2012年05月26日
本を出版した際の印税は、まったくの駆け出しであろうとベストセラー作家であろうとほぼ平等に10%である。自分がまったく売れないころには、その割合で印税を頂くことをひどく申し訳なく感じていた。出版社は売れない作家の単行本などを出しても、もうけるどころか下手をすると赤字になりかねない。にもかかわらず、そのような状況でも本を出版し続けてもらえた。事実上、当時の自分の印税は、その出版社から出ている別のベストセラー作家たちの売り上げによって支えられていたわけだ。しかし今になって思うと、不公平に思えるようなこの慣習のおかげで、新たな才能が発掘され、次世代のベストセラー作家が誕生する。仮に、その時点で売れる作家にだけ多額の印税を払い、無名の作家はほとんど印税が受け取れないような「公平な」システムだとすれば、世の中から小説という文化は早晩消滅してしまうだろう。
これは決して特別な例ではなく、一般に世の中が陥りやすい誤りの本質を突いている。たとえば、これは次世代を担う人材の育成に関しても、まったく同様の議論が成り立つ。
財政難の折、大学や研究に対する支援をどうすべきかと観点での議論が盛んである。このこと自体は当然であるし、歴史的遺物としか思えないような多くの非効率な無駄を省き、スリムで実効的なシステムへの努力を怠るべきではない。しかし、その際の指導原理とされているらしい「競争」という単語には違和感を禁じ得ない。
研究の現場でも「競争」という言葉は、いわば金科玉条のように用いられている。
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