メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

誤解されていないか、ポスドクという職業

須藤靖 東京大学教授(宇宙物理学)

 大学院博士課程を修了し博士号を取得した後の代表的な進路は、企業や官公庁に就職する、あるいは大学や研究所のような狭い意味でのアカデミアに進む、の二つである。とくに後者の場合、ポスドクという特殊な「職」が存在する。私も25年ほど前に2年間、アメリカでポスドクを経験した。最近、日本でもこのポスドクという名前が知られるようになって来たが、博士号取得者の就職困難という負の文脈で用いられることが多く、誤解を与えているようだ。今回は、このポスドクというほとんどの日本人にはなじみの薄い制度を紹介してみたい。

 ポスドクとは、ポストドクトラルフェロー(post-doctral fellow)、すなわち博士号取得後の研究員の略称である。そしてこれは、国外では、研究者になるための正式なキャリアパスの一つなのだ。決して、就職口がないために仕方なく食いつなぐための短期的職などではない。分野によって多少事情が異なると思うので、私が知っている米国の物理学・天文学の場合に即して、具体的に紹介してみたい。

 まず4年間の学部を卒業した学生は、普通は学部とは異なる大学の大学院へと進学する。大学によっては、同じ大学の学部出身者からの大学院進学を厳密に禁止しているところもある。(注1)

 大学院では、学部学生の演習や実験の補助をする条件のもとで、授業料や生活費を支給される。大学院になっても親や本人が金銭的な負担を強いられるような国を、私は日本以外聞いたことがない。大学院入学後、1~2年で資格試験を受け、それに合格すると本格的に研究を開始し、3~4年で博士号を取得する。

 学位取得後は、出身大学院とは異なる大学あるいは研究機関のポスドクに応募して、採用された機関で研究を継続する。ちなみに一人当たり10~20程度の場所に応募するためもあるが、競争率が50~100倍という研究機関は決して珍しくない。

 さてポスドクの任期は2~3年間で、いくら優秀であってもそのまま昇進することは(本当に稀な例を除いて)あり得ない。かくして、異なる大学・研究機関において、ポスドクを2、3回経験した後、任期5年程度の助教授に応募して採用されれば、さらに研究を継続し、任期内に行われる審査を受け合格すれば初めて終身雇用権(テニュア)を得る。むろん、それを取得した後も、他の研究機関からさらに良い条件を提示されて異動する優秀な研究者は数多い。

・・・ログインして読む
(残り:約1570文字/本文:約2567文字)