メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS
筆者のいるカリフォルニア工科大学(カルテック)の近くに、レーク アベニューというちょっとおしゃれな通りがある。そこではファストフードの店がしのぎを削っている。古いスタイルの朝食屋が、メキシカンの店に追われて店じまいした。と思いきや、その店も新コンセプトのサラダの店に追われる、という具合だ。そういう健康フードバドルを見ているうちにふと、健康正義と政治正義、ということばが浮かんだ。

 ファストフードと言っても一時代前とは違う。ヘルシーを売りにした、健康志向の店 だ。カリフォルニアの大都市やニューヨークなどで、特にこの路線の店が強い。

 米国は世界でも1、2を争う肥満大国で、ホームレスの3人にひとり、ペットの半数以上が太り過ぎという統計もある。そういうお国柄だから、当然とも言える成り行きだ。

 あるときスープ&サラダが表看板の店で、こんなことがあった。家人が「この店は低脂肪のはずなのに、どうして太った女性が多いんだろう」という。確かに、太った女性おひとり様が食事している姿が、目につく。

 なんだか逆だよね、などと言っているうちにふと、思い当たった。原因と結果を取り違えていたのでは、と。つまり体形に自信の無い人、カロリーが心配な人ほど、こういう店に引き寄せられるのではないか。

 皮肉なことにそういう女性はたいがい、サラダの上にチーズをてんこ盛りにしている。その上デザートにも、激甘のソフトクリームをこれまた大盛りで食べたりしている。

 つまり、表と裏があるということだ。低カロリー・低脂肪を表看板に掲げながら、裏では腹を満たす。アメリカ風に表現すると「サブスタンシャル(充実)感のある食事」を提供する。先ほど挙げた「太った女性のおひとり様」は、まさにこの表と裏の合わせ技で引き寄せられたのではないか。

 今「表と裏がある」と書いたが、ここで言う表とは心の顕在(意識)レベルのこと、裏とは潜在(無意識)レベルだ。冒頭で「健康正義」と書いたのも、まさにこの両面の意味だ。目立ちやすい表層では正義(=健康にとって正しい道)を唱え、深層で実をとる、つまり消費者の抑圧された欲望にアピールする。

 消費者が顕在レベルで欲しいもの、潜在レベルで欲しいものを、それぞれ与えている見事なビジネスモデルではないか。

 話に多少飛躍があるかも知れない。だが飛躍ついでにもう一言いうと、この表裏関係がずばりそのまま、米国の政治風土にも当てはまる。ねじ曲がって了解不能に見える政治現象も、表裏関係を念頭に置くと腑に落ちることがある。当地の政治風土はしばしば「ダブルスタンダード」と揶揄(やゆ)されるが、まさにこういう構造と対応している。

 人種と貧富の差は、その最たる例だ。 米国社会は事実上、

・・・ログインして読む
(残り:約965文字/本文:約2095文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

下條信輔

下條信輔(しもじょう・しんすけ) 認知神経科学者、カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授

カリフォルニア工科大学生物・生物工学部教授。認知神経科学者として日米をまたにかけて活躍する。1978年東大文学部心理学科卒、マサチューセッツ工科大学でPh.D.取得。東大教養学部助教授などを経て98年から現職。著書に『サブリミナル・インパクト』(ちくま新書)『〈意識〉とは何だろうか』(講談社現代新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

下條信輔の記事

もっと見る