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 かなり奇妙なというべきか、あるいは奇をてらった表題と感じる人が多いかもしれない。

 しかし私自身は、以下に述べるように、人口減少社会はむしろ日本にとって、さまざまなプラスの恩恵をもたらしうるものであり、私たちの対応によっては、むしろ現在よりもはるかに大きな「豊かさ」や幸福が実現されていく社会の姿であると考えている。

 この点に関して、最近私にとって非常に印象深い出来事があった。それは、大学での社会保障論の授業時間での「小レポート」で、私が問題提起した人口減少社会のポジティブな側面という話題について、(さまざまな異論、反論も相当あるものの)それに共感するという意見が思いのほか多数を占めていたという点である。

学生のレポートから
 たとえば、「メディアや世間では『人口減少社会』に関するデメリットばかり強調されている」といった意見や、「日本について考えたとき、食料自給率は低く、多くは輸入にたよっている。しかし過疎化した地域、田舎に限らず、都市においても農地化により、自給率は上がり、それに従事する人、職を増やすことができる」、「買い物をしていてよく思うのが、食糧がなくならないのかという心配です。……たとえ少子化になろうとも、人口減少に傾いていくべきだと思います」など、時代の流れや世代的な感覚を反映してか、環境や食糧問題の視点からの意見が多く見られた。

 また、「ゆったりとした空間や時間というのは、すしづめのようになって生きていくことの多い都市では感じにくいものになっています。私は地元が四国で緑がとても豊かで、山々や川にかこまれて育ったせいか、千葉に来て時々そのような自然が恋しくなります」とか、「田舎から出てきて都会を見ている自分としては、都市部の人口過密分を、地方に移すことができれば問題は解決するのではと思う」など、大都市圏と地方の関係や人口の空間的分布に関すること、また高齢化と社会保障に関する世代間公平など「分配」の問題の重要性を指摘する意見も多くあった。

 こうした点も踏まえながら、私が「人口減少社会という希望」ということを論じる、その趣旨を簡潔に述べてみよう。

 まずいくつかの基本的な事実関係を確認しておくと、周知のように日本の人口は2004年に1億2880万人でピークに達し、2005年から人口減少社会に入っている。そして国立社会保障・人口問題研究所の将来推計(2012年1月)では、2060年の人口は9000万人を割って8674万人になると予想されている。これは、いわゆる合計特殊出生率(以下「出生率」)が、ほぼ現在のままの1.35で推移すると仮定した場合の推計(中位推計)だ。出生率の直近の数字は先日公表された1.39(2011年)である。なお、これが1.60まで徐々に上昇していくと仮定した場合の推計人口は1億人弱(9460万人)となっている。ちなみに、今回のこの将来推計人口は、前回の推計(2006年12月)が出生率を1.26と仮定したのに比べて、若干、上方修正されているものである。

拡大

 他方、時間軸をさらに広げて、大きな歴史の中での日本の人口の推移を見るとそれは(図)のようになっている(ここで出ている将来推計の部分は前回推計の数字)。

 これを見ると、江戸時代後半の人口は3000万人強でほぼ安定していたが、明治維新以降、あたかも線が直立するほどに急激に人口増加が起こり、第2次大戦後に7000万人強であった後も同様の急勾配の増加が続いたことがわかる。しかし上記のようにそれが2004年にピークに達するとともに、今度は一転して人口減少社会となり、急勾配の「下り坂」を降りていくことになる。

 この図を見ると、それはまるでジェットコースターのようであり、それが一気に落下する、ちょうどその淵に私たちは現在立っているように見える。それが多くの「大変な問題」を私たちに突きつけることは、確かなことである。

 しかしこの図を、少し角度を変えてみると、やや異なった様相が見えてこないだろうか。

人口トレンドの見方を変える
 まずそれは、明治以降の私たち日本人が、いかに相当な「無理」をしてきたかという点である。江戸末期に黒船が訪れ、かつその背後にある欧米列強の軍事力を目の当たりにし、あたかも頭を後ろからハンマーで殴られたような衝撃を受けた。そうしたショックから、体に鞭打ってすべてを総動員し、文字通り拡大、成長の坂道を登り続けてきた。当初は「富国強兵」のスローガンを掲げ、その行き着いたところが敗戦であった後も、あたかも「戦争勝利」が「経済成長」という目標に代わっただけで、基本的なマインドセットは同じまま、上昇の急な坂道を登り続けたのである。むしろこの10年ないし20年は、そうした方向が根本的な限界に達し、あるいは無理に無理を重ねてきたその矛盾や疲労が、さまざまな形の社会問題となって現れていると見るべきではないか。

 そして、以上のように考えていけば、むしろ人口減少社会への転換は、そうした矛盾の積み重ねから方向転換し、あるいは、上昇への脅迫観念から脱出し、本当に豊かで幸せを感じられる社会をつくっていく格好のチャンスあるいは入り口と考えられるのではないか。

 もう一つ、次のような視点もある。日本の人口は昨年時点でなお1億2780万人であるが、たとえば、イギリス、フランス、イタリアの人口はいずれもほぼ6000万人で、日本の半分に満たない(フランスとイギリスはともに約6300万人、イタリア6000万人強〈2011年〉)。この場合、イギリスとイタリアは日本より面積が若干小さいが、フランスは54万平方キロで日本の1.5倍に近い。またドイツは面積が日本とほぼ同じだが、人口は約8200万人である。加えて古くから指摘されてきたように、日本の特徴は山林面積の割合が圧倒的に大きく人が住める面積が大幅に限られていることである。

 むろん、人口水準についてはさまざまな議論があり、一定の面積に対して適正な人口水準なるものが存在するかについてはむしろ懐疑的であるべきだろう。しかしながら、以上のような事実関係からすれば、少なくとも現在の日本の人口が、絶対に維持されるべき水準であると考える理由はどこにもないのではないか。むしろ、現在よりも人口が多少減ったほうが、さまざまな面で(過密の是正や環境・資源問題など)プラスであると考えるほうが理にかなっている。
(この論考の続編を、来週にアップする予定です)

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筆者

広井良典

広井良典(ひろい・よしのり) 京都大学こころの未来研究センター教授(公共政策・科学哲学)

1961年生まれ。84年東京大学教養学部卒業(科学史・科学哲学専攻)。厚生省勤務、千葉大学法政経学部教授を経て現職。この間、マサチューセッツ工科大学客員研究員。社会保障、医療、環境などをめぐる政策研究からケア、死生観などについての哲学的考察まで幅広く発信。『コミュニティを問いなおす』(ちくま新書)で第9回大佛次郎論壇賞を受賞した。

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