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文化力、それは未来を共有する力

山極寿一 京都大学総長、ゴリラ研究者

 最近、文化力という言葉をよく耳にする。故河合隼雄文化庁長官が平成15(2003)年に関西元気文化圏推進協議会を発足させ、東京の一極集中を避けて文化を多極化させ、地域を活性化しようとした試みのなかで使われ始めた。文化庁の定義によれば、文化力とは、文化の持つ、人々に元気を与え地域社会を活性化させて、魅力ある社会づくりを推進する力ということだ。今までに7つの文化力プロジェクトが始動している。

 しかし、そもそも文化とは何だろうか。その力とはどういうものなのだろう。長らく、文化は人間だけの特性と見なされてきた。文化は、人々の共有する生活様式や表現様式であり、言葉やシンボルを用いて伝達され学習されると考えられた。だから、言葉をもたない動物たちには文化を学習し、伝達し合って、仲間と共有することができない。だが、日本の霊長類学者たちはサルにも文化的な能力があると考えた。

 1950年代に宮崎県の幸島で、サルが海水でサツマイモを洗って食べ始め、その行動が他のサルに伝播したのを観察したからである。砂浜にまかれた砂まみれのイモを海へ運んで海水で洗えば、砂は落ちるし、塩味が付いておいしい。サルたちはこの「イモ洗い行動」の目的を理解し、学習して共有したわけである。

チンパンジーが木の幹に小枝を差し込んで、オオアリを釣る=2001年、タンザニアのマハレ国立公園で筆者撮影(この画像は、2011年4月23日付本欄「人間は『感情』の葦でもある」にも掲載した)

 遺伝という生物学的なメカニズムに頼らずに、ある行動様式が個体間で伝播し普及することを、霊長類学者は文化的な現象と見なした。言葉は必ずしも必要ない。たとえば、チンパンジーは細長いつるや枝を硬いシロアリ塚に差し込んで、中に隠れているシロアリを釣りあげて食べる。このとき、釣り棒は葉を落として作る。あるいは、歯では噛み割れない硬いナッツは平たい石の上に置き、別の石でたたき割って食べる。このとき、石は用途に合わせて形のいいものを選ぶ。

 こういった道具は、言葉を用いずにチンパンジーの間で伝達されていく。しかも、地域によってチンパンジーは用いる道具が違うので、文化圏をもつとまで考えられるようになった。今ではサルや類人猿だけでなく、カラスやイルカなど多くの動物たちが道具を用い、文化的な能力を示すと見なされている。

 では、これらの動物の文化と人間の文化は何が違うのだろう。

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