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国会事故調報告を無視して再稼働はありえない

吉田文和 愛知学院大学経済学部教授(環境経済学)

大飯原発第3号機、4号機が再稼働し、原子力規制委員会をめぐる国会の議決が進むなかで、ながらく待たれていた国会事故調の報告書が公表された(7月5日)。

 私は、公害問題を環境経済学の立場から研究してきたものとして、公害論の原因論と被害論を基礎とし、さらに原因背景論、責任論へと展開するという立場から福島の原発災害を分析してきた(webronza 2012年11月16日、拙著『脱原発時代の北海道』北海道新聞社刊、参照)。

 今回公表された国会事故調報告書は、私とほぼ同じ立場から詳細な聞き取り(1167人)と2000件以上の資料をもとにまとめられた、これまで最大・最良の事故調査報告書であるといってよい(本文のみで670頁)。本報告書のキーワードは、「人災」「規制の虜」「リスクの取り違え」である。地震と津波は「想定外」ではなく、何度も警告が出され、東電と規制当局によって検討されたが、対策が先送りされてきた。それは、東電・電力会社が過酷事故対策に当たり、周辺住民の健康に被害を与えること自体をリスクとして捉えるのではなく、既設炉が停止される、あるいは訴訟上不利になることを経営上のリスクとして捉えたからである。

 市場原理が働かない中で、情報の優位性を武器に、東電・電事連が規制当局に対して、規制の先送りと基準の軟化を強く働きかけて、歴代の規制当局と東電との関係、規制する立場と規制される立場の逆転関係が起き、規制当局は電力事業者の虜になっていたことが、詳細に明らかにされている。何度も事前に対策を立てるチャンスがあったことに鑑みれば、事故は「自然災害」ではなく「人災」である。

 私も、「スイスが学んだ福島の39の教訓」(webronza2012年5月16日)で紹介したように、原発災害の原因論としては、4つの側面が重要であり、国会事故調報告書も、(1)制度上、組織上の欠陥、(2)過酷事故・非常時対応の欠陥、(3)設備機器の欠陥、(4)予防的措置の欠陥、に留意して「事故の根源的原因」と「事故の直接的原因」を明らかにしている。とくに、事故の根源的原因は3月11日以前に求めされるとして、3月11日時点において、福島第1原発は地震にも津波にも耐えられる保証がない脆弱な状態にあったと断ずる。

 平成18(2006)年には、福島第一原発の敷地高さを超える津波が来た場合に全電源喪失に至ること、土木学会評価を上回る津波が到来した場合、海水ポンプが機能喪失し、炉心損傷に至る危険があることは、保安院と東電の間で認識が共有されていた。保安院は、東電が対応を先延ばししていることを承知していたが、明確な指示を行わなかった。

 規制を導入する際に、規制当局が事業者にその意向を確認していた事実も判明している。安全委員会は、平成5(1993)年に、全電源喪失の発生の確率が低いこと、原子力プラントの全交流電源喪失に対する耐久性は十分であるとし、それ以降、長時間にわたる全交流電源喪失を考慮する必要はないとの立場を取ってきたが、委員会の調査の中で、この全交流電源喪失の可能性は考えなくてもよいとの理由を事業者に作文させていたことが判明した。また、委員会の参考人質疑で、安全委員会が、深層防護(原子力施設の安全対策を多段的に設ける考え方。IAEA〈国際原子力機関〉では5 層まで考慮されている)について、日本は 5 層のうちの3 層までしか対応できていないことを認識しながら、黙認してきたことも判明した。スイスが指摘している「学習する組織を発展させない欠陥」である。

 報告書は、第5部「事故当事者の組織的問題」において、東電が近年の厳しい経営状況で「コストカット」と「原発利用率の向上」のために、安全確保に必要な耐震補強工事等の設備投資の打ち切りや、先送りを行い、安全文化に問題があったと指摘している。配管計装線図の不備が長年放置されてきたことはその象徴であって、今回のベントの遅れを招いたとされる。

 また、被害論という面でも、住民アンケート調査によって、原発周辺5町であっても、3月12日5時44分ごろに福島第1原発から半径10km圏内を対象にした避難指示が出た際に、事故発生を知っていた住民は20%にすぎなかったことも明らかとなり、緊急時における政府の情報開示の問題点も指摘されている。事故により合計15万人が避難し、1800km2もの広大な土地が、年間5mSv以上の積算線量をもたらす土地となってしまった。被害を受けた広範囲かつ多くの住民は不必要な被ばくを経験した。避難のための移動が原因と見られる死亡者も発生した。

 報告書に残された問題点があるのもまた当然である。「人災」という場合、制度上・組織上の欠陥、技術上の欠陥まで多岐にわたり、人災の構造的分析がさらに必要である。また黒川委員長が英文挨拶で「Made in Japan」の災害として、日本文化に引き寄せた特徴づけがなされているが、世界への福島の教訓として一般化が弱くなる恐れがある。

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筆者

吉田文和

吉田文和(よしだ・ふみかず) 愛知学院大学経済学部教授(環境経済学)

1950年生まれ、兵庫県出身、京都大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。北海道大学大学院経済学研究科教授を経て2015年から現職。北大名誉教授。専門は、環境経済学、産業技術論、主著『ハイテク汚染』岩波新書、『環境経済学講義』岩波書店、最近は低炭素経済と再生可能エネルギーの普及に関心を持つ。札幌郊外の野幌原始林の近くに住み、自然観察と散歩を趣味とする。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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