない」と主張する人々がいる。確かに、今までのところ事故によって環境中に放出された放射性物質に起因する死者は確認されていない。しかし、この主張は少なくとも二つの点でミスリーディングである。

 一つは、現時点で放射能によって死亡するならば、高線量被爆による急性障害によるものであり、低線量の長期間の被ばくによる晩発性障害のリスクを無視しているという点。二つ目に、放射能ではないが、「原発事故」による死者はすでに出ているという点である。

 今回の事故による緊急避難の際に多くのお年寄りが命を落とされたのは事実である。原発事故の際には、このような広範囲にわたる緊急避難を伴い、そこには不可避的に一定の混乱が発生することを考えると、原発事故ですでに死者は出ていると考えるべきであろう。つまり、「原発事故による死者」を「放射能による死者」にすり替えて議論しているのである。

 原発事故のリスクは、放射能ばかりではない。このリスクを総合的に対応するためには、いろいろなシナリオに対応した事故対策を具体的に設定し、原発事故による被害を最小のものとする努力か必要である。この議論なくして、「放射能では一人も死んでいない」と主張しても、原発の安全性を擁護する議論としては説得力に欠ける。

 さらに、原発のリスクは、事故に直接由来するものばかりではない。原子力は、政治的・社会的リスクも大きなエネルギー源である。Amory B. Lovinsは、1977年に出版した著書“Soft Energy Paths: Toward a durable peace”の中で以下のように記述している。 ・・・ログインして読む
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筆者

北野宏明

北野宏明(きたの・ひろあき) ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長

ソニーコンピュータサイエンス研究所代表取締役社長兼所長。1984年国際基督教大学教養学部理学科卒業後、日本電気に入社。88年米カーネギー・メロン大学客員研究員。91年、京都大学で博士号(工学)を取得。1993年ソニーコンピュータサイエンス研究所入社、犬型ロボットAIBOなどの開発にかかわった。2008年に現職。NPO法人システム・バイオロジー研究機構会長を兼務。Computers and Thought Award (1993)、ネイチャーメンター賞中堅キャリア賞(2009)などを受賞している。

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