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原発事故調。「事故がどう進んだか」を突き詰めなくていいのか。

竹内敬二 元朝日新聞編集委員 エネルギー戦略研究所シニアフェロー

原発事故の事故調査委員会はいったい何を書くのだろう。事故の調査と言えば、まず「どんなふうに事故が進んだのか」を知らなければならない。原子炉の中の事故がどう進み、放射能が、いつどんな風に放出されたのか。そこにいたる、地震と津波、人間の判断のからみあいを詳しく再現することだ。しかし、国会事故調も政府事故調も、そうしたプラントの事故プロセスの解明は断念した。このままでは、事故メカニズムがはっきりしないまま、人間の判断・行動について、「あの判断はよかった、悪かった」という、「巨大な感想文」的な報告書になるのではないか。

 公的な事故調査委員会としては、政府事故調(畑村洋太郎委員長)と、国会事故調(黒川清委員長)がある。このほかに、民間事故調(北澤宏一委員長)、東電事故調(山崎雅男委員長)がある。

 政府事故調は発足時、事故メカニズムの再現を、目的の一つにあげていた。しかし、時間がたつにつれ、その元気がなくなってきた。

 4月23日、第10回の政府事故調の会合のあとの記者会見。複数の記者が「事故のメカニズムの検証はどうなったのか?」「模擬実験など大がかりなことはやるのか?」を聞いた。

 畑中委員長の答えは、消極的なものだった。「はじめにこの検証委員会を立ち上げるときに、再現実験の必要性を言った。結果的にみると、再現実験をやるだけの時間的、組織全体としてのそれだけの余力がないというのが適当」「再現実験はいつかはやらなければならないと思う。ただし、5年後に行われるか、10年後に行われるか、20年たってもやれないままなのかは分かりません」。再現はあきらめたようだ。

 一方、国会事故調は、国政調査権という強制権を持つので、政府事故調にできないことをやれるのではと期待されていた。

 黒川委員長は、今年1月、ホームページに載せた「あいさつ」でこういっている。「委員会の使命は、第一に『国民による事故調査』、第2に『未来に向けた提言』、第3に『世界の中の日本という視点』」「憲政史上はじめて政府から独立した調査委員会として国会に設置されたことを重く受け止め、国政調査権の発動要請など。与えられた手段を生かしながら、政府や民間の事故調査と異なるアプローチで、国民の期待に応える調査を進めていきたい」

 しかし、5月28日の国会事故調後の記者会見。記者たちから、次のような厳しい質問を受けた。「すでに知られていることの事実の確認のような質問が多く、過去の事故調査やさまざまなリポートの内容を上回るような新しい事実を発覚するような調査になっていないのでは」「東電に菅さんが行ったときに話した内容(後で詳述)が出てこないのは不自然だという声が今日の委員会の中ででた。この委員会は強制権があり、第三者的に不自然というのではなく、強制権を使えば調べられるのではないか」。黒川委員長の答えはあいまいなものだった。

 結局のところ、事故調が最終報告をまとめる時期は近づいているが、内容は深まっていないように思える。ここまでの調査をみると、先に報告書を出した民間事故調が提示した「東電の全面撤退問題」「菅首相の過剰介入」などのさまざまなテーマの後追いをやっている雰囲気が強い。

 メカニズム面でいえば、少なくとも次の2点が解明されなければならない。

 一つは非常時に原子炉を冷やす緊急冷却装置の操作の失敗だ。政府事故調の中間報告書によると、1号機では、津波が来た直後に、非常用復水器は動かなくなった。現場の運転員や発電所幹部、東電本社も気づかなかったと分析し、代替措置をとる判断が遅れたとしている。

 3号機でも問題があった。非常用冷却装置の高圧注水系が壊れることを心配して運転員が止めたが、代わりの注水がうまくいかなかったとしている。

 こうした人間の判断ミスがなかったら、どうなったかの分析が必要だ。もっとテキパキと冷却ができていれば、水素爆発が避けられたかもしれない。水素爆発がなければ、原発内もそれほど放射能汚染されず、事故の拡大防止措置がうまくできたのではないだろうか。こうしたことをはっきりさせなければならない。

 二つめは、ベントの遅れだ。事故が起きた直後から、首相官邸に集まった関係者の間では、「できるだけ早くベントをするべきだ」という合意があった。しかし、なかなか実施されず、完全にできたのは翌3月12日の午後だった。この間、官邸にいた東電関係者は菅首相らに、ベントがなかなかできない理由について「わかりません」と答えるなど、東電と官邸との間でコミュニケーションギャップと不信感があった。

 海江田氏(当時の経産相)は、政府事故調の参考人招致で、「東京電力は事故を小さく見せるためにベントをためらっているのかなと思った」とさえ言っている。海水注入が遅れたことについても、「炉に塩を入れると廃炉なので、ためらっていると思った」といっている。

 これらについて、実際に炉の中で起きたこと、そのとき炉の外で人間が行った行為、判断、その理由について明らかにし、事故の進行と人間の行為との関係を明らかにしなければならない。そのためには、何らかの再現実験が必要ではないか。

 三つめは、3月15日未明の「東電撤退問題」について、「いった、いわない」で終わらせず、事実を明らかにすることだ。

 菅首相は東電の撤退問題が出たあと東電に乗り込み、約200人を前に「撤退は認められない」と演説した。東電が持つその時の画像から音声が消えているという。これについて、黒川委員長が「不思議なこと」と感想を述べたが、それについて、5月28日の会見で、記者から、「国会事故調は国政調査権があるのだから、『不思議なこと』と第三者的にいうのではなく、やろうと思えばやれるのではないか」と指摘されたものだ。

 この消された音声については、すでに朝日新聞の取材で概要があきらかにされ、報道されている。以下の内容だ。(2011年3月15日午前5時35分ごろから)

 菅首相。「今回の事の重大性は皆さんが一番分かっていると思う。政府と東電がリアルタイムで対策を打つ必要がある。私が本部長、海江田大臣と清水社長が副本部長ということになった。これは、2号機だけの話ではない。2号機を放棄すれば、1号機、3号機、4号機から6号機。さらに福島第二のサイト、これらはどうなってしまうのか。これらを放棄した場合、何カ月か後にはすべての原発、核廃棄物が崩壊して放射能を発することになる。チェルノブイリの2倍から3倍のものが、10基、20基と合わさる。日本の国が成立しなくなる。何としても、命がけで、この状況をおさえ込まない限りは、撤退して黙って見過ごすことはできない。そんなことをすれば、外国が『自分たちがやる』と言い出しかねない。皆さんは当事者です。命をかけてください。逃げても逃げ切れない。情報伝達が遅いし、不正確だ。しかも間違っている。皆さん、萎縮しないでくれ。必要な情報を上げてくれ。目の前のこととともに、5時間先、10時間先、1日先、1週間先を読み、行動することが大事だ。金がいくらかかっても構わない。東電がやるしかない。日本がつぶれるかもしれないときに、撤退はあり得ない。会長、社長も覚悟を決めてくれ。60歳以上が現地に行けばよい。自分はその覚悟でやる。撤退はあり得ない。撤退したら、東電は必ずつぶれる」

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