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 5月21日と6月6日、極めて珍しい天文ショーが日本列島を横断した。金環日食と金星の太陽面通過である。残念ながら曇天の東京では後者は見られなかったが、前者ははっきりと見えた。通勤時に駅を降りると、外で多くの人々が太陽を見上げて感嘆の声を上げていた。私も日食グラスを手に、この一度きりの人生において再び訪れることのない感動的な時間を堪能した。この時間帯に全国で空を見上げていた人々は、控えめに見積もっても日本総人口の2、3割はくだるまい。

拡大筆者自身が撮影した金環日食=5月21日、東京・本郷で

 ご存知のように、金環日食は、太陽と月の大きさの間の奇跡的ともいえる偶然によって実現している。太陽の直径は139.2万キロメートルで、地球との距離は1億4960万キロメートル。これから見かけの視直径を計算すると0.53度となる(各人が腕を思いっきり伸ばしたときに見える小指の爪程度の角度の大きさに対応する。心理的には太陽の方がもっと大きいのではないかと思われるかもしれないのだが)。これに対して、月の直径は3474キロメートルで、太陽の400分の1。一方、月と地球の距離は38万キロメートルで、太陽と地球の距離の389分の1。したがって、見かけの視直径はほとんど同じ0.52度という値になる。このように大きさと距離がともにほぼ400倍違っているという全くの偶然のおかげで、金環日食という天文ショーが成り立っている。厳密には、地球も月も公転軌道は完全な円ではないため時期によっては数パーセント程度の違いが生じる。この微妙な違いのおかげで、皆既日食と金環日食という異なる楽しみまで付け加わっているわけだ。

拡大金環日食では東大構内も盛り上がった=5月21日、東京・本郷で筆者撮影

 皆既日食の際には、いつもは太陽の光に隠れて全く見えない背景の星が観測できる。その見かけの位置を観測し、本来予想される位置とのずれを精密に測定することで、太陽の近くを通る光が直進せずにその重力によって曲がることが証明された。これは1919年5月29日、イギリスの天文学者エディントンがアフリカのプリンシペ島でおこなった観測であり、アインシュタインの一般相対論を一躍世界中で有名にした。

 その約100年後、2011年2月14日付本欄の拙論「惑星いろいろ、地球もいろいろ」で紹介したように、アメリカの天文衛星ケプラーが、恒星の前を通過する惑星らしき天体の影を検出することで、すでに数千個を超える太陽系外惑星の候補を発見した。これは、まさに金星の太陽面通過(トランジット)と同じ現象を利用したものである(ただし、対象天体は遠くにあるため、その影を直接分離して見ることはできず、星の明るさが数パーセント程度減少することが観測できるだけである)。

 このように日食および惑星のトランジットは、単なる地球上での天文ショーにとどまらず、我々の世界観を変革するような重大な科学的意義を持ち続けている。それを念頭におきながら、インターネット上に公開されている数多くの金環日食と金星のトランジット画像を眺めてみると、感慨もひとしおである。

 1941年にアイザック・アシモフが著した短編小説『夜来たる』は、六つの太陽をもち夜が存在しない惑星ラガッシュが舞台である。なぜかそこには、2049年ごとに「暗闇」が訪れるという伝説が残っている。天文学者は、それがたまたま空に一つだけ昇っているベータ星が、ラガッシュの月によって覆い隠される皆既日食によるものであることを突き止める。そしてその皆既日食が訪れた瞬間、人々は「暗闇」のなかに、満天の星々の姿を見てすべてを悟る、自分たちは何も知らなかったことを。

 つい最近(2012年6月1日)、アメリカの天文学者が、我々の住む天の川銀河(ミルキーウェイ)とお隣のアンドロメダ銀河は今から約40億年後に衝突し、さらに20億年程度をかけて合体して超銀河を形成すると発表した。この予想自体は別に新しいものではなく、合体後の超銀河には、ミルキーウェイとアンドロメダを組み合わせてミルコミダという名前が付けられていたほどだ。今回は、アンドロメダ銀河の運動の精密な測定の結果、以前は大まかに約100億年後と予想されていた衝突の様子がより正確に予測できるようになったというわけである。
http://hubblesite.org/newscenter/archive/releases/2012/20/video/j/

 <哲学(自然の摂理)は、宇宙という偉大な書物に書きこまれている。眺めるだけならいつでも可能であるが、その意味を理解するためには用いられている言語である数学を学ぶ必要がある。それを知ることなしには、暗黒の迷宮をさまよい続けるしかない>

 ガリレオ・ガリレイの残したこの言葉(『偽金鑑識官』の英語版を抄訳した)は、宇宙という書物に刻まれた真理という意味において、天文学と文学の接点を見事に言い尽くしている。

(注)今回の拙論の一部は、2012年5月24日におこなった講演総合図書館ブックトーク「天文学という文学」にもとづいている。ご興味があれば、以下のリンクをご覧いただきたい。
http://hdl.handle.net/2261/51783) 

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筆者

須藤靖

須藤靖(すとう・やすし) 東京大学教授(宇宙物理学)

東京大学大学院理学系研究科物理学専攻教授。1958年高知県安芸市生まれ。主な研究分野は観測的宇宙論と太陽系外惑星。著書に、『人生一般二相対論』(東京大学出版会)、『一般相対論入門』(日本評論社)、『この空のかなた』(亜紀書房)、『情けは宇宙のためならず』(毎日新聞社)、『不自然な宇宙』(講談社ブルーバックス)などがある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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