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「火」と「料理」が人間にもたらしたもの

内村直之 科学ジャーナリスト、北海道大学客員教授

4月初め、「100万年前の焼肉の痕跡」というニュースが新聞・テレビで伝えられた。南アフリカの洞窟で、人類が火を使ったほぼ確実な痕跡と見られる植物の灰や焦げた骨が見つかったという。このところ、人類進化論では「火」とそれを使った「料理」こそ、百数十万年をかけて人類の知性を進化させた「原動力」かもしれないという仮説が提唱されている。今回は、「最古の火」の背景にある論争を紹介したい。料理好きの私は、こういう議論が大好きである。

 地球上、火で料理することを知らない人類はいない。鍋を持たない人たちでも、葉で材料を包み土中に埋めて蒸し焼きにする「アースオーブン」という料理法を使う。私たちが日々食べる食物も、刺し身や野菜サラダなど一部を除き、植物性であれ、動物性であれ、煮たり焼いたり蒸したり炒めたりする料理のひと手間がかかっている。その方が、味がしみ込んで美味しいし、柔らかくなっていて食べやすい。繊細な味付けも含めて「料理」は人間の一大文化である。

生食よりも加熱料理が体に好影響?

 「自然が第一」と、加熱した料理を避けてナマモノばかり食べる「生食主義者」という人たちがいる。ドイツ・ユストゥス・リービッヒ大学栄養科学研究所のグループが、513人の生食主義者(平均3.7年、生食を続けている男女)について、生食と体重、あるいは女性の月経有無などを調べたデータ(1999年)によると、彼らのBMI(体重(kg)/身長(m)2)は男性で14.7%、女性で25%も標準より小さく、100%生食を続けている女性の半分は無月経であるという。生食ばかりを続けていると、体が十分に働かないらしい。逆に、料理は人間の体にいい影響を与えているといえる。

 これが人類進化に関係ありと目をつけた人類学者、ハーバード大学でチンパンジーなど霊長類の生態研究を続けてきたリチャード・ランガム教授は90年代終わりから、人類進化の「料理仮説」(Cooking Hypothesis)を提唱している。ヒトの祖先は200万年前ごろ、地下にあるイモ類や動物の肉を火で「料理」することを覚え、柔らかく消化のよい食べ物を得た。そのために消化の負担は小さくなって胃腸は縮小する一方、その余力で多量のエネルギーを食う大きな脳を支えられるようになり、知性を持つことができた……という仮説である。ヒトは、肉体以外に子孫に受け継げる「文化」が特徴だが、「料理」という文化が人類の「肉体の進化」を支えたというわけだ。

脳の進化支えた食物はなんだ?

 「200万年前ごろ」はポイントだ。ヒトの進化過程で、 ・・・ログインして読む
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筆者

内村直之

内村直之(うちむら・なおゆき) 科学ジャーナリスト、北海道大学客員教授

科学ジャーナリスト、北海道大学客員教授。東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程満期退学。1981年、朝日新聞入社。福井、浦和支局を経て、科学部、西部本社社会部、科学朝日、朝日パソコン、メディカル朝日などで科学記者、編集者として勤務し、2012年4月からフリーランス。興味は、基礎科学全般、特に進化生物学、人類進化、分子生物学、素粒子物理、物性物理、数学などの最先端と科学研究発展の歴史に興味を持つ。著書に『われら以外の人類』(朝日選書)など。【2015年10月WEBRONZA退任】

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